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94 ルテニ族、カモろうとする

夜。ルテニ族の族長セルノマルスの館で、盛大なレンの歓迎の宴が開かれた。


広間の中央では巨大な炎が爆ぜ、丸焼きにされたイノシシの肉が脂を滴らせている。煙は高い天井に設けられた天窓から抜け出ていた。


ガリアの戦士たちが大声を上げて笑い、肉を喰らう中、レンの持ち込んだ積荷が披露されると、宴の興奮は最高潮に達した。


「おい、このワインを飲んでみろ! これは間違いなく、最上級品だぞ!」

「まるで蜜みたいに濃厚なのに、信じられないほどうめえな……!」


レンがアグドの港から運ばせてきたローマの最高級ワインは、普段族長の側近たちが飲んでいるビールや安物のワインとは違った。滅多に飲めない芳醇なワインの香りは、戦士たちの心をまたたく間に掴んだ。


――だがその時だった。


族長のセルノマルスが広間に並べられた20本の鉄剣のうち、1本を手に取って鞘から引き抜いた瞬間、館の中の喧騒がピタリと止んだ。


側近たちは目を見開いた。


「何だ⋯⋯あの黒光りする剣は?」


レンが持って来たのは『表面が鋼(はがね)の鉄剣』だった。


レンはクラッススの鍛冶職人に鉄の表面を鋼(はがね)に変える大まかな方法を教え、実際に使える技術へと昇華させた。

今度はその技術をパクり返し、自分の村の鍛冶職人に教えて作らせたのがこの剣だ。

しかも水車式『ふいご』の風力により火力を上げているため『切断性能』と『壊れにくさ』は段違いに上がり、この時代では最強クラスの名剣と言っても過言ではなかった。


セルノマルスが傍らにあった太い木柱に向かって無造作に剣を振るうと、

鋭い風切り音と共に、硬い丸太がまるでバターのように深く切り裂かれた。


セルノマルスは驚いた顔で剣を見たが、剣には刃こぼれ一つない。


「素晴らしい……! しなやかでありながら、これはローマの分厚い盾をも叩き切れる名剣だ。これほどの業物、ガリアのどこを探しても存在せんぞ!!」


「「おおお!」」


族長の大絶賛に、宴の席から歓声が上がった。


その中で、次期部族長候補の3人。有力貴族のドゥモノリクスと族長の息子2人が欲望丸出しの目で剣を見ていた。


ドゥモノリクスは40歳になる腕力に富んだ戦士で、セルノマルスの姉が産んだ息子だ。


そしてセルノマルスの息子は全部で15人いたが、戦死や夭折で7人を失い、生き残っている者は現在8人。後継者候補なのは35歳の長男セルニオと、32歳の三男ルタノスだった。


この甥と息子2人は、セルノマルスの部族支配を支えながら、水面下では自身の勢力伸長に躍起になっていた。そのため、レンが持って来た剣の1本は自分の物とし、他は手下に与えて忠誠心を高めようと、獲物を狙う目で見ていた。


セルノマルスは上座に戻り、満足げに笑ってワインの杯を干した。そのとき、膝元に座っていた小さな影が、族長の毛皮の外套をきゅっと引っ張った。

5歳になる十三男のセルマルだ。


セルマルは父親が持つ剣を見上げ、無邪気な声を上げる。


「ちちうえ! そのカッコいい剣、ぼくもほしい! ぼくも大きくなったら、その剣で戦う!」


その微笑ましいおねだりに、それまで威厳のある顔つきをしていたセルノマルスの顔が、まるで可愛い孫を見るかのような目に変わった。

セルノマルスは豪快に笑い、セルマルの小さな頭を大きな手で撫で回した。


「ハハハ! よく言った、セルマル! お前もルテニの血を引く男児だからな!

