93 ルテニ族
紀元前74年9月中旬。
レンは自分の屋敷の執務室で、今年誕生したパキポサのランク表を見ていた。
(今年も飛べない個体はでなかったな)
7月 羽化1回目
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★オス:合計1万9871匹
(前回合計1万2628匹)
AAランク:23匹(前回9匹)
Aランク:2,659匹(前回1,023匹)
Bランク:7,399匹(前回2,849匹)
Cランク:4,257匹(前回5,012匹)
Dランク:2,717匹(前回1,717匹)
Eランク:2,816匹(前回2,018匹)
★メス:合計2万1045匹
(前回合計1万3372匹)
AAAランク:5匹(前回2匹)
AAランク:845匹(前回323匹)
Aランク:4,236匹(前回1,795匹)
Bランク:9,008匹(前回3,781匹)
Cランク:3,374匹(前回5,650匹)
Dランク:1,006匹(前回784匹)
Eランク:1,571匹(前回1,037匹)
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(選抜Bランク以上の親)
※レン様の指示通り、繁殖は血の弊害を避けるため、今回からAAランク同士ではなく、AAランクと最下位のBランクの組み合わせと、ランクをずらした配合としております。
(品種改良は7月のパキポサで5代目に入った。個体数が多すぎて兄妹かどうかの判別はもう不可能だ。
上位同士の交配は高確率で兄妹同士になっているはず……。このまま上位同士の繁殖を続ければ近親交配の危険地を超え、羽化率の低下・病気への抵抗力の低下など、低レベル個体の急増が起こる。これからは基本的にランクをずらした配合を続けるしかない)
9月 羽化2回目
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★オス:合計2万0531匹
(前回合計1万9871匹)
AAランク:32匹(前回23匹)
Aランク:3,722匹(前回2,659匹)
Bランク:10,398匹(前回7,399匹)
Cランク:2,645匹(前回4,257匹)
Dランク:1,718匹(前回2,717匹)
Eランク:2,016匹(前回2,816匹)
★メス:合計2万1244匹
(前回合計2万1045匹)
AAAランク:7匹(前回5匹)
AAランク:1083匹(前回845匹)
Aランク:5,725匹(前回4,236匹)
Bランク:9,911匹(前回9,008匹)
Cランク:2,374匹(前回3,374匹)
Dランク:906匹(前回1,006匹)
Eランク:1,238匹(前回1,571匹)
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(選抜Bランク以上の親)
※レン様の指示通り、繁殖は血の弊害回避のため、AAランク同士ではなく、AAランクと最下位のBランクなどのランクをずらした配合としております。
またBランクの約半分は不必要とのご判断に従い、Cランク以下と一緒に大量生産用へ移動させました。
AAAランク 大人しく、飛行距離は20センチほど。
AAランク 大人しく、飛行距離は1mほど。
Aランク 大人しく、飛行距離は3mほど。
Bランク 動きが鈍く、飛行距離は5〜10mほど。
Cランク バッタ程度には捕まえれる。飛行距離は10〜20m
Dランク ゴキブリ並みに捕まえ難い。飛行距離は30m以上
Eランク かなり捕まえ難い。
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レンがランク表を見ていると、村のまとめ役のブレンヌスが執務室のドアを叩いた。
――コンコン。
「ブレンヌスです。ウォレヌス村長がレン様にご報告があると来ています」
「ウォレヌス?」
レンが『誰だ?』と首を傾ける。
「最近、浮浪者100人を連れて傘下に入ったウォレヌス村長です」
(ああ、傭兵隊長みたいなヤツか)
「いいだろう、通せ」
レンが姿勢を正し、2人を部屋に迎える。
部屋に入ってきたウォレヌスは、浮浪者たちのボスだった時の不遜な態度は違い、レンに対して敬意を込めた一礼を捧げた。その顔には、どこか高揚感が滲み出ている。
「レン様、急な訪問を許してくれ。……実は、あんたにどうしても報せたい話があってな」
