98 ミトゥルスとメリアの息子
レンたちがタルニア村の集落の門前まで来ると、20人ほどの村人たちが姿を現した。
村人たちは明らかにレンたちを警戒していた。
その手には槍を持ち、門から先には行かせないと、穂先を向けている。
槍を構えた村人の後ろから、マッツーニ村長が叫ぶ。
「お前らは何者だ! 行商人かそれとも盗賊か!?」
その言葉に呼応し、案内役のドルニクが馬の横腹を蹴って前に出た。
「マッツーニ村長、久しぶりだな。2年前のハエドゥイ族との戦さの時以来だな!」
「こ、これはドルニク様! お久しぶりです!」
マッツーニ村長は領主の側近であるドルニクの顔を見ると、すぐに村人たちに『槍を下げろ』と命じ、ドルニクの元に駆け寄った。
「おう、マッツーニ村長、元気そうだな」
「はい。お陰様で⋯⋯」
そこでマッツーニはドルニクの後ろにいる、銀髪の美少女に目を向けた。
ドルニクはニコリと笑う。
「こちらはベルガス様の長女ウィンドゥラ様だ。覚えているか」
マッツーニはウィンドゥラをを見て、媚びを売るようにニコニコ顔で頷いた。
「ええ、勿論ですとも。戦でベルガス様の御屋敷に集まった時に、一度紹介して頂きました」
「うむ。それとこちらはウィンドゥラ様の婚約者のレン殿だ」
そう言って、ドルニクはウィンドゥラの隣のレンを指さした。
レンはマッツーニと視線が合うと、軽く頭を下げた。
「……ほお、それはおめでとうございます」
マッツーニ村長は笑顔で祝いのことばを述べた。だがその視線は、レンを値踏みするように頭から爪先まで動いていた。
そしてレンが何者なのか疑問に思った。
レンの着ている衣服はガリア人のものだ。
下にはガリア人特有のズボンを履いて、ベルトをしている。
だが後ろの荷馬車を守っている護衛たちは見るからにローマ人の衣服だった。護衛たちはズボンを履いておらず、その代わり、膝まである長いチェニックを着ていた。
「あのドルニク様。姫を射止めたこちらの御仁⋯⋯いったいどこの部族の方なのでしょうか?」
ドルニクは少し困った顔をした。
ここでレンがルテニ族の者だと言えば、どこの生まれかを聞かれる可能性が高い。その流れで自分たちが何をしに来たのかがバレるかも知れない。
「マッツーニ村長、今はこれ以上、雑談をしている暇はない。至急村人たちを集めてくれ。ベルガス様からの重大な言伝を預かって来ている」
「重大な⋯⋯? はい、分かりました」
マッツーニが部下に『集落に集合の命令』を送れと指示すると、すぐに角笛が吹き鳴らされた。
その音は、遠くの田畑で仕事をしている村人の耳に届く。男はすぐに鍬を投げ捨て納屋へと駆け込んだ。彼はさらに遠くにいる村人たちに、命令を伝える役目を持っていたのだ。納屋に置いてあった角笛を取り出すと、急いで外に出て笛を鳴らす。
こうして集落の中心から発っせられた命令は、またたく間にタルニア村の全域へと伝わった。
ーー
3時間後。
村人の大部分が集落の広場に集まったのを見計らい、ドルニクが声高に宣言した。
「これよりベルガス様の命を伝える! 心して聞くように!」
村人たちは息を飲んだ。
領主の側近が村人たちを集めて、直接命令を伝えるなど初めてのことだ。
もしやルテニ族存亡の危機でも起きたのかと、皆が緊張した面持ちで注視した。
「本日より、このタルニアの村はこちらに居られるレン殿が村長として治めることとなった! マッツーニ村長は補佐としてレン殿を支えるか、村を出るなり好きにせよとの仰せだ」
その言葉で村人たちに動揺が走った。
「なんだと」
「どういうことだ?」
「村長が何かしたのか?」
村人たちが混乱する中、マッツーニ村長が顔を赤くして噛みついた。
「何を言われるか! この村は代々、我が一族が村長を務めて来たのだぞ。よそ者が村長になる権利などない!」
