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96 ウィンドゥラ

※申し訳ありませんが、次回の更新より3の倍数日に投稿いたします。

次回は11月3日に投稿予定です。


※90話で蒸気は100度以上にならないとレンに言わせましたが、これは誤りでした。密閉状態で加熱したり圧力を加えたりすると、蒸気は100度以上になります。

誤字報告ありがとうございました。

「お前舐めてんのか!!」


「⋯⋯え?」


ドルニクの手の平返しの態度にレンは一瞬怯(ひる)んだ。


「灰吹法なんてな、何代も前の爺ちゃんの代からガリアじゃ使ってんだよ!」


(え?! ⋯⋯紀元前のガリアに、灰吹法があるの!?)


レンは首を振った。


「イヤイヤ、それ何の灰吹法ですか? 鉛を使って銀を取る方法ですか?」


ドルニクは怒りで顔を真っ赤にしながら、早口でまくし立てた。


「当たり前だ!

灰吹法は、まず銀の混じった鉱石を砕いて炉に入れる。そこへ鉛をぶち込んで一緒に溶す。そして冷やすと溶けた状態から銀と鉛がくっついた貴鉛と言う固まった状態になる。次に動物の骨を焼いて砕いた灰で作った皿――骨灰皿(こっぱいざら) の上にその貴鉛を乗せて焼くんだ!」


ドルニクは料理の無くなった小皿を取ってレンに突き出した。


「そしたら皿が鉛を吸い取って、銀だけが残る! これが灰吹法だ! ガリアじゃ昔からやってる! お前の灰吹法は違うって言うのか!」


「⋯⋯お、同じです」


レンは完全に固まった。


(嘘だろ⋯⋯なんで戦国時代に入った技術がこの時代にあるんだよ)



ドルニクは小皿を床に叩きつけた。


「くそっ! レン殿なら銅と銀を分ける技術でも持ってるからと期待したのに、灰吹法なんて古い技術を得意そうに語るとはガッカリだ!」


「っ!? 銅と銀⋯⋯あっ、それあります! 知ってます!」


ドルニクは怪訝な顔をする。

「……何があるんだ?」


「南蛮絞りです!」


「はあ? 何を言ってる?」


「南蛮絞りってのは銅と銀を分ける技術のことです!」

「「つ!!」」


ドルニクは驚いた顔をしたあと、すぐに『また適当なことを言ってるのでは?』と目を細めた。


「それは本当のことなのだろうな?」


「ええ、本当です」


(ふう、戦国時代のラノベに読んでおいて助かったぜ)


「ならやり方を言ってみろ」


「簡単に言うと、まず銅と銀が混じった鉱石を砕いて炉にぶち込みます。ここで鉛も炉に入れて3つとも溶かします。ここまでは銅が入ってる以外は灰吹法と同じでしょ?」


「そこが問題なのだ! 銅が混じってると骨灰皿が鉛を吸収しなくなる。だから灰吹法が通じなくなる!」


いら立つドルニクにレンが『うんうん。そうだろう、そうだろう』と満足気に頷く。


「いいですか、だから灰吹法を使う前に、この3つが溶けた状態でまず銅だけを取り除いてやるんですよ」


「どうやって!?」


レンは声を潜めた。

「⋯⋯いいですか、これ極秘情報だから内緒ですよ。銀と銅は融点が近いから分けられません。ですが鉛は融点が低く、しかも密度が銅より高いから銅と分離が可能なのです」


「は? ⋯⋯融点、密度? それはなんだ?」


「えっと、融点は銀や銅が炉で溶ける温度――熱さの事です。密度は⋯⋯説明が無理ですね。水の密度より高い物は水に沈み、低い物は浮くってことですが⋯⋯。これ、意味分からないですよね?」


ドルニクは頷いた。

「ふっ、なるほどよく分かった」


「え!? 分かるの?」


「要するに重ければ沈み、軽ければ浮かぶのだろう?」


「えっと⋯⋯違うけど、まあ似てるかな?」


レンは気を取り直して続ける。


「それで溶鉱炉で3つが溶けて混ざっている状態で、銅と鉛を分けてやるんですよ」


「どうやって分けるんだ?」


「鉛は銀や銅より融点が低く溶けやすいのを利用します。つまり温度をコントロールして、両者の融点のちょうど間にします。すると鉛は液体――溶けてドロドロの状態で、銅は固体――固まった状態に出来るんです」