レンは椅子に深く腰掛け、ウォレヌスを見据えた。
「改まってどうした、ウォレヌス」
「実は俺達がレン様の傘下に入り、新型の農具や、賃金を貰ってる話が俺の村のまわりの浮浪者にも伝わって、彼らもレン様の傘下に入りたいって言ってるんだ。もちろんその場合、縄張りの支配権はレン様のものになって、レン様の命令が優先されると伝えた。だが、それでもいいと言ってるんだ」
「なるほど。俺の傘下に入りたいと。どの程度の人数だ?」
ウォレヌスはニヤリと笑い胸を張った。
「およそ300人。土地の広さはレン村の5倍ってとこでしょう」
(300人に、レン村の5倍の土地か。一気に勢力拡大だな。これで俺の支配下の民は1000人を超える。アグドでも指折りの地主になる)
レンは表情を崩さないまま、脳内の地図を素早く展開した。
レンの村はガリア南部のローマ領で、ガリア人との国境近くにある。
正確な場所はアグドの港から北に50キロほど、セヴェンヌ山脈の西南部だ。
今回、レンの勢力はここから西北方面へと伸びことになる。その先にはレンの故郷、ルテニ族の領土があった。
ルテニ族の最大動員可能兵力は2万。ガリアでは中規模の部族だ。
「う~ん。このあたり一帯は、ルテニ族との国境だから、ローマ側の管理が甘く浮浪者たちの無法地帯が多いのな?」
レンがそう言うと、ブレンヌスが眉を寄せた。
「もしルテニ族が、浮浪者たちを“緩衝地帯”だから放置されてると捉えているのなら、レン様が彼らを迎え入れれば、ルテニ族は『ローマが防衛線を押し上げてきた』と誤解し、動く可能性があるかも知れません⋯⋯」
今度はレンが眉を顰めた。
「ルテニ族が動く? ……300人規模の縄張りを吸収すれば、この地域の勢力図そのものが変わるということか?」
「⋯⋯はい⋯⋯」
レンは難しい顔で考えながら呟く。
「レン村のこれからの発展を考えると、ルテニ族と敵対するのは良くないな。一度、ルテニ族の族長に挨拶をしに行って、友好関係を築いておいた方がいいか⋯⋯」
レンがそう呟くと、室内に沈黙が流れた。
後ろで控えていたブレンヌスが、心配そうに一歩前に出る。
「レン様、ルテニ族はローマに非友好的な独立部族だ。ここはまず、俺が使いとして――」
レンは手で制した。
「心配するな。俺はルテニ族の出身なんだ。仲良くしたいと貢物を持っていけば、命までは取らないだろう」
(まあ、むしろ命を取るのは俺の方だと思うけどな。もし襲ってきたら族長を殺して逃げてやる! ……いや、それだと一緒に行った奴らは生きて帰って来れないか……)
レンがルテニ族は自分の出身部族だと告げると、ブレンヌスは「なるほど」と納得したように頷いた。
「確かに、レン様がルテニの血を引いておられなら、向こうの族長にとっても戦を避ける良い口実になります。同胞のよしみで挨拶に来たとなれば、ローマが嫌いでも無下に扱わないかも知れません」
ウォレヌスもポンと自分の膝を叩き、ニヤリと笑った。
「向こうの族長も、同胞の顔を立てて貢物を受け取れば面子も保たれる。ルテニ族の連中だって馬鹿じゃねえ、俺達の村を襲えば後ろに控えるローマの軍団が黙っちゃいないんだ。自分から蜂の巣をつつくような真似はしねえはずだ。友好関係が築ける勝算は十分ある」
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3日後。
レンは極上の貢物を載せた荷馬車4台を連れて、レン村を出発した。
積荷の内訳は、この時代のガリア人が何よりも渇望するローマの高級ワイン。さらにレンの村で作った石鹸2箱。醤油が4樽。そして先日織り上がったばかりの、純白の絹の布を2反。
極めつけは、村の鍛冶場で作られた、表面が鋼の、驚異の切れ味を実現した最新の鉄剣が20本だ。
これらをもしローマやパルティアの市場でまともに買おうとすれば、軽く1万デナリウスを超える。国同士の外交での贈り物と言ってもよい規模であった。
アグドの港からレン村までは約50キロ。
そしてレン村からさらに約150キロ先にルテニ族の族長の拠点があった。
レン村を出て1週間後。
荷馬車の車輪が、ルテニ族の本拠地を囲む荒々しい木柵の門をくぐった。
周囲からは、独特の鮮やかな格子縞の外套を羽織り、長髪と髭を蓄えた大柄なガリア人の戦士たちが、殺気と好奇心の入り混じった視線でレンの使節団を囲んだ。
レンは馬車の先頭で馬を止め、下馬する。
