09 味方との顔合わせ
レンとルクレティアとの話し合いが終わると、
クラウディアは『レンに少し用があるから』と護衛を一人つけ、ルクレティアを先に帰らせた。
ルクレティアが遠ざかっていくのを、赤毛の未亡人は笑顔で見送る。
やがてパチン、と扇子を閉じ、レンの方へと向き直った。
その瞳には、さっきまでの“身内への優しさ”は微塵もない。
色気をまといながらも、氷のように冷たい声がレンを刺した。
「ねえ、あなた。明日の試合で死んでくれない?」
「はあ?」
あまりにストレートな死亡宣告に、レンの口から間抜けな声が漏れた。
「明日あなたが奇跡的に生き残っても、叔父様は次から次へと過酷な試合を組ませるわ。あなたは遠からず惨めに死ぬ運命にあるの。
だったら、ルクレティアに変な希望を持たせないよう、明日あっさり死んでくれた方が彼女のためなの。分かるでしょ?」
(……何言ってんだこの女? 頭沸いてるのか?)
自分の都合しか考えていない暴論に、レンの中で怒りの炎がふつふつと燃え上がった。
レンはクラウディアの冷徹な視線を正面から受け止め、不敵に言い放つ。
「お断りします。俺は死にません。明日の試合も、その次も生き残って、この手で自由を掴みます」
「無理よ」
クラウディアは、レンの言葉を夢物語だと切り捨てた。
「何も分かっていないのね。
いくら養成所のオーナーにあなたがお金を積もうと、叔父様があなたの解放を許さないわ。あなたは一生剣闘士として、死ぬまで闘技場で踊らされるの」
「……っ!?」
レンは解放されないと知り、思わず眉を寄せて唇を噛んだ。
「オーナーが無理なら……ローマ市民を動かします! ローマ市民が望む“伝説の剣闘士”になってみせます!!」
「……はい?」
クラウディアはレンが何を言ってるのか分からず、ポカンと口を開けた。
一方、レンは脳内で急いで自由への道筋を組み立てる。
「ローマ中の人気と熱狂を一身に集める剣闘士になります!
そうなれば、市民は俺の死を望まなくなる。
だけど、それだけじゃ足りない!
俺の戦場での英雄譚を聞いてみたいと誰もが思う剣闘士になります!
そして俺が闘技場じゃなく、本物の戦場に出て活躍すれば――
奴隷からだってローマで成り上がれるはずだ!!」
クラウディアは一瞬固まったが、すぐにクスクスと肩を揺らして笑い始めた。
「ふふっ……あははは!」
クラウディアは涙目を擦りながらレンを見た。
「……奴隷の分際で世論を動かす? あなた、本当に面白い夢を見るのね」
彼女はレンの顎をクイと持ち上げた。
妖艶な瞳には好奇心の炎が宿っている。
「でもそういう男、嫌いじゃなくてよ。
……明日の試合で勝ってみせなさい。
明日、あなたの勝利に銀貨百枚を賭けるわ」
(銀貨百枚……。
一般市民が1年は遊んで暮らせる大金だぞ)
クラウディアはいたずらっぽく微笑む。
「もし勝てば、私があなたのパトロンになりましょう。
叔父様の裏をかくのも、たまには面白そうだしね。
じゃあ頑張ってね、私の可愛い色男さん」
芳しい香水を残し、クラウディアはドレスの裾を翻して去っていった。
(う~ん。
ルクレティアもクラウディアも美形なんだけど、どっちも危険な女だよな。
もしかして、そういう家系なのか?)
ーーーーー
翌日の朝。
レンは校外のテント陣営を出て、ローマ市街にある闘技場の控えテントに入った。
試合開始まであと二時間。
闘技場の裏手に張られた無数の控えテントの間に、ぽっかりとした広場がある。
そこが、今日の【3対3】の試合に向けた“味方二人との顔合わせ場所”だった。
レンが足を踏み入れると、すでに二人の剣闘士が待っていた。ひとりは、胸の前で腕を組んでどっしりと立つ大柄な男。浅黒い肌には戦い抜いてきた証である無数の古傷が刻まれている。
獣じみた鋭い目だけが、静かに獲物を見据えるようにレンを睨みつけていた。
(こいつが中堅の剣闘士のマルケッルスかな?)
