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賽の目の約束  作者: いち
第1部
6/27

第6話

目を覚ます。

冷たい空気が顔をなでた。早朝だろうか。

私は、あのまま眠ってしまっていたようだ。


ゆっくりと体を起こして見回すと、ノアラがベッド脇の机に突っ伏して寝息を立てている。

……ずっと、そばにいてくれたのか。


体が少し重い。

魔力の戻りは完全ではなかったが、戦えないほどではない。

森の魔物を相手するくらいなら、十分過ぎるくらいだ。

私は、昨夜ノアラが置いてくれた林檎を口に運ぶ。


ここまで治してくれた。

ノアラは本当にすごい人だ。

思えば、あの王ですら彼女にはどこか丁寧だった。

ヒーラー協会の重席に座ってないのが、不思議でならない。


そんな彼女も、今の私にとっては、唯一気を許せる人。

ありがとう、とノアラの肩に布団をかける。


「一度宿に行こうかな」

小さく呟いた。

私は身支度を終え、剣を持つと診療所を後にした。


外に出ると、村の入り口から荷を引いた馬が走ってくるのが見えた。

それは、人がちらほら行き交う早朝の通りで止まった。

ちょうど宿の前辺りだ。


駆け足で行くと、2人の兵士と宿の女主人が店先で話している。

「ほら、あんたにお客さんだよ」

女主人に手招きされた。

兵士は私の姿を見ると、向き直って敬礼した。


「勇者殿、お勤めご苦労様です。

我々、警備隊及び通信隊としてリネ村に参りました。

こちら、王より書状、ならびに今回支給品の鎧にございます」


若い方の兵が、私に書状を差し出す。

私は、その場で封を切る。


『勇者ルミナ。魔王エンデの討伐任務ご苦労。

息子の即位も近い。

森の魔物も力を増し、土地は痩せる一方である。

あの根源の悪魔を、早々に処理されたし』


……簡単に言ってくれますね。

言葉を飲み込んだ。


「仰せのままに」


私が胸に手を当てると、

彼らは敬礼を解き、支給品であろう木箱を荷から下ろしにかかった。


本当は、もう少し魔力の回復を待つつもりだった。

だが、こう急かされては、行くしかない。


私は宿に入り、王の支給品を身に着けて、傷ついた前の鎧を置く。

食堂は少し混んでいたが、どうにか小さなパンとスープにありつけた。


「あんたたち、今度はしばらくいてくれるんだろうね」

外から女主人の声がする。

兵士たちは眠たい、とか食べるものはあるかい、とか

思い思いに見当違いな返事をしている。


私が準備を整えて外に出ると、

「それはいいのかい?」

ごつごつとした鎧に似合わない、カメリアの髪飾りを女主人は指さした。

「ええ、このまま携えてゆきます」

私は女主人に笑いかけ、敬礼する兵士らを横目に森へ歩き出した。


「勇者様の護衛くらいしないのかい」

後ろから女主人が兵士に怒鳴っている声がする。


「道すがら魔物を倒していきますので、大丈夫ですよ」

声の大きさに笑いそうになりながら振り返る。

だけど、兵士たちはもう宿に入っていて、そこにはいなかった。


女主人は肩をすくめ、苦笑いした。



***



魔王の城へと、急ぎ足で森を進む。


王国の紋章が刻まれた新しい鎧は確かに上質だ。

でもまだ体に馴染まず、わずかに動きを鈍らせる。


草は以前よりも色を失い、地のひび割れは広がっている。

遠くで魔物の咆哮が重なり、気配は絶えない。

王の手紙にあったそのままだ。


そして辿り着いた魔王の城は、今日も大扉が開いたままだった。

相変わらず、侵入者を拒む意志を感じない。

構わず城内へと進む。

理解できない魔王の意志など、関係ない。

私には考えている余力などないのだ。


エンデは、玉座に座っていた。

紫の炎が壁に灯る。

私は鎧の音を響かせながら、臆することなく真っ直ぐ魔王へ歩いていく。

闇色の瞳が、こちらを睨んだ。


「……もう来たのか」

静かな声。


「魔力が戻っていないようだが?」

「問題ありません」


私は表情を変えずに答えると、すぐさま剣を柄から抜いた。


「今日こそ討ちます!――光刃!」

剣を振り下ろし、光の刃が闇の中を一直線に進む。

だが、エンデから放たれた闇とぶつかり、呆気なく消えた。

「……浅い」


私はすかさず連撃を出す。光が、いくつもの線を描き、走る。