「我が名はレン。セヴェンヌ山脈の向こうにある、ローマ領の地主として、貢物を持ってルテニ族の族長セルノマルス殿に挨拶に参った」
「貢物だと?」
「ああ、これだ」
レンが荷馬車からワインの樽の蓋を開け、芳醇なワインの香りが漂うと顔に笑みを浮かべた。
さらに布を取り、20本の輝く鉄剣が現れると、戦士たちはあからさまに息を呑み、ざわつき始めた。
「おい、誰か! 族長にローマの地主が凄い貢物を持って現れたと伝えて来い!」
「はい!」
戦士の1人が急いで族長の館へと駆けて行く。
しばらくすると、巨大な丸木造りの館の奥から、数人の屈強な側近を従えた男が重々しい足取りで姿を現した。
ルテニ族を率いる族長のセルノマルスだ。
白髪の混じった見事な髭を蓄え、毛皮の隙間から覗く太い腕には幾多の戦傷が刻まれている。部族を束ねる長としての老獪さと、野生の獰猛さを同居させた男だった。
既に60歳近いセルノマルスは高齢だ。かつては絶対的だったその肉体にも老いが見られ、部族内ではすでに、血気盛んな息子たちや有力な貴族たちによる次の族長の座を巡る後継者争いが始まっていた。
「ローマの地主のレンか……」
セルノマルスは貢ぎ物に目をやり、満足気に頷いた。
「兵士の言う通り。素晴らしい貢ぎ物のようだな」
「では族長殿の館にこれらを運んでもよろしいでしょうか? そこで全ての貢ぎ物を披露し、友誼を深めたいと思います」
レンが穏やかに微笑みながら提案すると、セルノマルスは老いを感じさせない鋭い眼光をレンへと向けた。
「その前に目的を聞こう。何が望みだ?」
高価な貢ぎ物を持って、国境を越えてきたのだ。ただの友誼であるはずがない。背後に控える後継者候補の男たちも、レンの出方を窺うように一斉に身を乗り出した。
レンは動じることなく、まっすぐにセルノマルスを見据えた。
「大したことではありません。先日、国境地帯の浮浪者が、私の傘下に入りたいと言い出したので迎え入れました。ですがルテニ族と争う気は私にはありません。むしろ交友を深めたいと存じます。ローマとルテニ族は敵かもしれませんが、私には関係ない。私はルテニ族のタルニアの村の出身ですから」
その言葉に周囲の戦士がざわめき、セルノマルスのすぐ後ろにいた側近の一人が、思わず声を漏らした。
「……タルニアだと……!?」
タルニアの村は、確かにルテニ族の領地内にある小さな集落だった。
レンはしみじみと語る。
「私は8歳の時に両親を疫病で亡くしました。その私をタルニア村の村長マッツーニは、ローマの商人に売り飛ばしたのです。アンフォラに入ったローマのワイン、たった3壺とです……」
「……まあ、悲しい事だがよくあることだな」
村長が、身寄りのない同胞の子供をわずかなワインと交換する。ガリアの辺境では珍しくはない、だが決して誇れたものではない胸糞の悪い現実だった。
「その後、私はローマで貴族の奴隷になりました。しかしその貴族は極悪人で、私を奴隷剣闘士にしたのです」
全員が眉を寄せた。奴隷剣闘士が生きて自由になることはまずない。自由になれるのは全体の1〜5%程度だった。
「お前はローマで剣闘士にされたのか……」
「……はい。多くの者と死闘を繰り広げ、重傷で死にかけたこともありましたが、最近自由を得てローマ市民権を持つまでに成りました。マッツーニは許せませんが、私の父母はルテニ族の人間。先祖も同様です。ルテニ族自体に恨みはありません、恩を返したい、故郷をもう一度みたいと言う思いで今日はここに参りました」
レンの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。演技で適当なことを言っていたら、思わず感情が乗ったのだ。
レンが淡々と語った凄惨な過去に、館の前に集まっていた戦士たちは一斉に息を呑んだ。
「お前は立派なルテニ族の戦士だ!」
「マッツーニの野郎、許せん……」
側近の戦士たちがレンへの賞賛と、売り飛ばした村長への非難を口にする。
自分たちと同じ血を引く者がローマの最底辺へと落とされ、そこから自力で這い上がり、莫大な富を引っ提げて凱旋してきたのだ。
セルノマルスは白髪の混じった髭をなでながら、レンの底知れない眼光を真っ向から受け止めた。
やがて、セルノマルスは大きく手を開きレンを迎え入れた。
「ルテニ族の末裔よ。よくぞ祖先の地に帰って来た。お前を歓迎しよう。皆の者、こよいは宴を開くぞ!」
「「おおっー!!」」
レンの使節団は正式な客人として村の広場を通り、族長の館へと入っていった。