その言葉に動揺していた村人たちも我に返り、声高に叫んだ。
「そうだ! 村長様は俺たちが話し合いで選んだ村長だぞ! 領主様でも勝手に代えることは許さないぞ!」
「そうだそうだ。領主様が無理を言うなら、ドルイド様(神官)に訴え
出て、公正な判断をしていただくぞ!」
村人たちからの非難を予測していたドルニクは鼻で笑った。
「よく聞け! これはこの地域のドルイドの長である、ボリクス様も認められたことなのだ! 訴えても無駄だ!」
その言葉に村人たちは怯んだ。
だが、決定打にはならなかった。
ガリア人の獰猛な戦士としての気質が、一度振り上げた拳を下ろすことを認めなかった。より確固たる意志を持って反抗を始める。
「よそ者の村長なんてオラは認めねえぞ!」
「その通りだ!」
「ドルイド様の命でも、誰がそんな横暴に従うものか!」
ドルニクはドルイドの命すら聞かぬ村人たちに、舌打ちした。
手を上げて村人たちを静まらせる。
「皆の者、よく聞け! こちらに居られるレン殿は、この村の出身だ。よそ者ではない!」
その言葉に村人たちの視線がレンに集まる。
(え、俺?)
レンが村を出たのは10年以上前。
それもレンが8歳の時だ。
容姿も変わり、すでに死んだと思われている存在。そのためレンを見ても、誰もレンだと気づく者はいなかった。
「この村の出身だと!」
「そんなヤツは知らんぞ!」
「嘘を言うな!」
「黙れ!!」
ドルニクは剣を抜き天に掲げた。
威嚇し、強引に村人たちを黙らせる。
「よく聞け! レン殿は十年ほど前に、この村で両親を病気で亡くした。そしてすぐにマッツーニ村長がワインと交換でレン殿をローマの商人に売り飛ばしたそうだ。そうだな、レン殿」
レンが神妙な顔で頷く。
「はい。その通りです」
ドルニクは村民に語りかけた。
「皆、よくレン殿の顔を見ろ! 当時は子供だったが、今は大人だ。誰かレン殿のことを覚えている者はいないのか!」
村人たちはそれぞれ怪訝な顔でレンの顔を見た。
「誰か知ってるか?」
「俺は知らん」
「レンねぇ⋯⋯」
そんな中、ひとりの女性が呟いた。
「あの子⋯⋯もしかしてメリアさんのところのレンちゃんじゃないかい?」
それを聞いた、ひとりの中年の男が慌てて村人たちをかき分けて前に出て来る。
「お前⋯⋯。お前は本当にミトゥルスとメリアの息子のレンなのか!?」
「え⋯⋯」
(そう言えばレンの両親って誰?)
レンは記憶を急いで探った。
「俺が分からないのか! ミトゥルスの親友で、隣の家に住んでいた!!」
中年の男は自分の名を言わなかった。自分の名を知っていることがレンがレンである証拠だからだ。
レンは記憶を呼び起こした。
「⋯⋯えっと⋯⋯俺がワインと交換してる所を止めに入って、マッツーニ村長にボコボコにされた……ヤスヌスおじさん?」
「そうだ! そのヤスヌスだ!」
ヤスヌスは涙ながらにレンに抱きついた。
ミトゥルスとメリアの息子が生きているとは思ってもいなかった。
それは村人たちも同じだ。
これまでただの一度も、ローマに売られた子供が帰って来たことは無かった。
よからぬ雰囲気を感じ取り、マッツーニ村長が顔を真っ赤にした。
「だからどうした! レンがこの村の人間だったと言う理由で村長にするなどあり得ぬ! 不当であることに変わりはないだろ!!」
マッツーニの叫び声により、レンを迎え入れかけていた村人たちの心が遠ざかった。
どちらにも味方しずらい状況に、場が静まる。
やがて村人たちはレンに同情しながらも『マッツーニ村長の言う通りだ。領主さまが次の村長を勝手に決めるのは間違っている』と言い始めた。
(ドルニクさん、どうすんのこれ? 村長が選挙制なら、やっぱり選挙で決めるの?)




