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守るということ


 翌朝。


 いつもと同じように。


 朝の鐘が鳴った。


 子どもたちの声が廊下に響く。


 食堂からは焼きたてのパンの香り。


 窓から差し込む朝の光。


 何も変わっていない。


 ――そう思っていた。


【職員】「美咲さん!」


 廊下を走ってきた職員が。


 息を切らしながら立ち止まった。


【美咲】「どうしました?」


【職員】「院長室へ来てください」


【美咲】「私が?」


【職員】「はい。それと……レオン様も呼ばれています」


 美咲は首を傾げた。


【美咲】「何かあったんですか?」


【職員】「……分かりません」


 職員は少しだけ声を落とした。


【職員】「王都から、視察の方が来ています」


【美咲】「王都から?」


【職員】「はい」


 その言葉を聞いた瞬間。


 美咲の胸に。


 小さな不安が生まれた。


     * * *


 院長室。


 いつもより空気が重かった。


 長い机の向こうに。


 保護院の院長と、見慣れない二人の男女が座っている。


 一人は。


 濃紺のローブを着た初老の男性。


 胸元には王家直属の魔導研究院を示す紋章があった。


 もう一人は。


 書類を抱えた女性だった。


【院長】「美咲、こちらは王立魔導研究院の方々だ」


【美咲】「……初めまして」


【男性研究員】「こちらこそ」


 男性は美咲をじっと見た。


【男性研究員】「君が、最近この施設で子どもたちの魔力について独自の観察を行っているという保育士だね」


【美咲】「独自というほどでは……」


【レオン】「俺が依頼した研究だ」


 横からレオンが口を挟む。


【男性研究員】「レオン君」


【レオン】「お久しぶりです」


【男性研究員】「君が関わっていることは把握している」


 男性は机の上に一枚の紙を置いた。


【男性研究員】「最近、この施設で通常では確認されない魔力反応が複数回発生している」


【美咲】「……」


【男性研究員】「特に、ユナ・ベル」


 名前を聞いた瞬間。


 美咲の背筋が伸びた。


【男性研究員】「そしてノア・グレン」


【男性研究員】「ミア・フェルン」


 さらに。


【男性研究員】「リリィ・アルヴァ」


 四人の名前が並ぶ。


【男性研究員】「従来の測定結果と、現場での観察結果に大きな差が出始めている」


【レオン】「当然です」


【男性研究員】「当然?」


【レオン】「今までの測定方法では説明できない現象が起きている」


 男性研究員の眉が動いた。


【男性研究員】「……君は、今の魔法理論に問題があると考えているのか?」


【レオン】「可能性はある」


 部屋が静かになった。


【男性研究員】「慎重に発言したほうがいい」


【レオン】「事実を述べています」


 レオンは一歩も引かなかった。


【男性研究員】「千年以上にわたって確立されてきた魔法理論だ」


【レオン】「千年続いたことと、正しいことは同義ではありません」


 美咲は。


 思わずレオンを見た。


 その言葉は。


 昨日までのレオンなら。


 きっと口にしなかっただろう。


【女性研究員】「……ですが」


 女性研究員が静かに口を開く。


【女性研究員】「今回の記録には、確かに説明できない部分があります」


 男性研究員が彼女を見る。


【女性研究員】「ユナ・ベルの魔力暴走」


【女性研究員】「その直後に魔力が安定したこと」


【女性研究員】「そして、ノア・グレンが測定器に反応しない魔力の存在を感知したこと」


 女性研究員は資料をめくる。


【女性研究員】「……ミア・フェルンについては、ほぼ全てが異常値です」


【美咲】「……」


【女性研究員】「だからこそ」


 女性研究員は美咲を見る。


【女性研究員】「一度、詳しい検査を行いたいのです」


【美咲】「検査……?」


【女性研究員】「子どもたち全員の魔力核と、精神状態、魔力循環について」


 美咲の胸がざわついた。


【美咲】「それって……子どもたちに負担はありませんか?」


【女性研究員】「基本的にはありません」


【美咲】「基本的には?」


【女性研究員】「魔力を測定するだけです」


【美咲】「でも……」


 美咲は言葉を止めた。


 ユナが。


 あの訓練室で泣いていた姿を思い出す。


 怖い。


 やりたくない。


 失敗したくない。


 あの子にとって。


 「検査される」ということそのものが。


 また恐怖になってしまうかもしれない。


【美咲】「……私は反対です」


 室内の空気が変わった。


【院長】「美咲」


【美咲】「子どもたちが怖がるような検査なら、やるべきじゃないと思います」


【男性研究員】「君は研究者ではない」


【美咲】「分かっています」


【男性研究員】「ならば、魔法研究について判断する立場ではない」


【美咲】「それも分かっています」


 美咲は。


 それでも目を逸らさなかった。


【美咲】「でも」


 声が少し震える。


【美咲】「あの子たちが、また『頑張らなきゃ』って思うようなことはしたくありません」


 沈黙。


【美咲】「魔力を調べることより」


【美咲】「まず、その子が怖くないと思えることのほうが大事だと思います」


 男性研究員は。


 しばらく美咲を見つめた。


【男性研究員】「……随分と感情的だな」


 その言葉に。


 美咲の胸が小さく痛んだ。


【男性研究員】「研究とは、感情を切り離して事実を見るものだ」


【美咲】「……」


【男性研究員】「それができなければ、正しい結論には辿り着けない」


 美咲は何も言えなかった。


 その言葉は。


 この世界の魔法教育そのものだった。


     * * *


 院長室を出たあと。


 美咲は廊下を歩いていた。


 足が速くなる。


 胸が苦しい。


