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賽の目の約束  作者: いち
第2部
12/27

第1話

さびれた駅。

終電が来る前の静かな時間。

コインロッカーの前、男は周囲を窺いながら、ゆっくりと鍵を開けた。

中には小さな封筒がある。

男は、それを手に取った。

遠くで、踏切の音が鳴っていた。



***



「ちょっといい?」


私が振り向くと、申し訳なさそうな顔をした上司が左に立っていた。

髭を指でいじっている。

これは、嫌な予感。


「経理の入力、ちょっと手伝ってくれない?」

「……分かりました」


やっぱり。

入力していた書類をひとまとめにして、少し離れた経理デスクへと歩いて行った。


ここは小さな卸売業の会社。

誰の差し金か、1人が休むとたちまち仕事が滞る世界。

私は業者に発注書を流したり、商品を受注したりする係。

今日は、経理の女性が体調不良で休みだった。

そのせいで、明日の月次監査を前に上司は慌てふためいている。

私以外は、入社して比較的日の浅い人たちばかり。

だから、問答無用にこちらへ白羽の矢が向いてくる。


「この領収の分をシステムに入れてくれたらいいから。精算用紙と領収証を引っ付けてる、それね」

私は経理の女性の席に腰かけ、PCの電源を入れた。


時計は夕方の4時過ぎをさしていた。

自分の発注を早いうちに終わらせておいてよかった。


黙々と手を動かす。

入力を進めていくと、少しずつ憂鬱な気分になる。


いいもの食べてるな、上司。

接待交際費で、食事。お肉、と。

接待交際費で、お土産。ワイン、と。

……え、高。

というか、このお酒。

こないだ2次会で連れていかれた、クラブの店のお姉さんに渡してなかった?


私が領収証を睨んでいると、

「……あぁ、チェックはね、いいのいいの。入力してくれたら」

上司がこちらを見ずに声を落としながら呟いた。

「はい」

佐藤物産様、ね。


まぁ、こんなもんか。

私には関係ないし。


……あぁ。やだな。


結局経理の手伝いを終え、自分の仕事に戻れたのは6時を過ぎてからだった。


「ありがとう! ツバキちゃん」

上司が満足そうに微笑んで、じゃ、と帰っていく。


私はぽつんと事務所に取り残される。

やりかけのまま残ったデスクの紙束を見た。


仕方ない。とりあえず、これだけ入力終わらせて帰ろう。

私は大きく伸びをした後、席に座る。

そして、マウスを少し乱暴に動かし、真っ暗になった画面を起動させた。



ブブブ、ブブブ……。


スマホのバイブ音。

鞄から取り出すと、電話だ。

気づけば夜の8時だった。

そこには、元カレの名前。

「……出ません」

私は思いっきり赤いボタンを押すと、鞄に戻した。

椅子にもたれかかって、ぼんやりと長いため息を吐く。


なんだか、集中切れたし、ここまでにしよ。


事務所の戸締りをし、帰路に就く。

外に出ると、9月の心地よい風が髪を揺らした。

あんなに暑かったのに、ぼんやりしているうちにいい季節になったものだ。

このまま帰ってもいいけれど。

朝のことを思い出して、苦笑いする。

ポケットに入れたまま洗ってしまったティッシュ。

洗濯物に絡みついたまま、放置してきたんだった。


「今日は1人で飲んじゃおうかな」


電車で2駅先の、小さな繁華街。

そこにあるダイニングバーのドアを開ける。


「いらっしゃい」


薄暗い店内。

奥のカウンターから初老のマスターが微笑みかける。

私はテーブル席の横を抜け、カウンターへ腰かけた。

「ツバキさん、平日に珍しいね。今日1人?」

「はい。ちょっと飲みたくなって。明日も仕事なんだけど」


平日なだけあって、いつもよりお客が少ない。

テーブル席に会社員の男性グループ1組。

そして、カウンター席の椅子ふたつ分開いた場所に、おしぼりとウイスキーグラス。

席の主はお手洗いだろうか。


ここは、友達とよく来るダイニングバー。

私は、黒板に書かれたフードメニューを見ながら少し唸る。

「マスター、4種のチーズとマルゲリータお願いします。あと、合いそうなワインも」

空腹に負けて、がっつりめに注文を入れた。


その時、店のトイレから男性が出てきた。

セカンドバッグを小脇に抱えている。

そして、ウイスキーグラスの席へと座った。

マスターは私の目の前にチーズとワインを置くと、マルゲリータの準備のため奥へと入っていった。


名前のよく知らない白ワインとチーズを口に運び、息をつく。

お通しの生ハムとオリーブをつまむ。

おなか減ったな。

お昼ご飯に食べた特製の作り置き弁当は、もう跡形もないようだ。


「お嬢さん」

フードメニューを見つめていると、右横から声がして振り向いた。

ウイスキーの男性だ。


「1人で飲んでるのかい?」

年は50代くらいだろうか。白髪混じりの髪を横に流し、整えている。

七分袖のシャツから、少し丸みのある腕がのぞく。


「はい。ちょっと飲みたくなって」

マスターに言った同じセリフを並べてみる。

「おじさんもさ」

なんだか、寂しそうな声。


なんとなく放っておくこともできず、私はワイングラスを小さく掲げた。

「乾杯しますか」

男は少し目を見張った後、嬉しそうにグラスを持ち上げた。

カチン、と静かな音が店内に響く。



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