第12話
振り返ると、長身の男が立っていた。
白い髪が腰まで流れ、顔は年老いているのか若いのか分からない。
瞳は灰色で、光が全くなかった。
「何だお前は」
ナギが、ジャケットから銃を取り出す。
白い男は表情ひとつ変えない。
よく見ると、輪郭が二重三重に見えたり、ズレたりしている。
「私は、いわば観測者であり門番でもある」
どこからともなく静かな声が響いた。
目の前の男の唇は、微塵も動いていない。
「……人じゃない」
私は小さく首を振って、ナギの手を押さえた。
ナギは私を一瞬見て、向けた銃口をわずかに下げる。
男の声が続く。
「お前たちは、この宇宙においての不具合なのだよ」
「何……?どういうこと」
あまりに唐突な言葉。
私が聞くと、男の視線が瞬きもなくナギに向いた。
「かつて、この世界には1人の愚かな闇の魔王がいた」
ピク、とナギの体が動く。
「そう、お前だ。本当によく似ているね。……そしてお前も」
今度は私を向いた。
「あの光の勇者によく似ている」
「いや、勇者って……」
男は平然と、現実離れした単語を口にしている。
思わず苦笑した私をよそに、視線を正面へ戻した。
「信用しがたいだろうね。
過去、お前たちは、光と闇の交わりにその身を投じた。
また共にいるとは」
「交わり……?」
思わず聞き返す。
「惹かれて交わった、そのままの意味だ」
淡々と返されて口をつぐんだ私を気にも留めず、男は続ける。
「本来なら、交われば互いを消し合うというのに。
そして、魔王。お前はそれだけに飽き足らず、理を曲げたのだよ」
「……は?」
ナギの銃を持つ手から力が抜ける。
「消えるはずだった勇者を、その力でこの世界に繋ぎとめた。
それが、痕跡となり残ったのだよ。今のお前たちの中に」
そう言って手首を返す。
「まったく。不具合だよ」
「待って……私たちは、その、惹かれ合ってた魔王と勇者の生まれ変わりってこと?」
私の問いかけに、男は短く「そうだ」とだけ答えた。
そんなこと、信じられない……。
どこかで会った気がするなんて、確かに思ったけど。
「そして、お前たちもまた、不具合を起こした。
ただの痕跡に過ぎないその魔力を、呼び覚ましたのだ」
ナギは指を引き金にかけたまま睨む。
「……さっきから、魔力だとか、なんだとか。ふざけるのも大概にしたらどうだ」
「おや。先ほども力を使っていたろうに、ずいぶんな物言いをされるものだよ」
あの白い揺らぎのことだろうか。
それを言われると……確かに説明つかないかもしれない。
ナギと目を合わせた。
小さくため息をついて、ナギは銃を懐に戻した。
男は手を後ろに組み、頷いてみせた。
「仕方がないことだ。
お前たちがいたのは、魔力のない世界だったからね。
そこでは、魔力を持つ者は存在できない。
だから、この世界へと転移したのだ」
「この世界……?」
「そう。この宇宙には、他にも複数の世界が存在しているのだよ。
ここは、かつてのお前たちがいた魔力のある世界。
その力はあの不具合で生まれた異質のもの。
受け入れられる先は、おのずと定まったのだ」
「……つまり、その力が特別なものだから、
俺たちは他の世界じゃなく、
かつての俺たちがいた『この世界』に来たってことか」
「……飲み込み早いんだけど」
呟くナギを、思わず見上げた。
男は、何も言わなかった。
目を向けると、言葉を紡ぐでもなく、ナギをじっと見つめている。
灰色の瞳が、静かに一度だけ瞬いた。
「なんだよ」
「……いや」
ナギの声に、男はふと力を抜くように視線を外す。
「思い起こしていた。
……お前は本当に、異質で、愚かな魔王だったね」
遠い記憶を辿るような眼差しのまま、言葉を続けた。
「繰り返される戦いの中、勇者を1人とて殺さず、均衡を守って世界を壊そうともしなかった。力は有り余っていたろうに」
「勇者を殺さず……世界を壊さない?」
私の問いに、男はこちらを向く。
「勇者が全滅すれば、この世界は崩壊するからね。勇者の存在によって、闇が制御された状態であることが、この世界の均衡だ」
均衡、と隣でナギが繰り返した。
男はその様子を見て、肩をすくめる。
「魔王は本来、世界を害し、壊すだけの存在。
お前がなぜ、世界を壊そうとしなかったのかは分からない。
