第11話
ある春の日。
王城の大広間は、光に満ちていた。
高窓から差し込む陽光が、白い床に長く伸びる。
壁に掲げられた旗が揺れ、祝福の気配が空間を満たしていた。
アリシア国王太子即位のその日。
大典を前に、人々の視線は広間の中央に注がれる。
光を受け王の前で片膝をつく、白い式装の姿へと。
「勇者ルミナよ」
王の声が、静かに響いた。
玉座の前。
一段下がった位置に立った私は、名を呼ばれ顔を上げる。
「長きに渡り世界を脅かした闇に、そなたが終止符を打った。
これより先、この国のみならず、すべての民が安らかに眠れるであろう」
王は立ち上がり、私を静かに見た。
「その功績を称え、王国の名において、これを授ける」
王の側近が、一歩前に出た。
両手で捧げ持つ盆の上には、円章がひとつ。
白銀の輪に、王家の紋が刻まれている。
王は、それを取り上げる。
「これへ」
呼ばれた私は、一歩進み頭を下げる。
荘厳な静けさの中、首に輪がかけられた。
「勇者に、栄光あれ!」
その声を合図に、広間が割れるような歓声に包まれる。
割れんばかりの拍手。
見渡せば、人々の顔が視界に飛び込む。
抱き合い、こぶしを上げ、歓喜するもの。
耐え忍んだ長い日々に、涙ぐむ者。
これまでの犠牲の、安息を祈る者。
王も、傍らの若き王太子も、満足そうに手をたたいている。
次々に広がってゆく、音の波。
この世界は前を向いている。
私は、みなに笑いかけ、扉へと歩く。
そして、歓声のやまない大広間を後にした。
***
コンコン、という音がして扉を開けたのはノアラだった。
ここは私に設けられた控室だ。
「ノアラ……来てくれたんですね」
私は、窓際に置かれた濃い木目の長机の前に立っていた。
美しいレースのカーテンが、風に揺れる。
「式の後、ヒーラー協会の人たちとお話していたから」
「いいんですよ。協会には、そこまで興味ありませんから」
いつもより少しだけよそいきの彼女は、部屋に入ると静かに頭を下げた。
「……お疲れさまでした、ルミナ様」
「……ええ」
ノアラが机の上を見た。
私の剣。
カーテン越しの淡い光が揺れている。
「本当に、良いのですか?」
「……はい」
私はそこに、先ほどの円章を添えた。
「これも……受け取れませんし」
そっと柄に手を触れた。
指先に、遠い記憶のようなひんやりとした感覚。
「皆、さみしがりますよ」
「……ノアラとは、また会いたいですね」
「ルミナ様……」
「ノアラ」
私は、顔を上げ微笑む。
「ルミナと呼んでください。」
手を放し、向き直る。
「私は、もう勇者ではありませんよ。」
ノアラの瞳が揺れた。
彼女は何も言わず、深く頷く。
そして、ゆっくりと私を抱きしめた。
「苦しいですよ、もう」
私は、小さく笑った。
――それだけで、十分だと思えた。
***
城を出ると、白い石段の先に空が広がっていた。
胸いっぱいに息を吸う。
外の空気は少しだけ軽い。
――あ、と。
鞄に触れ、遅れて取り出す白い花の髪飾り。
手のひらの花弁を見つめ、そっと握る。
「……いいよね」
小さく、確かめるように呟いた。
きっと、すべてを忘れてはいけないのだと思う。
あの頃の覚悟も、あの時の自分も。
穏やかな風が、髪を揺らした。
私は前を見る。
空の下、街道が伸びている。
季節の移ろう気配がした。
世界は、
どこまでも続いている。




