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賽の目の約束  作者: いち
第2部
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第2話

「やっぱりここのマルゲリータおいしいです」

私は満足げに呟きながら、白ワインを飲み干した。


2つ隣の男性はアヅマさんというらしい。

この繁華街のはずれで、喫茶店の店主をやっているそうだ。


「ツバキちゃん、いい飲みっぷりだね」

アヅマさんはにこにこと笑っていた。

「そうだ。今度おじさんの喫茶店にもおいでよ。ほら」

名刺サイズの紙を差し出される。

「『あるふぁ』っていう店なんだ」


私はそれを受け取って、紙に視線を落とす。

「行ってみたいです。私、珈琲好きなんですよ」

「お、何が好きなんだい?」

「何って?」

「ほら、豆だよ」


しまった。本格的な質問だ。

とたんに私の声は小さくなった。

「あ……豆とかは詳しくないんですけど、とりあえずホットコーヒーは好きで。すみません」

「ははは、そうか。全然問題ないよ。珈琲が好きな人は歓迎します。……ただ」


アヅマさんの顔が、少し曇った。

「今月末で、店を閉めるんだけどね。……まぁ、潮時ってやつだ」

「……そうなんですね」


言葉が、少し遅れた。

あと1週間と少ししかない。

こういう時、何て言えばいいのか分からない。

うかつにしゃべると余計に傷つけてしまいそうで。

マスターは、奥に引っ込んでいるし。


別の話題を探して、少しだけ間を置く。


「……今日は少し嫌なことがあって。見たくないものを見たり。思い出したくないことを思い出したり」

アヅマさんは眉を上げて「見たくないもの?」と復唱する。

「仕事で。あ、きっとそんな大したことじゃないし、私に直接関係あるわけじゃないんですけど」

苦笑いする。

「なんか、やだなぁって」


少しの沈黙の後、アヅマさんはグラスを置いた。

「ツバキちゃん」

「はい?」

「見ないふりできるもんは、見ないふりしていいんだよ、普通は」

「……なんか深いような、悲しいような」

「はは、処世術ともいえるな」


アヅマさんはマスターに片手を上げ、両手の人差し指をクロスした。

「さて、おじさんはそろそろ帰るとするかね。いい夜だったよ」

「はい、じゃあ、また」

会計をして、アヅマさんはドアを開けて出ていった。


マスターが私の前に戻ってくる。

「ツバキさんも、時間大丈夫? もうすぐ10時だよ。明日仕事でしょ」

「そうでした」

私も会計を済ませて、マスターに軽く手を振る。

バッグを肩にかけ直し、店を出た。


繁華街は少し人が減っていたが、それでもまだ往来はある。

遠くで笑い声と、グラスの音が混ざっている。


私はなんとも言えないモヤモヤを抱えていた。

大通りを歩きながら思案したのち、ビルの隙間の通路に入る。


「こういう時には、ケーキを食べよう」


大通りから3本ほど離れた通りに、以前友人と行った夜カフェがある。

いわゆる隠れ家的なやつだ。

今からケーキを食べても終電には余裕。


今日だけで、お酒にピザにケーキ。

贅沢しすぎかもしれない。

家のことは、明日しようかな。


ビルの隙間を突っ切って、通りをショートカット。

目的の3本目の通りへ抜ける、その手前。


建物の隙間の向こうに、ダイニングバーで別れたアヅマさんの姿がちらりと見えた。


「アヅマさんの喫茶店、ここら辺だったかな」


呟いて、通りに出ようとした、その直前。

ふいに、車のエンジン音。

黒い車が、私の目の前を、不自然な速さで通過する。


ドン


アヅマさんをはねた。


「え」


心臓が跳ね上がる。

緩んでいた頬が、凍りついた。

倒れたアヅマさんの少し先で、黒い車が止まる。


アヅマさんはヨロヨロと立ち上がり、こちら側の通路へと走った。

黒い車から、人影が降りる。……3人、いや、4人。


周りを見るが、私の他には誰もいない。


気づけば、足が動いていた。

アヅマさんの方へ、通路を駆け出す。



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