97 タルニア村
ベルガスの拠点を出た後、レンたちはドルニクの案内で、レンが村長をすることになったレンの生まれ故郷であるタルニア村へと向かった。
ウィンドゥラが馬上で楽しそうに笑う。
「夫殿、これが故郷に錦を飾ると言うヤツだな」
「そうだな」
レンは微笑みながら応じたが、内心は嬉しくも何ともなかった。
前のレンの記憶は所詮は前のレンのものだ。今のレン自身は村への思い入れも、レンを売り飛ばしたと言う、マッツーニ村長への恨みすらなかった。
だが、ドルニクたちは違った。レンはきっと復讐したい筈だと考えていた。
「マッツーニ村長も、まさか自分がワインと交換した子供が、こうして生きて戻って来てるとは思っていないだろうな」
「夫殿ほどの男をワインと交換したのだ。マッツーニは村長の器ではない」
「確かに、村長の座を奪われるのは自業自得と言うものだな。わっはっは」
ドルニクたちが村長の処罰を考えている中、家臣のエルンストの関心はその後の事にあった。
「レン様。タルニア村の村長になられても、レン様の本拠地は今まで通りレン村と考えてもよいですか」
その言葉にドルニクとウィンドゥラが反応し、レンを見た。ガリアに本拠地を移すと言うことは、戦争が起こった時はローマではなくガリアにつくことを意味する。現時点ではレンがローマを選ぶと思っていても、反応せざるを得ない。
「当たり前だ。今のレン村は5ヶ村の中心地で、年間の利益は300万デナリウスを超える。将来は分からんが、今の状態でタルニア村に本拠地を移すことは絶対にない」
その言葉にウィンドゥラは目を丸くした。
「夫殿、利益が300万デナリウスを超えるとは何の冗談だ? 族長の祖父ですら年収は5万デナリウスくらいなのだ。父上に至っては2000デナリウス程だぞ」
そんな低レベルの奴らと一緒にするなと、レンは笑って返す。
「ならルテニ族の族長を目指す義父殿には、俺の力で年収100万デナリウスくらいになって貰おうか」
ドルニクとウィンドゥラが息を呑む。
「100万デナリウス⋯⋯!?」
「そうだ。義父殿には金の力で次の族長になって貰う。今の族長の長男と次男はアホだから、ローマに敵意があるのが見え見えだ。ローマと敵対してルテニ族が滅ぼされたら困るだろ?」
レンがさも当然のように言うと、ドルニクが間違いを指摘した。
「レン殿。セルノマルス族長の次男は夭折してるから、長男のセルニオと三男ルタノスだ」
「そうなの? まあ、ともかくローマに敵対するのは愚かなことだ。ローマと戦って勝てる筈がない。だから、あの2人が族長になるのは絶対に駄目なんだ」
ウィンドゥラが少し眉を寄せた。
道中でのレンとの会話から、レンがローマに絶対的な忠誠を抱いていないのは分かる。その証拠のひとつが、ローマにはまだ無い技術を、自分の利益のために父の銀山で使うことだ。
だからこそ上手くやれば、レンを懐柔し、ルテニ族の側につかせられると父のベルガスもウィンドゥラも考えていた。
なのにレンは、ガリアとローマが戦えば、ローマが勝つと信じて疑っていない。これでは、困る。
レンはルテニ族の血を引いているのだ、ローマは敵であることを思いださせる必要があると考えた。
「夫殿、忘れたのか? 50年近く前、ローマはルテニ族の領土の3割ほどを奪った。ルテニ族の多くがローマに敵愾心を抱いているのだ。ローマを嫌う伯父上たちは何も間違ってはいないぞ」
ドルニクも同意する。
「その通りだ。レン殿が支配する村々の場所は、元はルテニ族の土地だったものだ。だから、レン殿の村にはルテニ族の子孫が多い筈だ。彼らもルテニ族が旧領を回復するのを望んでいる筈だ。知らないのか?」
レンの村が元はルテニ族の土地だったと知り、レンは目を丸くした。
(え、そうなの? 何かやたら『自分の祖先もルテニ族だったんですよ!』とか言いよって来るヤツが多いと思ってたけど、媚びを売るための嘘じゃなかったのか)
レンは前のレンの記憶を探り、その言葉が本当かどうか確かめた。
「⋯⋯ああ、当然知ってるよ?