【美咲】「……私、余計なこと言ったかな」


【レオン】「言っていない」


【美咲】「でも……」


【レオン】「正しい」


【美咲】「……え?」


 隣を歩くレオンを見る。


【レオン】「君の判断は間違っていない」


【美咲】「でも、私は研究者じゃないし……」


【レオン】「それがどうした」


【美咲】「魔法のことも、まだ全然分からないし」


【レオン】「だから?」


【美咲】「……」


 美咲は俯いた。


【美咲】「私が口を出していいことじゃなかったのかなって」


 レオンは少し黙った。


 そして。


【レオン】「君は、子どもたちを見ている」


【美咲】「……」


【レオン】「俺たち研究者が数字を見るとき、君はその数字の向こうにいる子どもを見る」


【美咲】「……」


【レオン】「それは研究者にはできないことだ」


 美咲は顔を上げた。


【レオン】「だから、君が必要なんだ」


 胸が。


 どくん、と鳴った。


【美咲】「……そんなこと言われると」


【レオン】「何だ?」


【美咲】「もっと頑張らなきゃって思っちゃいます」


 言った瞬間。


 美咲はハッとした。


 レオンも。


 少しだけ目を見開いた。


【レオン】「……そうか」


【美咲】「え?」


【レオン】「君は」


 レオンが静かに言う。


【レオン】「誰かに必要だと言われると、自分を削るのか」


【美咲】「……」


 図星だった。


【美咲】「……たぶん」


【レオン】「なら」


 レオンは。


 美咲の目をまっすぐ見た。


【レオン】「頑張らなくていい」


【美咲】「……」


【レオン】「俺が必要としているのは、無理をする君じゃない」


 美咲の喉が詰まった。


【レオン】「子どもたちのそばにいる、君だ」


 美咲は。


 何も言えなかった。


     * * *


 午後。


 美咲が保育室へ戻ると。


 子どもたちはいつも通り遊んでいた。


【ユナ】「美咲!」


 ユナが走ってくる。


【美咲】「どうしたの?」


【ユナ】「今日ね、絵を描いたの!」


【美咲】「見せて」


 紙いっぱいに。


 色とりどりの花が描かれていた。


【美咲】「わあ……綺麗」


【ユナ】「これ、美咲!」


 絵の中央には。


 銀色の髪の女性が描かれている。


【美咲】「私?」


【ユナ】「うん!」


【美咲】「嬉しいな」


 ユナが笑う。


 すると。


 また。


 淡い光が生まれた。


 今度は。


 ユナだけではない。


 ノアも。


 リリィも。


 そして。


 少し離れた場所にいるミアも。


 それぞれの魔力が。


 小さく揺れた。


 光が。


 少しずつ重なっていく。


【ノア】「……まただ」


【美咲】「ノア?」


【ノア】「みんなの魔力、近くなってる」


【ユナ】「ほんと?」


【ノア】「うん」


 ミアが。


 光を見ながら呟く。


【ミア】「……きれい」


【美咲】「……」


 その光景を。


 レオンが廊下から見ていた。


 測定器を持っている。


 けれど。


 すぐには近づかなかった。


 ただ。


 自分の目で見ている。


【レオン】「……」


 やがて。


 レオンは測定器の電源を切った。


 美咲がそれに気づく。


【美咲】「測らないんですか?」


【レオン】「今はいい」


【美咲】「でも、記録は……」


【レオン】「記録する」


 レオンは子どもたちを見る。


【レオン】「ただし」


【美咲】「?」


【レオン】「今日は、子どもたちを子どもたちのまま見ようと思う」


 美咲は。


 少しだけ笑った。


【美咲】「……それ、いいですね」


     * * *


 その夜。


 レオンは一人で研究室にいた。


 昼間の出来事を記録していく。


 しかし。


 筆が止まった。


 目の前には。


 千年前の古文書。


 その端に残された銀色の印。


 そして。


 今日、ミアの周囲に現れた光。


 同じ形。


 同じ輝き。


【レオン】「……やはり」


 レオンは古文書を裏返した。


 すると。


 紙の隙間から。


 一枚の薄い紙片が落ちた。


 そこには。


 短い文章が書かれていた。


 ――共鳴を持つ子どもを、王都へ集めよ。


【レオン】「……」


 さらに。


 その下には。


 別の文字が残っている。


 ――彼らは「魔力」を覚えている。


 レオンの顔から。


 血の気が引いた。


【レオン】「……魔力を、覚えている?」


 その瞬間。


 研究室の外で。


 小さな銀色の光が揺れた。


 レオンが振り返る。


 扉の隙間から。


 ミアがこちらを見ていた。


【ミア】「……れおん」


【レオン】「ミア?」


 ミアは。


 いつもの眠そうな顔で。


 けれど。


 どこか寂しそうに呟いた。


【ミア】「おうち、いかなきゃ」


【レオン】「……家?」


【ミア】「うん」


【レオン】「どこにある?」


 ミアは。


 しばらく黙っていた。


 そして。


【ミア】「……しらない」


 その瞬間。


 研究室の窓の外。


 庭いっぱいに。


 銀色の光が広がった。


 まるで。


 遠い昔の誰かが。


 目を覚ましたように。


     * * *


 翌朝。


 王都から。


 一通の正式な命令書が届いた。


 封蝋には。


 王家の紋章。


 内容は。


 たった一行。


 ――魔力児童保護院所属、特殊魔力児童四名の王都移送を命ずる。


 その紙を見た美咲は。


 息を呑んだ。


【美咲】「……四人って」


 リリィ。


 ノア。


 ユナ。


 そして。


 ミア。


 美咲は。


 命令書を握りしめた。


 胸の奥で。


 何かが。


 嫌な音を立てた。

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