……よし、レンから貰ったこの最高の剣は、我が息子たち8人と有力家臣5人に、それぞれ1本ずつ分け与えてやろう!」


「ほんと! やったあ!」


族長の太っ腹な号令に、広間が大きくどよめいた。


長男セルニオ、三男ルタノス、そして甥のドゥモノリクスが競い合うように上座に歩み寄り、至高の剣を受け取る。


レンは剣の授与が終わると、ワインの杯を置き、セルノマルスを見据えた。


「セルノマルス殿。貢ぎ物は気に入って下さったみたいですが、我が村の安全はこれで保障して頂けますでしょうか? 私は争いよりも金を稼ぐ方が好きなのです。ですから、こうして最高の貢ぎ物を用意して来たのです」


すると、手に入れたばかりの鉄剣の刃を眺めていた三男ルタノスが、意地悪く口を出した。


「レン。村が大切ならば年に一度は貢納をすべきだと思わないか? 一度切りの交流では、友誼を結んだとは言わぬぞ」


レンは鼻で笑った。


「私の村は1000人程度しかいないのです。その人数でこれだけの品を献上したのですから、20年は保証して頂かぬとわりに合いませんよ」


だが今度はルタノスが鼻で笑い返した。


「フン。その若さでこれだけの品を用意できるのだ。3年に一度は貢ぎ物を送れる筈だ。そうではありませぬか、父上」


長男セルニオも同調し、身を乗り出す。

「父上、ルタノスの言う通りです。一度の貢ぎ物で永遠の和議などありえません。ここまでの品でなくとも、数年に一度は、ある程度の贈り物を贈らせるべきです」


二人の言葉で広間には『これだけの品を贈れる相手なのだ、頻繁に貢物をさせるのは当然だ』という雰囲気が広がった。


貪欲な息子たちを眺め、セルノマルスは面白そうに目を細め、レンに話を振った。


「レン。息子たちはこう言っているがそなたはどう思う?」


レンはため息を一つ吐くと、鼻で笑ってみせた。


「正直な感想を言っても良いですか?」

「構わぬ、申してみよ」


レンはセルノマルス以外の全員を見渡したあと、侮蔑するような目で言う。

「欲の皮の突っ張ったガキの考えですね」

「「っ!!」」


予想外の言葉に広間は一瞬沈黙したが、セルニオとルタノスが同時に激昂した。


「なんだと!」

「貴様、ここをどこだと思っている!」


館の戦士たちの間に一気に殺気が膨れ上がる。

だが、レンの毒舌は止まらない。


「黙れ! 俺の村の存在も、どうせ俺が来るまで知らなかったんだろ。金になると思ったからふっかけてるだけだ。いつから俺がお前たちに怯える小者だと勘違いしてたんだガキ? こっちはローマの配下なんだよ。俺は同郷のよしみで友誼を結びに来てやっただけだ――ぶっ殺すぞ!!」


「「……っ!!」」


レンの放った強烈な殺気に二人は完全に怯み言葉を失った。

だが、その無礼を咎めるべく、セルノマルスの側近で最強の巨漢戦士が怒髪天を突く勢いで剣を抜き立ち上がった。


「貴様! 御子息たちに何を言うか! このタルニスが成敗してやる!」


レンが殺意を込めて睨みつける。


「雑魚が! この俺様に剣を抜いたな、生きてこの館を出れると思うなよ! 俺はローマ最強の剣闘士レンだ! 100人の軍勢をひとりで倒した男だぞ!」


「……は?」


100人を相手? こいつバカなのかとやがて全員が笑い始めた。


(やべ、流石に100人は盛り過ぎたか。本当は40人くらいですって、訂正すべきか? いや、ここは俺の実力を見せればいいだけだ!)