えっと⋯⋯アルウェルニ族に従属しているルテニ族は47年前に、アルウェルニ族の大族長ヴィトゥイトゥスと共にローマと戦って敗れたんだったよね。それでルテニ族はレン村のあるセヴェンヌ山脈の西南部を奪われたんだ」
ドルニクは『その通りだ』と頷く。
「そうだ。あの時、盟主のアルウェルニ族も領土をかなり奪われたからな。今のアルウェルニ族はローマ打倒を声高には叫んではいないが、彼らも領土を奪還したいと望んでいるはずだ。もし機会があれば必ず立ち上がるだろう」
「⋯⋯」
(あれ? なんかルテニ族がローマと戦う未来しか見えないぞ?)
そこでレンはウィンドゥラを見た。
レンは長男と三男を次の族長にしないために、ベルガスを利用して族長の首を挿げ替えてやろうと、軽い気持ちで首を突っ込んだだけだ。だが『実は、ベルガスの方が何枚も上手で、自分の方が利用されているのでは?』と猜疑心を抱いたのだ。
ウィンドゥラはレンから何とも言えない表情で見られて、キョトンと首を傾げた。
「夫殿、どうしたのだ?」
「いや、何でもない。⋯⋯俺がいない間の、タルニア村の代理村長を誰にしようかと考えてた⋯⋯」
その言葉でウィンドゥラは真顔になった。
「夫殿、問題を起こすような者は困るぞ。ルテニ族と上手くやれる者が良い。そうだ、タルニア村の者を引き立てて、代理の村長にするのはどうだ?」
レンはそれはダメだと首を振る。
「元からいる村長ならともかく、新参の者に村を任せたら、家中の序列が乱れる」
レンはエルンストの方を見た。
「エルンスト、順番的には次はお前が村長になる番だ。レン村からは少し遠いがやってみないか?」
エルンストは即座に首を振った。
「いえ、私はレン様のお側に居たいです」
「⋯⋯そうか」
レンは配下の13人衆の顔を思い浮かべた。
「そうなると次はテファイドスの番になるな」
「アイツはガリア語が苦手です。ここはウィンドゥラ様にお願いしたらどうでしょうか。結婚されたら、ウィンドゥラ様はタルニア村に住まわれるのですよね?」
その言葉でレンはハッとした顔でウィンドゥラを見た。
今のレンに取ってウィンドゥラは単なる婚約者の美少女に過ぎない。美人に対する免疫が完全に出来ている今のレンには、美人と言うだけではまったく好感を抱かなくなっていた。
(まあ、別にガリアの村を失ったところで痛くも痒くもないか⋯⋯)
「ウィンドゥラ、俺がガリアにいない時の村長代理を任せてもいいか?」
「私が村長にか! いいぞ、任せておけ!」
喜ぶウィンドゥラを、レンは怪しい目つきで見た。
(コイツ本当に大丈夫かな? しっかりしてるとこもあるけど、なんか抜けてるんだよな。まあ、へましたら、責任は父親のベルガスに押し付ければいいか⋯⋯)
その時、ドルニクが前方を指さして声をあげた。
「レン殿、タルニア村が見えて来ましたぞ」
ーーーーー
レンたちの集団がタルニア村の集落の方にやって来るのを見た村民が、慌ててマッツーニ村長の屋敷に駆け込んだ。
「マッツーニ村長、行商人らしき集団が集落にやって来ます!」
マッツーニ村長は、4ヶ月ぶりの行商人の来訪に、村に不足し始めた道具や品物を思い浮かべながら応じた。
「そうか、ハンスの商団がようやく来たか」
「いいえ、違います。荷馬車にはハンス商会のお馴染みの看板はありませんでした。代わりに、白地に赤丸の旗が掲げられています!」
マッツーニ村長は不吉なものを感じ、眉を寄せた。
「旗だと? 旗を使う行商人など聞いたことがないぞ。軍隊では無いのか?」
「わ、分かりません。人数は10人くらいで、荷馬車が4台もあったので行商人だと思いました⋯⋯」
マッツーニは顎鬚に手を当てしばし考える。
「ふむ⋯⋯。そうだな。ひとまず20人ほどの男どもを集めろ。武器を持たせて門に行かせるんだ。それと村の連中には警戒態勢を取らせておけ。行商人に見せかけた盗賊かも知れんからな」
「はい!」
村人は返事をすると、慌てて屋敷を飛び出していった。
マッツーニはその後ろ姿を見ながら呟く。
「なにか嫌な予感がするな……」