そしてもうひとりは……テントの影に小さくしゃがみ込み、自分の膝を抱えてガタガタと生まれたての小鹿のように震えている若者だった。
(こいつは役に立たちそうにないな。きっと数合わせだ……)
レンが近づくと、プッロが握手をして来た。
「あ、あんたが……今日の味方か? よろしくな……」
「ああ、よろしく」
マルケッルスが鋭い視線をレンに向けたまま、地を這うような低い声を出した。
「レン。今日の3対3はお前と、俺と、プッロで組む。……ハッキリ言うが、こいつとは同じ養成所だがあまり期待はするな」
「ひ、ひどいっ……!」
プッロが涙目で抗議するが、マルケッルスは完全に無視して冷酷に続ける。
「おい、プッロ。お前は前回、運が良くて勝てただけだ図に乗るな」
「ひ、ひどいよぉぉ……! 俺だって、俺だって頑張ってるんだよぉぉ……!」
(こいつ大丈夫か……人間として、いや男として……)
マルケッルスは泣きじゃくるプッロからレンへと視線を移した。
「……レン。お前の戦いぶりは見たことがない。
だが、“死にに来た”わけじゃないんだろう?」
「もちろんです。俺は生きて帰るつもりです」
マルケッルスは短く頷き、その場の空気を締めるように言った。
「よし。ここはベテランの俺が指揮を取る。互いの動きを知らないまま試合に出るのは愚かだ。今ここで最低限の連携を決める。いいな」
プッロが涙を拭きながらも、剣の柄を握り直す。
「お、俺は……左側が得意だ。牽制と足止めなら任せてくれ。
突っ込むのは苦手だが……逃げはしねぇ」
(震えてるくせに、言うことは言うんだな。意外とやってくれそうだ……)
マルケッルスはレンの方へ顎をしゃくった。
「一番ベテランの俺が中央。レン、お前は右側でいいか?」
「はい」
「よし決まったな。
顔合わせは終わりだ。控えに入るぞ。試合まで時間がない」
レンは大きく頷いた。
(プッロはダメだけど、マルケッルスは頼もしいな。
この試合、何とかなりそうだ)
レンたち三人は、広場から、割り当てられた控えテントへ向かった。
テントの中は薄暗く、汗と鉄の匂いが混じった臭いがした。
マルケッルスは無言で腰を下ろし、剣の刃を指でなぞって状態を確かめる。
プッロは入口近くで深呼吸を繰り返し、震える手で籠手を締め直していた。
そしてレンは壁にもたれ、意識を集中させて“ステータス”の状態を確認した。
【ステータスウィンドウ】
■名前: レン
■年齢: 15歳
■称号: 新人剣闘士(全ステータス補正+1)
★レベル: 7
(最大レベル999)
★HP(体力): 365 / 365
★SP: 138/ 138
★MP77(+3上昇)
■【能力値】(平均的な剣闘士400)
★筋力: 278(+4上昇)
★敏捷: 394(+4上昇)
★耐久: 226(+4上昇)
(養成所でまじめに訓練したおかげで、筋力とかが微増してるな。こういう小まめな強化が意外と大切なんだよ)
■【スキル】
★短刀術 Lv.7 (+5上昇)
★盾術 Lv.1
★言語理解(ラテン語/ガリア語) Lv.Max ※転生特典
★魔力枯渇耐性Lv.60。ダメージ60%カット。気絶無効。
(短刀の訓練をしたおかげで短刀術のレベルがかなり上がった。
本当は剣のスキルが欲しかったけど、養成所で訓練してもダメだった。
HELPでAIに聞くとスキルは基本的にポイントを使った取得でしかゲットできないと言われた)
★『敵攻撃の先読み Lv.30』
(+4上昇)
①重傷になる攻撃への発動確率 68%
(+8%)
②1.3秒後に訪れる危険を察知
(+0.5上昇)
③有効範囲 7メートル
(+5メートル上昇)
④有効時間 1分
(+20秒上昇)
⑤必要MP 10
(『先読み』のレベルは『30』まであがった。
おかげで発動確率は『68%』だ。
敵の攻撃を全てを見通すことはできないけど、まあまあの確率だ。これなら敵の大将を相手にしても少しは勝負になると思う)
外から観客の歓声が波のように押し寄せてきた。
『わああ~』
誰かが倒れたのか、どよめきが一瞬だけ強くなった。
やがて、係員の声が響く。
「次の組、準備しろ!」
マルケッルスが立ち上がる。
「行くぞ」
レンたちは控えテントを出て、闘技場の裏通路へと足を踏み入れた。
石壁に囲まれた薄暗い通路を進み、やがて入場ゲートのある待機部屋にたどり着く。
そこで三人は立ち止まった。
ゲートの先からは、乾いた砂の匂いと観客のざわめきが絶え間なく流れ込んでくる。
しばらくして、係員が振り返り、短く告げた。
「──次の入場だ」
3人が並んでゲートをくぐる。
マルケッルスが中央。
レンが右。
プッロが左。
(これで試合は二回目だけど、やっぱりドキドキするな……)