「⋯⋯待て、それだと銀も固体になるのではないか。さっき融点が銅と近いと言っていただろ」


レンはニヤリと笑う。

「ふふふ、いい所に気が付きましたね。実は銀が鉛に溶け込んだ状態だと、銀の融点は鉛につられて下がるんですよ。つまり固体の銅だけが取り出せるんです」


「「っ!!」」

ドルニクだけでなく、周囲の者全員が目を見開いた。


「一応言っておきますが、これを知っても簡単には固体の銅だけを取り出せませんし、あなた達には温度コントロールも無理です。俺を出し抜こうとは考えないことですね」


筆頭家臣のアルゲリオが目を細める。


「ローマにそのような凄い技術があるのか? これまで噂にすら聞いたことがないが⋯⋯」


「聞いたことないのは当然です。南蛮絞りは、私の剣の師匠、宮本武蔵様に見せて貰った東方の本に書かれていた技術です。まだローマにはありません」


「本に書かれていた?」


ベルガスが真剣な顔で訊ねる。


「レン殿……その本の内容は本当に信じられるのか?」


レンは自信ありげに頷く。

「師匠は実際に南蛮絞りを見たことがあると仰せでした。それにこれまで、その本に書かれていたことで、嘘や間違いは一度もありませんでした。私が差し上げた鉄の剣も、その本に書かれていた方法で作ったものです」


「この名剣の作り方が、その本に書かれていたのか⋯⋯」

「はい」


広間に静寂が流れた。


やがてベルガスは隣に座るドルイド(神官)の方を見た。


「ボリクス先生はどう思われますか?」


ボリクスは白い髭をさすり、レンを見ながら応えた。


「……ふむ。南蛮絞りとやらは私には分からん。だが、レン殿が嘘をついているようには見えぬな」


「では、レン殿に銀山を任せてみても?」


ボリクスは目を閉じた。


「⋯⋯そうじゃのう。レン殿の言葉が偽りならば、採掘権を取り上げればいいだけじゃ、試す価値はあろう」


「では――」


ベルガスの言葉をボリクスが遮る。


「――じゃが、問題がある。レン殿はローマ人じゃ」


その言葉で皆の視線がレンに集まった。レンは一瞬怯んだが反論する。


「私のことはローマ人でなく、ガリアにいる時はガリアのレンだと思ってください! 私はこの近くのタルニア村の出身です。両親ともにガリア人ですから!」


ボリクスがレンを見ながら静かにベルガスに耳打ちする。


(うっ、ガリアにいる時はガリアのレンは都合が良すぎたか?)


ベルガスはボリクスの話を聞く途中、一瞬驚いた顔をしたが、最後は静かに頷いた。


「……分かりました。誰かウィンドゥラを呼んで参れ」


「はっ!」


従者のひとりが急いで広間を出て行く。


「あの? ウィンドゥラとは誰ですか?」


レンの問いに、ベルガスは笑って応えた。


「ああ、私の長女だ。じゃじゃ馬娘でな、強い者しか認めぬ困った娘なのだ」

「はあ⋯⋯」


レンが意味が分からんと言う顔をすると、ベルガスが笑いながら付け加えた。


「レン殿は父の側近、タルニスを素手で倒したほどの豪傑なのだろう? 娘と手合わせをしてやって欲しいのだ」


「はあ⋯⋯?」


(ますます意味が分からん。今は銀山の話だろ!? なんで手合わせするんだよ!)


少ししてウィンドゥラが姿を現した。


「父上、お呼びと聞き参りました」


(おおっ! 銀髪の美少女じゃん。歳はルクレティアと同じ15歳くらいか? なんか、女騎士のくっころが似合いそうな子だな)


「ウィンドゥラ、こちらは客人のレン殿だ。父の側近のタルニスを素手で倒したお方だ。お前の相手をして貰おうと思ってな。意味は分かるな?」


ウィンドゥラは睨むようにレンを見た。


「分かりました。客人でも容赦はしませんが、よろしいのですか?」


「いいだろう。レン殿、よろしく頼む」


(よくねえよ!)


レンは仕方なく立ち上がり、不敵に笑った。


「まあ、いいでしょう。少し稽古をつけましょう」


「ふん。あなた若いのに生意気ね!」


(それはお前の方だ!)


「いいから、かかって来こい」


ウィンドゥラは剣を鞘から抜き放った。


「⋯⋯何をしているの? あなたも剣を抜きなさい」


「君程度を倒すのに剣なんて使う必要はない」


「っ! 死んで後悔しなさい!」


その瞬間、ウィンドゥラは鋭い突きを放った。


 ――パシンッ!!


広間に両手が合わさる小気味よい音が響き、ウィンドゥラが完全に凍りつく。


彼女の突き出した剣の切っ先は、レンの両手によって寸分の狂いもなく挟み込まれていた。


「え、嘘……っ!?」


ウィンドゥラが驚愕に目を見開いた瞬間――


――バキンッ!!


