地下に眠るもの
その夜。
魔力児童保護院の中は、いつもより静かだった。
王都への移送が決まったからだろうか。
職員たちも、どこか落ち着かない様子だった。
子どもたちはすでに眠っている。
美咲は、ミアの寝顔を確認してから、そっと部屋を出た。
廊下の先。
窓から月明かりが差し込んでいる。
その淡い光の中に、レオンが立っていた。
【レオン】「来たか」
【美咲】「はい」
レオンの手には、古い鍵が握られていた。
【美咲】「それ……?」
【レオン】「保護院の地下倉庫の鍵だ」
【美咲】「地下倉庫なんてあったんですか?」
【レオン】「正確には、地下倉庫のさらに下にある古い区画だ」
美咲は目を瞬いた。
【美咲】「さらに下?」
【レオン】「昔の建築記録を調べて分かった」
レオンは一枚の紙を差し出した。
そこには、現在の保護院の見取り図が描かれている。
その地下。
倉庫の下に。
現在の建物には存在しないはずの空間が記されていた。
【美咲】「……これ」
【レオン】「千年以上前の図面だ」
美咲の背中を、冷たいものが走った。
【美咲】「じゃあ、この保護院は……」
【レオン】「元々、別の施設だった可能性がある」
レオンは、静かに続けた。
【レオン】「そして、ミアが『おうち』と言った場所が、ここにある可能性もある」
美咲は、もう一度図面を見た。
中央に小さく書かれている文字。
古代文字らしく、今の美咲には読めない。
けれど。
その横に描かれた記号だけは、不思議と見覚えがあった。
円。
その周囲を、四つの小さな円が囲んでいる。
【美咲】「……これ」
【レオン】「知っているのか?」
【美咲】「いえ。でも……」
胸の奥が、かすかに熱くなる。
【美咲】「見たことがある気がします」
レオンは黙って図面を見つめた。
【レオン】「ミアの魔力と似た反応がある」
【美咲】「え?」
【レオン】「昨日、ミアが庭で光らせたときと同じだ」
レオンは自分の手のひらを開く。
そこに、小さな魔力測定器が乗っていた。
【レオン】「この図面を見つけた直後から、微弱な魔力反応が続いている」
【美咲】「……地下から?」
【レオン】「ああ」
美咲は、息を呑んだ。
【美咲】「行きましょう」
【レオン】「そう言うと思った」
*
地下倉庫への階段は、普段使われていないらしく埃をかぶっていた。
壁には古いランプ。
床には、長い年月をかけて積もった砂埃。
美咲が一歩進むたび、靴音が響く。
ぎい。
古い扉をレオンが開ける。
中には、使われなくなった家具や古い魔道具が積まれていた。
【美咲】「……何もないですね」
【レオン】「いや」
レオンがしゃがみ込む。
床に手を触れた。
【レオン】「ここだ」
【美咲】「何かありますか?」
【レオン】「魔力が流れている」
美咲も床を見る。
何もない。
けれど。
次の瞬間。
指先が、淡く銀色に光った。
【美咲】「……!」
光は床の隙間へ吸い込まれていく。
まるで。
何かに呼ばれているように。
【レオン】「美咲」
【美咲】「はい」
【レオン】「そこに触れてみてくれ」
美咲はゆっくり手を伸ばした。
指先が床に触れた。
――瞬間。
ドクン。
心臓が大きく鳴った。
視界が、一瞬だけ白くなる。
そして。
頭の中に、見知らぬ景色が浮かんだ。
広い部屋。
たくさんの子どもたち。
大人たちが、その子どもたちを囲んでいる。
けれど。
そこには、現在の魔法訓練室のような緊張感がない。
子どもたちは笑っている。
泣いている子もいる。
怒っている子もいる。
眠っている子もいる。
それなのに。
部屋全体が、淡い光に包まれていた。
誰かの笑い声。
誰かの泣き声。
誰かを慰める声。
そのすべてが。
一つの魔力の流れになっていた。
【???】「大丈夫」
【???】「泣いていいよ」
【???】「怖かったね」
【???】「ここにいるよ」
その声が聞こえた瞬間。
すべての魔力が、ひとつに重なった。
――共鳴。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
美咲は、はっと目を開いた。
【美咲】「……っ」
【レオン】「美咲!」
身体がふらつく。
レオンが、とっさに腕を支えた。
【美咲】「今……見えました」
【レオン】「何を?」
【美咲】「子どもたちが……」
