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賽の目の約束  作者: いち
第1部
10/27

第10話

まぶしい。


斜陽が、目に刺さった。

顔を上げると、村の入口だった。

いつの間にか、ここまで戻ってきていた。


かしゃん、と私の鎧が鳴った。


「……勇者様?」

誰かが気づき、桶を落とす。

それを皮切りに、村の人々が駆け寄ってきた。


「みなさん……」

いつもと明らかに違う気配。


広場の中央に手を引かれ、囲まれる。

「勇者様、お帰りなさい」

「森の魔物がいないんです!」

「そうなんだよ。次々と、消えていったんだ!」


興奮した人々の声が、四方から飛んでくる。


「お答えください、勇者様……」

村長の声。視線が、全部、私に集まる。

「やはり……ついに、魔王を……」


私は、小さく頷いた。

「はい。魔王は、この世界にはもういないで――」

言い終わる前に、わっと歓声が上がる。


喜び、抱き合う人々。

誰かが泣いている。

誰かが笑っている。


「……でも、私は――」

「みな! 聞け! 魔王城が崩れかけているぞ!!」

馬で戻ってきた兵士の声に、一段と、歓声が大きくなる。


私の声はかき消された。

もう、誰も聞いていない。


「ああ! ついに魔王が死んだ!」

「ありがとう!」


肩を抱かれる。

次々に手を握られる。


ああ。音が遠い。


水の中みたいだ。


「ルミナ様……ルミナ様……!」


「あ」

目の前にノアラがいた。

ひどく心配そうな顔をしている。


「いったいどうされたのです? 村の者が診療所までお連れしてきたんですよ? 勇者様がひとことも喋らないって」


私は診察室の椅子に座っていた。

歓喜の声がする。

窓の外はまだ騒がしいようだ。


ノアラがふぅ、と息をつき、私の手を握った。


「ルミナ様、おめでとうございます。ついに、打ち破ったのですね。闇の魔力はすっかりと消えて! 長い長い戦いでございました」

「……ありが、と」

声を出そうとしても、喉がつぶれそうになる。


笑え。

笑わないと。

涙が……


私の顔を見て、ノアラの顔が曇った。

となりに椅子を移動させ、腰かける。


「……少し、触れますね」


背中に手を当てた。


「……光が、静まっている。……いえ、これは」

笑顔が消えていた。

「あなたの魔力が、違う」


ノアラが短く息を吸った。

「まさか……」

視線を上げる。

「ルミナ様、あなた、まさか……」


大きく見開いた瞳。

すべてを見抜かれた気がして、うつむいた。


ノアラの手が私の背中に触れたまま、止まっている。


部屋に響く時計の秒針の音だけが、刺さるみたいに耳に届く。

気が遠くなりそうな沈黙。


やがて、ゆっくりと手が離れた。


「……わたくしどもの一族に、言い伝わる話でございます」


ノアラが、静かに口を開いた。


「本来、互いに抑制し、打ち消し合う闇と光。けれど……ごく稀に、強く引き合ってしまうことがあると」


「……引き合う」

私は下を向いたまま、ぽつりと口を開く。


「はい。それは互いを拒まず、制御できないほどに膨れ上がる。例えば……役目を、越えるほどに」


ノアラは席を立ち、私の目の前に膝をついてこちらを見た。


「……そして極まれば、力は乱反射を起こし」


そこで、ノアラは言葉を止めた。


「――生み出した者さえ、飲み込むと」


ノアラの目を見る。


あの時の光が、脳裏に焼き付く。

胸の奥で、何かが繋がる。


そんなはずはない。

そんなはずは……。


息が止まる。


触れた。

私が。


あの時。


「……いや……!」


頭が割れるような衝撃。


嗚咽が止まらず、崩れる。

両手で、頭を乱暴に抑えこむ。

涙が溢れ、視界が歪む。


「私のせいで……! 彼は……!!」

「……いいえ」


ノアラは静かに言うと、私の手をつつんだ。


「伝承通りなら、あなたも力の影響を受けたはず。でも、あなたは確かにここにいる。きっと彼が、あなたをここに残した」


私の目をまっすぐに見る。


「あの方は、つらそうでしたか」

「え……」


彼は。

彼はあの時――


「笑っておられたのではありませんか?」


記憶が巡り、声が聞こえる。

私を映していた、あの瞳は……


「あ……」


ひと粒、涙が流れた。


ノアラはゆっくりとほほ笑んだ。


「ほら……ルミナ様、見てください」


包まれていた手をゆっくりと開いた。

私の手のひらに、白い光が灯る。


「あなたの新しいお力は、こんなにもあたたかい」


淡いぬくもりが、やわらかく揺れた。


目を閉じて、小さく頷く。


「……はい。あたたかい」


ほんとうに……。

あなたは、いつも何も言わないな。


あたたかな涙が、いくえにも頬を伝う。

今はまだ、止められそうにないけれど。


大きく息を吸って、そして吐く。


私はその時、息をすることができたんだ。




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