千年前の子どもたち
銀色の光が、地下室いっぱいに広がっていく。
美咲は、思わず目を細めた。
さっきまでただの壁だった場所に。
今は、長い石造りの廊下が続いている。
壁には見たことのない紋様。
天井には、灯りの代わりなのか、小さな魔石がいくつも埋め込まれている。
そして何より。
空気が違った。
古い。
けれど、嫌な感じはしない。
むしろ。
どこか懐かしいような、不思議な温かさがあった。
【レオン】「……少なくとも、現在の建築技術ではない」
【美咲】「千年前の……?」
【レオン】「おそらく」
レオンが慎重に足を踏み入れる。
美咲も、その後を追った。
そして。
ミアは迷うことなく歩いていく。
【美咲】「ミア、待って」
【ミア】「だいじょうぶ」
【美咲】「……怖くないの?」
ミアは振り返った。
【ミア】「しってるから」
【美咲】「知ってる?」
ミアは答えなかった。
ただ、廊下の先を見つめている。
まるで。
ずっと前から、この場所を知っていたかのように。
*
廊下の突き当たり。
そこには、大きな部屋があった。
扉は開いている。
中へ入った瞬間。
美咲は言葉を失った。
【美咲】「……ここ」
部屋の中央には、丸い大きな机。
その周囲には、小さな椅子が並んでいる。
壁には、子どもたちが描いたらしい絵。
花。
動物。
太陽。
家。
そして。
たくさんの人。
どの絵にも、銀色の線が描かれていた。
【美咲】「保育室……?」
【レオン】「いや」
レオンが壁を見る。
そこには古代文字が刻まれていた。
【レオン】「『共鳴室』……」
【美咲】「共鳴室……」
美咲は、ゆっくり室内を見回した。
ここは研究施設には見えない。
実験室でもない。
何かを測定するための場所でもない。
子どもたちが。
ただ、過ごすための場所。
笑って。
泣いて。
遊んで。
眠る。
そんな場所だった。
【美咲】「……ここで、何をしていたんでしょう」
【レオン】「調べる必要がある」
レオンは机の上に積まれた古い記録へ手を伸ばした。
しかし。
触れた瞬間。
紙は、さらさらと崩れ落ちた。
【レオン】「……駄目か」
【美咲】「全部?」
【レオン】「ほとんどが劣化している」
レオンが残念そうに眉を寄せる。
そのとき。
【ミア】「こっち」
ミアが部屋の奥を指差した。
そこには。
一枚だけ。
綺麗な石板が残されていた。
【美咲】「なんで、これだけ……」
ミアが石板に触れる。
銀色の光が広がった。
文字が浮かび上がる。
今度は。
美咲にも、その意味が分かった。
――ここは、子どもたちが魔力を思い出す場所。
【美咲】「……魔力を、思い出す?」
【レオン】「……」
レオンは黙っている。
続きの文字が浮かぶ。
――魔力は教えるものではない。
――魔力は、すでに子どもの中にある。
美咲の胸が、強く鳴った。
【美咲】「じゃあ……」
【レオン】「今の魔法教育とは、正反対だ」
さらに文字が浮かぶ。
――泣いたとき。
――笑ったとき。
――怖いとき。
――嬉しいとき。
――誰かを想ったとき。
――魔力は、その人の心とともに動く。
美咲は、息を呑んだ。
ユナ。
リリィ。
ノア。
ミア。
今まで見てきた子どもたちの姿が、頭の中に蘇る。
【美咲】「……やっぱり」
【レオン】「ああ」
【美咲】「感情は、魔力を乱すんじゃない」
【レオン】「感情そのものが、魔力の一部なんだ」
二人の間に、静かな沈黙が落ちた。
長い間。
誰も気づかなかった。
いや。
気づいていた人たちが、いたのかもしれない。
けれど。
その知識は消された。
今の魔法教育では。
怒ってはいけない。
泣いてはいけない。
怖がってはいけない。
興奮してはいけない。
心を抑えろ。
魔力を抑えろ。
それが「正しい」とされている。
でも。
もし。
千年前のこの場所で行われていたことが、本当に正しかったのなら。
現在の魔法教育は。
千年間ずっと。
逆のことをしていたことになる。
*
部屋の隅に、小さな棚があった。
美咲が近づく。
棚の中には、何本もの細い棒が入っていた。
【美咲】「これは……?」
