↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賽の目の約束  作者: いち
第2部
22/27

第11話

暗闇。


体の感覚はある。


でも、息が、うまく吸えない。

乾いた空気が熱くて、喉が焼けるみたい。

硫黄のような、焦げたような匂いがする。


目を瞬いた。



「え……」



目に飛び込んだ景色は、頭が追いつかないほど異様だった。


渦を巻いていくつも浮かんでいる、どす黒い雲。

その隙間に見える空は、稲光のように赤や青にちかちかと不規則に点滅している。


「何ここ」


呆然と立ち尽くす。


後ろに、崩れかけた古い城みたいなものが建っている。

その周りには、焦げ残った木が立って、それが先の方まで続いていた。


辺りを見渡しても、ナギの姿が見えない。


「ナギさん」


返事がない。


遠くで何かがひしゃげるような音に、私の声が吸い込まれていく。


すがるように、ショルダーバッグからスマホを取り出した。

電源を入れると、わずかな電池残量。その隣に圏外の表示。


結局、力なくスマホをしまう。


ナギの連絡先を知らないし。

というかきっと、ここはそういう次元じゃない気がする。


どうしようもなく湧き上がる不安。涙が出そうになる。


「ナギさん!」

もう一度、今度はありったけの大きな声で呼んでみる。


「あれ?まだいる」


肩が跳ねた。

上から、幼い子供のような声が。


「変わってるね、勇者なの?」


見上げると、茶色の塊が空に浮いていた。

さっきまでいなかったはずなのに。


乳白色の目が、三角の頭にも胴にも等間隔に並んでいる。

紺色の舌が、口の奥でちらりと揺れた。


――蛇?……いや、何これ。


「みんなで勇者殺したのに。まだ変なのが生きてるよ」


その巨大な蛇が、こちらに向かって喋っている。

声だけが無邪気だった。


突然、蛇の口が大きく割れた。


「食べよ」


あ、

やばい。

足がすくんで動けない。


「ツバキ!!」


ナギの声だ。

胸が強く跳ねた。

振り向くと城の方から、ナギが駆けてくるのが見えた。


「こっちだ!」


その声に引っ張られるように足が動く。

今いた場所に蛇が落ちる。

轟音とともに、地面が大きくひしゃげた。


「ひっ!!」

よろめきながら、ナギに向かって走る。


「あははっ、待ってよ」

すぐ後ろから蛇の笑い声が追いかけてくる。


「早く!」

ナギが伸ばす、その手に飛び込んだ。

掴まれたまま、城の方へ走り出す。


背後で地面が砕ける音が迫る。

裏口の小さな扉が見えた。そのまま中へ滑り込む。


振り返ると、蛇は入口で止まっていた。

頭がつかえて入れないのか、こちらをじっと覗き込んでいるだけだ。なんだか、笑っているように見える。


「このまま地下行くぞ」

ナギに引かれるまま、暗い廊下を走った。

正面に見えた大きな階段を登らず、手前にあった下り階段を駆け下りる。

真っ暗だったはずなのに、降りた先で壁の明かりがひとつずつ灯っていく。


扉を開けると、またひとりでに明かりがついた。


少し広い部屋だ。

カビみたいな臭い。

ガラスの箱がたくさん並んでいる。


後ろから追ってくる気配はない。

私はそのまま、息を荒げながら壁にもたれた。


「なんなの……あれ」

「知らねぇよ……あんなの」

ナギもその場に座った。


「ありがとう、ナギさん……どこ行ったのかと思った」

「……ああ。よかった、いて」

ナギは私の顔を見て、肩を下ろした。

「大丈夫か?」

「うん。ナギさんこそ平気? 怪我してるのに」


ナギが首を傾げながら自分の腹を触る。

「それが、怪我が消えてんだ」

「え?……本当だ」


確かにあった刃物の傷が、なくなっている。

そういえば、絞められた自分の首に残っていた痛みもない。

「よかった……不思議だけど」


ナギは少し黙ってから、小さく呟いた。

「……俺たち、一体どこに来たんだろうな。普通じゃねぇぞ」

「うん。スマホ圏外だし、怪物みたいなのいるし。おかしい」


私は周りを見渡す。

「ここ、なんなんだろうね。お城みたいだけど」


壁沿いに並ぶ展示。

額縁や、区切られた古いロープ。博物館みたい。


扉の上の案内板には、――城跡展示室。


見たこともない歪な記号の羅列のはずなのに、気持ち悪いくらいすぐに理解できてしまう。


ナギがゆっくり立ち上がった。

歩きながら、額縁に飾られた本を眺める。


「……そう言えば俺、上の階にいたんだよな。椅子のある黒い部屋」

「そっか……私、外だったんだよね」

本に触れるナギの背中を見る。


ナギは、何も言わない。


「ナギさん? どうしたの?」

「……俺、ここ知ってる気がする」


ナギがぽつりと呟いた。


「え?知ってるって、どういうこと」

「分かんねぇけど……知ってる」


そう言ってこちらを見た、その瞳が。

闇に沈むような、深い紫色に変わっていた。


「ナギさん、その目……」

「お前こそどうしたんだよ、目の色が……」


ナギが驚いたように目を開いている。


「え……?」


言われて、手で顔を触る。


ガラスに映った私の瞳に、金色の光が宿って――。



ドンッ!!

見ていたガラスに亀裂が走る。


天井が揺れた。

上の階で、すさまじい音がする。


次の瞬間、天井が抜けた。

石と瓦礫が、部屋の入口を叩き壊す。

破片が弾けて飛び散る。


「っ!」


ナギに腕を引かれ、体ごと引き倒される。

頭上を、石がかすめていく。

体勢が崩れたまま、動けない。


天井の隙間から、茶色の物体がねじ込まれる。

あの蛇の口先だ。

砕けた石を押し潰しながら、無理やり頭まで入り込んでくる。


「いた……」


目玉がこちらを捉えると、あの嬉しそうな声。


蛇が口をガバリと開ける。

唾液が糸を引いて垂れ、ドロドロと床に弾けた。

紺色の舌が迫ってくる。


食われる――

反射的に目を強く瞑った。


まぶたの裏が淡く光る。


目の前の空気が波打ち、白い揺らぎが私たちの前に現れた。


「ナギさん、これ!」

ナギと目が合う。

「ああ、サクん時のだ」


「……ほら、ほらほら!なにそれ、そんな魔力見たことないよ!」


蛇が声の調子を上げながら、力任せに押し込んでくる。

白い揺らぎが押され、歪んだ膜の隙間から蛇の牙が迫る。


「破られる!」

「くそ!」

「キャハハハハ!!!」


目の前で、蛇が甲高く笑った。

血の匂いを帯びた湿った空気が、頬にかかる。



その時――

ブツリと、音が断ち切られた。


目の前の蛇が、口を開けたまま動かない。

瓦礫も何もかも、宙に浮いたまま動かない。


氷の中みたいな静寂。


時間が、止まっているみたいだ。


「どういうこと?」


私とナギだけが、動いている。

おそるおそる立ち上がる。ナギも、遅れて体を起こした。



ふいに、どこからか歩いてくる音が聞こえた。


壁も何も通り越して、音が真っ直ぐにこちらに向かってくる。

床じゃない。 

直接耳の奥に響いている。


瞬きをした、その一瞬で。

世界が真白に切り替わった。


ナギ以外の、あらゆるものが消え去る。

上も下も、横も縦も区別がつかない、ただの白い世界。


近づいていた足音が、後ろで止まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。