美咲は息を整える。
【美咲】「魔法を使っていたんです」
【レオン】「魔法を?」
【美咲】「でも、今の魔法とは違う」
美咲は床を見る。
【美咲】「誰かが命令して、抑えて、形を整えるんじゃなくて……」
胸の奥が震えた。
【美咲】「みんなの気持ちが重なって、魔力になっていました」
レオンは言葉を失った。
そして。
ゆっくり床の隙間へ手を伸ばす。
そこから、小さな石板が現れた。
埃を払う。
表面には古代文字が刻まれていた。
【レオン】「……これは」
【美咲】「読めますか?」
【レオン】「一部だけだ」
レオンは文字を追う。
【レオン】「『子どもは、魔力を覚えている』」
美咲の心臓が跳ねた。
【レオン】「『大人が忘れたものを』」
沈黙。
さらに下には。
別の文章が刻まれていた。
【レオン】「『魔力とは、一人のものではない』」
【美咲】「……」
【レオン】「『心が触れ合うとき、魔力は響き合う』」
美咲は、その言葉を聞きながら。
これまでの出来事を思い返していた。
リリィが安心したとき。
ユナが泣いたあと。
ノアが誰かの魔力を感じ取ったとき。
ミアが花に触れたとき。
そして。
自分が子どもたちと一緒にいるとき。
すべての魔力が。
ほんの少しずつ繋がっていた。
【美咲】「……じゃあ」
声が震える。
【美咲】「今の魔法教育って……」
【レオン】「……千年前の何かを、逆にしているのかもしれない」
レオンは石板を見つめた。
【レオン】「『心を抑える』という理論が正しいとされたあと、この考え方は消された」
【美咲】「どうして?」
【レオン】「分からない」
そのとき。
――ぺた。
背後から、小さな足音がした。
【美咲】「……え?」
二人が振り返る。
階段のところに。
白い寝巻きを着たミアが立っていた。
【美咲】「ミア!?」
【レオン】「どうしてここに……」
ミアは眠そうな目で二人を見る。
そして。
何も言わずに、地下室の奥を指差した。
【ミア】「……ここ」
【美咲】「ここが?」
ミアは頷いた。
【ミア】「おうち」
美咲の呼吸が止まった。
【レオン】「……ミア」
レオンがしゃがみ、ミアと目線を合わせる。
【レオン】「ここが、君のおうちなのか?」
【ミア】「うん」
【レオン】「ここで暮らしていた?」
【ミア】「……ううん」
【レオン】「じゃあ、どういう意味だ?」
ミアは少し考えた。
そして。
【ミア】「……ここに、いた」
【美咲】「誰が?」
ミアは答えなかった。
ただ。
地下室の奥へ歩いていく。
【美咲】「ミア、待って!」
三人で進んだ先。
壁には、大きな扉があった。
今まで、ただの壁だと思っていた場所。
そこに。
四つの小さな円が刻まれている。
リリィ。
ノア。
ユナ。
ミア。
まるで。
四人を待っていたかのように。
【レオン】「……ありえない」
【美咲】「レオンさん?」
【レオン】「この建物は、少なくとも数百年前に改築されている」
【美咲】「はい」
【レオン】「なのに、この扉だけは……」
レオンが手を触れる。
扉は反応しない。
美咲も触れる。
何も起こらない。
しかし。
ミアが近づいた瞬間。
――ふわっ。
銀色の光が、扉全体に広がった。
四つの円が、一つずつ光っていく。
そのうちの一つだけが。
美咲の手元で、強く輝いた。
【美咲】「……え?」
レオンが息を呑む。
【レオン】「美咲」
【美咲】「はい」
【レオン】「君の魔力が、反応している」
扉の中央。
新たな文字が浮かび上がった。
美咲には読めない。
けれど。
不思議と意味だけが伝わってきた。
――共鳴を導く者。
美咲の指先から、銀色の光が流れる。
扉が。
ゆっくりと動き始めた。
【美咲】「……開く」
【レオン】「待て」
レオンが美咲の前に立つ。
【美咲】「レオンさん?」
【レオン】「何があるか分からない」
【美咲】「でも……」
【レオン】「だから俺が先に行く」
そう言って。
レオンは扉へ手を伸ばした。
その瞬間。
地下の奥から。
子どもの声がした。
【???】「……やっと」
二人が凍りつく。
【???】「帰ってきた」
ミアが。
初めて、はっきりと笑った。
【ミア】「おかえり」
扉の向こうから。
銀色の光が溢れ出す。
そして。
千年以上閉ざされていたはずの空間が。
ゆっくりと、その姿を現した。