【レオン】「魔法具……だろうな」
一本取り出す。
先端に、小さな石がついている。
けれど。
現在の魔力測定器とは、明らかに違う。
【美咲】「何を測るんでしょう?」
【レオン】「分からない」
レオンが魔力を流そうとした。
――何も起こらない。
【レオン】「……反応しない」
【美咲】「ミアなら?」
ミアを見る。
ミアは首を傾げた。
そして。
棒を受け取る。
その瞬間。
銀色の光が、先端からふわりと広がった。
【レオン】「……!」
光は、部屋の中央へ向かって伸びていく。
丸い机。
小さな椅子。
壁の絵。
そして。
四つの椅子だけが、強く輝いた。
美咲は息を呑む。
【美咲】「四つ……」
レオンも同じものを見ている。
【レオン】「子どもの数と一致する」
【美咲】「リリィ、ノア、ユナ、ミア……」
四つの椅子。
四人の子ども。
その意味は、まだ分からない。
しかし。
この場所が。
最初から「四人」を待っていたように見えた。
すると。
ミアが、一つの椅子に近づいた。
小さな手で触れる。
銀色の光が、さらに強くなる。
【ミア】「ここ」
【美咲】「ここに何があるの?」
【ミア】「みんな、いた」
【レオン】「昔の子どもたちか?」
【ミア】「うん」
【美咲】「ミアも?」
ミアは少し考えた。
【ミア】「……わからない」
その答えに。
美咲は、なぜか胸が苦しくなった。
ミアは、この場所を知っている。
けれど。
自分自身については、何も知らない。
もしかすると。
ミアの記憶は。
この場所と一緒に眠ってしまったのではないか。
*
そのとき。
廊下から。
――カタン。
小さな音がした。
レオンが振り返る。
【レオン】「……誰かいる」
【美咲】「え?」
二人が廊下へ出る。
しかし。
誰もいない。
ただ。
床に、一枚の紙が落ちていた。
レオンが拾い上げる。
紙には、現在の王立魔法研究院の紋章が描かれていた。
【美咲】「それ……」
【レオン】「最近のものだ」
【美咲】「じゃあ、誰かがここに来た?」
【レオン】「その可能性が高い」
レオンの表情が険しくなる。
王都の研究員。
昨日の移送命令。
そして。
この地下施設。
【美咲】「……王都は、この場所を知っているんでしょうか」
【レオン】「分からない」
レオンは紙を裏返す。
そこには。
短い文章が書かれていた。
――四人を、王都へ。
美咲の身体が固まった。
【美咲】「……これ」
【レオン】「ああ」
筆跡は新しい。
明らかに。
最近書かれたものだった。
【美咲】「王都の人たちは……」
【レオン】「この場所を知っている」
美咲の背筋が冷たくなる。
つまり。
昨日の移送命令は。
偶然ではなかった。
王都は。
この四人を「特殊魔力児童」として欲しがっているのではない。
この場所に。
四人を連れていくために。
最初から。
狙っていた。
*
その夜。
美咲たちは地下室から戻った。
子どもたちは眠っている。
美咲は、一人ずつ寝顔を確認していった。
リリィ。
ノア。
ユナ。
ミア。
みんな。
静かに眠っている。
美咲は、ベッドの横に座った。
そして。
小さく呟く。
【美咲】「……絶対に、怖い思いはさせないからね」
その瞬間。
胸の奥が温かくなる。
銀色の光が、ほんの少しだけ指先に灯った。
その光は。
眠っている四人へ向かって、細い糸のように伸びていく。
リリィの光。
ノアの光。
ユナの光。
ミアの光。
そして。
美咲の光。
五つの光が。
ほんの一瞬だけ。
重なった。
――共鳴。
その瞬間。
美咲の頭の中に。
誰かの声が響いた。
【???】「五人目……?」
美咲は、目を見開いた。
光が消える。
【美咲】「……今の、何?」
誰も答えない。
ただ。
ミアだけが。
眠ったまま。
小さく笑った。
【ミア】「……みつけた」
美咲は凍りついた。
何を。
誰を。
見つけたのか。
それは分からない。
けれど。
王都が欲しがっているのは。
四人の子どもだけではないのかもしれない。
美咲自身もまた。
千年前から続く「共鳴」の中に。
すでに組み込まれていた。