この異質さは、目に余るだろう?」
「まぁ……異質だな」
ナギが自嘲するように呟いた。
私は小さく首を振った。
「優しいんだよ、たぶん……」
少し、重なってしまう。
白と黒、どっちつかずで苦しんでたナギと。
「そして、かつてのお前たちは出会い、引き合った。
残ったのは人間と、特別な力を宿した勇者だけ。
お前は代償を引き受けたあの時、地に残る闇をすべて、引き連れて消えた」
男が、ナギの瞳の奥を見据える。
「なぜ、そうした。
お前はなぜ理を曲げ、この世界の寿命を延ばしたのだ」
ナギは少しの間を置き、目を伏せて小さく息を吐いた。
わずかに手のひらを握る。
「……門番のくせに、分からないのかよ」
私は、その手にそっと触れる。
理由なんてそんなの……。
ナギの横顔を見た。
この世界に残していった、勇者のため。
そうだよね。
男はしばらく私たちの答えを待っていたが、やがて諦めたように目を逸らした。
「……だが、この世界もまもなく終わる」
「え?」
その言葉に、私たちは男の顔を見る。
「現在、この世界に新たに誕生した勇者は、1人残らず魔王に殺された。
お前たちが先ほど対峙していたのも、魔王の1人。
均衡を欠いたこの世界は、滅びるほかないのだ」
「え、あの蛇が魔王?待ってよ。解決したんじゃなかったの?
さっき、闇全部引き連れて行ったって……」
「そう。あの時、確かに闇は消えた。だが、人間は繰り返した。
憎悪し、闇を生み、それが新たな魔王を作る。それに呼応して勇者が生まれる」
「人間が……魔王を作る?」
「……なんだよ、それ」
男は頷く。
「人間も魔王も、知る由もない事実。だから繰り返す」
というか、私たちにそんなこと言われても……。
「……あの!」
私は声をあげた。
「すみません、私たち、絶対に帰れないんですか?このままじゃ……」
「不可能だ。元の世界には戻れない。お前たちはこの世界と終焉を共にする。仕方ないことだ」
「……ふざけるなよ」
ナギが口調を荒げた。
「なんで俺たちが、この世界で死なないといけないんだよ」
「そうだよ!なんで、私たちが巻き込まれないといけないの」
私もナギに続いた。
男は真っ直ぐな視線で、私たちを射抜く。
「それがお前たちが、過去からしてきた選択の延長だ。
その積み重ねが、お前たちを巡り合わせ、ここへ導いた」
何も……言えなかった。
男は私たちにゆっくりと近づき、口調を和らげる。
「だが、怯えずとも良いのだよ。
命を落としても、宇宙を巡る輪に戻るだけ。
記憶はなくなるが、またどこかの世界で器があてがわれる」
さらりと言葉を並べた後、
男は立ち止まった。
「だが……お前たちにひとつ提案しよう」
私たちの顔を見る。
「生き延びよ」
男の声が凛と響く。
「この世界が終わる時、
その力を残らず手放し、灯せ」
男は手のひらをこちらへ差し出し、握る。
「私が拾い、別の世界へ渡そう。そのままの体と記憶で」
――ただし、と男は続けた。
「魔力を手放す以上、残る損傷は、そのまま次へ引き継がれる。
どこの世界に行くか、お前たちが同じ場所に行くか、私は決められない。確率だ」
なにそれ。
そんなの、あまりにも不確か過ぎる……。
ナギの肩が動いて、吐き出すような小声が出る。
「……ずいぶん理不尽な提案だな」
「そうだ」
男は間を置かず、答える。
「それが秩序だ。
そして、私が見過ごせる誤差だ。
――それでも、進むか?」
喉が、うまく動かない。
急にそんなことを聞かれても。
生き残るだけじゃなくて、怪我もできないなんて。
あんなのがいるところで。
それでも……
それでも、こんなところで死にたくない。
ナギを見る。
息を短く吐いたナギがこちらを見た。
そのまま、目を逸らさない。
瞳の奥に強く灯る、光。
その光に、頷く。
「……行く」
私は前を向いた。
「行く」
ナギも男を見る。
「そうか」
男は、静かに頷いた。
「お前たちの概念でいう1時間。それがこの世界の寿命だ」
ゆっくりと私たちへと近づく。
「誤差ついでに、お前たちを別の場所へ移してあげよう。力は上手に使うのだよ」
男が、わずかに手を上げる。
「……ここで、お前たちを見届けよう」
その動きに合わせるように、足元の感覚が抜けた。