乾いた金属音が弾け、レンは切っ先をひねり折った。

そして折れた剣先をウィンドゥラの白い首筋へと静かに突き付ける。


「勝負あったな」


「……う、動きが見えなかったわ。あなた、何者なの……?」


「それよりも言うべきことがあるだろ……」


レンは期待を込めた目でウィンドゥラを見た。


(さあ。くっ、殺せって言ってみろ! 俺は生のくっころを聞いてみたい!)


「……わ、わたしの負けよ」


(ちが~う! そうじゃねえよ!)


心の中でツッコミを入れるレンに対し、ベルガスは立ち上がると、レンに歩み寄り肩に手を置いた。


「わっはっは、見事だレン殿」


ベルガスはレンを褒めたあと、娘の方を見て笑顔で聞いた。


「ウィンドゥラ、レン殿はどうだ? やはり気に入らぬか?」


「⋯⋯いいえ父上。ガリアでもこれほどの方はいないと思います」


「では、よいのだな?」


「はい⋯⋯」


ウィンドゥラが頬を赤らめて応えると、ようやくレンは何のことか気づいた。


(何がいいんだ! イヤな予感しかしないんだけど!)


ベルガスはレンの肩をバシバシと叩いた。


「レン殿、喜べ! ウィンドゥラが認めた。私の娘をお前の嫁にやろう!」


「はあぁ!! ちょっと待って下さい。俺、宴会の途中で言いましたよね! 俺にはもう子供もいるし、妻と決めてる女性もいるって!」


「分かっておる。ウィンドゥラも妻の一人にしてくれということだ」


「無理です! ローマは一夫一妻ですから!」


「ハッハッハ。そなたはガリアにいる時はガリアのレンだと思えと言ったではないか。ウィンドゥラもガリアにいる時だけの正式な妻だと思えばいい」


「いやいや、ちょっと強引すぎませんか!」


「そなたに銀山を管理させるには名目がいるのだ。娘婿ならば誰も文句は言わぬ。それに銀山開発の拠点として、タルニア村をお前にくれてやる」


「いやいや、あんな貧乏な村はいらないですから!」


「そう言うな。娘をやるために、あの村が必要なのだ」


「どういう事ですか?」


「本来、一夫多妻が認められるのは私のような有力な領主だけだ。だがドルイド(神官)が認めれば、村長クラスでも一夫多妻が認められる。先生はお前の一夫多妻を認めると仰っておられるのだ」


(はあ? ⋯⋯いや、それはいいかも知れない。それってガリアにいる時は、イオもクラウディアも俺の正式な嫁になれるってことでは? クラウディアは人妻だけどガリアに来れば俺の嫁。⋯⋯いい響きだ)


レンはウィンドゥラを見た。


(でも嫁は4人もいらないんだよな⋯⋯)


「ウィンドゥラさん。俺は妻たちの争いは見たくない。あなたが妻たちと合わないなら、顔を合わせないようにするのはいい。でも、相手を傷つけたり、貶めるようなことがあれば別居、最悪の場合は離縁するかも知れないがいいか?」


「私は卑怯なことはしない。私が動く時は相手に非がある時だ」


「⋯⋯非があるからって勝手に手を出してもらっては困る。その時は俺に言って欲しい」


「なぜだ、相手が悪いのだから、その場で叱るべきだ」


「叱るのはいい。だが口論になるようなら俺に言え。他人から見れば、ウィンドゥラが悪い事もあるかも知れないぞ。良いと思ってやったことでも叱られたことくらいあるだろ?」


「⋯⋯むむむ。わかった、気をつけよう」


レンはウィンドゥラの了承を得て、『ふぅ』と一息付いた。


「まあ、心配しなくてもガリアに居れば、基本的に他の妻に合うことはないから安心して欲しい」


「⋯レン殿には妻が、何人いるのだ?」


「そうだな。君以外では3人いる」


「3人⋯⋯」


ベルガスが『パン!』と手を叩いた。


「よし、これで決まりだな!」


ベルガスは立ち上がり宣言する。


「みんなよく聞け! これからレン殿、いやレンは私の娘婿となる。そしてタルニア村の村長兼、銀山の管理者に任じ、領内の発展に貢献させる!」


「「おおっ!」」


ドルニクは興奮した顔でレンの手を取る。


「レン殿、よろしく頼むぞ!」


「あ、ああ⋯⋯」


ベルガスは笑いながらレンに告げる。


「ウィンドゥラとの結婚は、レンが南蛮絞りとやらを成功させたとする。よいな」


「はい⋯⋯」


(急に態度が変わったんだけど、もう義父気取りか?)

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