レンはセルノマルスへ視線を向けた。


「族長。こいつは俺に剣を抜きました、一騎打ちで殺してもいいですか? 俺は剣を使いません、素手で十分ですから」


セルノマルスはレンの底知れない眼光にゾクリとしたものを感じながらも、ニヤリと獰猛に笑った。


「素手で十分だと? ……よかろう。できるものならやってみせろ」


レンは席から立ち上がる。

「いくぞ雑魚、死ぬ覚悟はいいか?」

「貴様こそ覚悟しろ。これは族長も了承した一騎打ちだ、死んでも自己責任だ!」


レンとタルニスの二人から戦闘開始の雰囲気が漂うと、周囲から人が遠ざかった。


レンはニヤリと笑う。

「ああ、自己責任だ。いくぞ!」

「ああ、来い!」


その瞬間、レンはスキルを発動し、タルニスが構えていた鉄剣の刃を紙一重でかわし、その内懐へと神速で潜り込んだ。


無防備になった顎の下へと、強烈なアッパーカットを突き上げる。


「――ホァチャァッ!!」


ドガァァァンッ!!


レンの放った怪鳥音と共に、タルニスの体重100キロはあろうかという巨体が、天井に届かんばかりの勢いで文字通り吹き飛んだ。


タルニスの手から離れた鉄剣は床に落ち、タルニスの肉体は壁へと激しく激突した。


兵の一人が駆け寄る。

「タルニス殿! ……し、死んでます!」


「「「…………!!」」」


女たちは悲鳴を上げ、子供たちが泣き声を上げる。


「き、貴様っ!」


他の7人の兵士たちも剣を抜きレンを取り囲んだ。今や館の中は一触即発の事態に陥った。

だが、レンは余裕の笑みを浮かべて言う。


「族長? こいつらも殺ってしまっていいですか? 俺は素手で結構ですから」


兵士たちは後ずさりした。その言葉が冗談でないことが本能的に分かったのだ。

彼らはまるで猛獣の檻の中に入れられたかのような息苦しさと、命の危機を感じていた。


張りつめる空気の中で、セルノマルスは豪快に笑った。

「ガハハハハハハハ!!! 見事だ! 実に見事な一撃だったぞ、レン!」


「ち、父上……タルニスが殺されたのですよ……」


「セルニオ。お前はわしが認め、双方も合意した一騎打ちの結果を認めず、レンを殺せと言うのか?」


「い、いえ……」


「ならば何も問題はない。お前達もそれでいいな」


「「はい……」」

セルノマルス族長の言葉に全員が頭を下げ、兵士たちが剣を納めた。


ガリアの文化において、圧倒的な武力を持つ強者はそれだけで絶対的な正義であり、リスペクトの対象だった。


「レン。お前の村の安全は向こう20年、我がルテニ族が保障しよう。セヴェンヌ山脈西南部にある国境近くの領主は……っ、……誰だったかな……?」


「ローマとの国境沿いはベルガス様が守っておられます」


「……おお、そうだった。ベルガスには銅の多い銀山の管理と採掘を命じたのだった。すっかり忘れておったわ。わっはっは」


族長の脳裏に四男のベルガスの顔が思い浮かんだ。


ベルガスの母はガリア北方のベルガエ出身の側室で、その母から銀髪と肌の白さを受け継いでいた。ベルガスは人柄もよく能力もあった。そのため若くして人望を集めていたが、そのせいで長男と三男から後継者争いの敵と見られ始めた。


セルノマルスは愛息のベルガスが後継者争いに巻き込まれないよう、15歳になったばかりのベルガスを拠点から追い出していた。


「そうだったな。……おい、ベルガスへ至急通達しろ!」


族長は側に控える別の伝令に向かって、地を這うような声で命令を下した。


「国境のレンの村には絶対に手を出すなとな。レンは我が盟友だ。ベルガスの部下たちにも厳しく言い含めておけ。もしレンの村を襲えば、我が直属の戦士団を送り込んででも首を刎ねるとな!」


「はっ! ただちにベルガス様へ通達いたします!」


伝令の兵が夜の闇へと走っていく。

レンは静かに席に戻り、ワインの杯を傾けながら、内心でほくそ笑んだ。


(よし、これで20年は安泰だ。その頃にはカエサルのガリア戦記も始まってガリアはローマのものだ。ルテニ族が敵対したのかローマについたのか知らないけど、どの道を通ってもローマの支配下に入ることに変わりはない)

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