エンデは立ち上がりながら、私の光に次々闇をぶつけて止めていく。

「無駄打ちばかりだな……何をそんなに急いている」


……しらじらしい物言いだ。

私はエンデを睨みつけた。


「大地も荒れ、魔物も増えている……あなたが操っているのは分かっている。

卑劣なやり方だ!力のない人たちを追い詰めて!」


エンデは、私の光刃を弾きながら、わずかに息を吐いた。


「……あれは、他の魔王に分散されていた闇が、俺の力に寄せられているだけだ。

俺の意志とは関係ない」


「……え?」

握りしめる手が強張る。

怒りに満ちていた思考が、少しだけ冷え固まった。


「期待した答えではなかったか?」


剣先がブレる。エンデは表情も変えず淡々と言う。


「俺を消せば止むだろうが」


望んでやっているわけではない、とでも言うの?

だって、魔王というものは、世界を滅ぼしたい存在のはずでしょう?


考えかけて、私は頭を振った。

「あなたが意図していなくとも、結果は同じ!」

そうだ、真実など知る必要などなかったのに。

「――くっ!」

攻撃の手を緩めてしまった隙に、四方から黒い闇が飛んできて足をかすめる。

今度はエンデが闇を絶え間なく打ち込んでくる。

放たれる攻撃の多さに、思わず後退して距離を取る。


「貴様に俺は消せぬ。そのような……手負いの……勇者などにはな!」

エンデがじりじりと歩みを進める。

「……う」

攻撃が早い。


「どうした、あれほど吠えていたというのに。受け身ばかりだな」

剣で裁くのが、やっとだった。

「ぐっ!」

そのうちに、止めきれなかった魔法が立て続けに鎧にぶつかり、鈍い痛みが体に走る。

片膝をついた。


「……急ぎすぎだ、貴様は。弱いというのに」


エンデが闇から剣を出した。

咄嗟に、振り下ろされた剣を受け止める。

衝撃で火花が飛び散る。


エンデの言葉に、激しい怒りがこみ上げた。


「あなたには分からない!」


痛みを堪え、エンデの剣を押し返しながら立ち上がる。

「皆が待っているのだ!王が、人々が!私は国の剣、報いなければならない!」


エンデの剣がずしりと重くなる。

「国の剣だと?笑わせる。貴様ひとりで何ができる?」

「ひとりでも弱くても、戦う!それが私の役目!」

剣を払いのけ、私は大きく剣を振りかぶった。

エンデが小さく息を吐き、わずかに目を伏せる。

「……孤独だな」


感情が乗ったその隙を、エンデは見逃さなかった。


甲高い金属音が響いて、脇腹の鎧が砕かれる。

「くっ!鎧が……」

破片が宙に舞う中、視線が冷たく刺さる。


「ここまでだ。今日も貴様は負ける。そのガラクタがそれ以上傷つかぬうちに地に伏せよ。

――静滅」


エンデが手をかざした。

空間が沈みこむ。

目に見えない圧力が、体の奥を掴む。


来た――あの技。


四肢の力が抜ける。

私は歯を食いしばった。


考えていた。

削られるなら、上回ればいいと。

剣を地に突き立てる。


「はっ――!」

魔力を強引に解き放つ。

内側から、熱が噴き上がる。

魔力が削られるよりも、もっと。

すべてを燃やさんばかりに放出する。


体の奥から全身に走る痛みが、視界を真っ白に塗りつぶした。

それでも止めない。

狙った通り、体は動く。

私の出せる最高速度で、エンデの懐へと潜り込む。


「やめろ!!」

エンデの声が鋭く響いた。

「――命を削る気か!」


エンデが術を打ち払い、一瞬の隙が生まれた。

今だ――

「油断しすぎだ魔王!!」

刃を振り下ろす。

エンデの首に刃が触れる。

最大の魔力を込めた、その瞬間。


「ぐっ!!」


みぞおちが裂けるように痛み、魔力の弾けたような衝撃が体を貫いた。

光の伴わない剣が手から抜け落ち、エンデの首をかすめ、音を立てて床に落ちる。

「がっ……」

体が痙攣し、息ができない。

膝が崩れ落ちる。


限界を超えたのか、体の奥で何か大切なものが砕けていく。


理解するより先に感じた。――もう終わりだ、と。


床に頭から激突する前に、黒い腕が伸びてきたのが見えた。


視界が大きく反転する。

衝撃は来なかった。

意識を手放す寸前、エンデと目が合う。


――ああ、もう少しだったのに。


どうして、そんな顔をしているの。



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