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10 3対3の試合

観客の歓声が響き、レンたちの前の試合が終わった。


ここから次の試合まで、まだ十分ほどの時間がある。

死体の片づけや、アリーナ係による砂の整地が行われるのだ。


観客のざわめきが遠くで渦巻く中、レンは胸の奥にじわじわと緊張がせり上がってくるのを感じた。


「はあ……」


レンが深いため息をつくと、ベテランのマルケッルスが微笑み、声を掛けた。


「緊張しているのか。肩の力を抜け。

せめて死ぬなら実力を出さないと悔いが残るぞ」


「はい、ありがとうございます」


その時──

入場ラッパが高らかに鳴り響いた。


ゲートがギギギ……と重い音を立てて上がり始める。


「いくぞ!」


「「はい!!」」


ゲートが上がりきった瞬間、レンたちはさっそうとゲートをくぐり抜け、闘技場へと躍り出た。


観客席を埋め尽くす数万人のローマ市民から、鼓膜が破れんばかりの狂気的な大歓声がドッと降り注ぐ。


「うおおおおお!!」


マルケッルスが獲物を掲げて雄たけびを上げ、場を盛り上げる。

レンも真似をして短刀を掲げた。


直射日光が容赦なく砂を焼き、熱気が肌を刺す。

二度目の舞台。


カプアの入場口でオエノマウス教官が言っていた言葉が脳裏をよぎる。


──「生きて戻りたくば、まずは観客を味方に付けろ」。


レンは錆びた短剣を天に掲げ、観客席に向けて堂々とアピールを続けた。


その瞬間、特等席の並ぶ上層階の一角が目に入る。


心配そうに小さな手を胸の前で握りしめている金髪の美少女ルクレティア。

その隣では、優雅に扇子を揺らしながら、値踏むような視線をこちらに送ってくる赤毛の貴婦人クラウディア。


(……恋人か。命懸けの試合を見守ってくれる人がいるって、案外悪くない。

でも……クラウディアが恋人だったらもっと良かったのに。そしたらめっちゃモチベが上がったんだけどな……)


レンがそんなことを考えていると、

闘技場の真向かいにあるゲートがガラガラと重い音を立てて開き始めた。


砂を蹴立てて現れたのは、レンたちと同じ三人組の剣闘士だ。


「……チッ、あいつか」


真ん中に立つ大男を見て、マルケッルスが低く忌々しげに呟いた。


全身に幾重もの古傷を刻み、

巨大な大盾スカトゥムと大剣を手慣れた様子で構える男。

醸し出す威圧感はマルケッルスと同等、いやそれ以上かもしれない。


相手チームの中央に君臨するのは、百戦錬磨のベテラン中堅剣闘士らしい。


しかし、その左右を固める二人の男たちに目を向けると、あからさまに動きが硬い。


右側の槍兵は腰が引けており、左側の男は落ち着きなく視線を泳がせている。

筋肉の張りもまだ発展途上。


(なるほど。向こうも編成は俺たちと同じか……!)


中央に強力なベテラン。

左右の翼は経験の浅い下級剣闘士二人。


「……いいか、レン、プッロ」


マルケッルスが正面を見据えたまま、じり、と一歩前に出る。


「向こうの中央の敵はギルモアって言うベテラン剣闘士だ。俺が奴を抑える。その間に、お前たちは左右の敵を素早く処理しろ。特にレン、お前の相手の槍兵は腰が引けている。懐に入り込めば短剣の餌食だ。やれるな?」


「……了解です。頑張ります!」


レンは錆びた短剣を順手に握り直し、左腕の粗末な木製円盾を顔の前に構えた。


隣では、プッロが「ひ、ひぃぃ……! 緊張で胃液が出てきたぁ……!」と相変わらず情けない声を漏らしているが、その左手の盾はしっかりと自分の身を守る位置に固定されている。


(やる時はやる男のタイプなんだろうけど、プッロとは友達にはなりたくないな……)


ジャリ……と、対峙する両チームの距離がじわじわと縮まっていく。


中央の審判が、高く手を掲げた。すり鉢状の観客席の歓声が、嵐の前の静けさのように一瞬だけピタリと止まる。


「始め(プグナーテ)!!」


審判の手が振り下ろされた瞬間、地響きのような大歓声が再びアリーナを揺らした。


「おおおおおっ!」


中央のマルケッルスが吠え、大盾を構えて敵のベテランへと突っ込んでいく。ガキィィィン!と、肉厚な金属音が木霊し、ベテラン同士の凄まじい力比べが始まった。


「レン、右だ!」


マルケッルスの鋭い指示に従い、レンは右側へステップを踏んだ。

腰の引けた敵の槍兵と対峙した瞬間、スキルを発動させる。


(先読み!)


ジャリ、と砂を蹴って、槍兵が鋭い突きを放ってくる。

——その瞬間、レンの脳内に、1.3秒後に槍先が俺の左肩を抉るイメージがパッと浮かび上がった。


(これが先読みの効果か!)


レンはあらかじめ半歩左へと身体をずらし、突き出された槍の穂先を盾の縁で受け流す。


「シッ!」


そのまま間合いを詰めようとしたが、敵も腐っても剣闘士だ。槍の柄を器用に引き戻し、今度はレンの足元を狙って薙ぎ払ってきた。


(危なっ! 今のは先読みが発動してなかった!)


確率68%の壁だ。すべての攻撃が見えるわけじゃない。


レンは本能的にバックステップを踏み、すれすれで刃をかわした。

乾いた砂が舞い上がり、視界が一瞬だけブレる。

じりじりとした間合いの探り合い。レンも相手も必死だった。


敵は槍の長さを活かし、レンを近づかせまいと何度も細かな突きを繰り出した。


レンは木製の円盾でそれを必死に弾きながら、ひたすら「その時」を待った。


(落ち着け……。じっくり見極めるんだ!)


試合開始から、およそ一分。

手数を出して焦り始めた槍兵が、大きく槍を引き絞った。最大の一撃が来る。キィン、とレンの脳裏に未来が視えた。


敵がレンの頭部を狙って上段から槍を叩きつけてくる未来だ。


「そこだッ!」


レンは未来の映像を信じ、槍が振り下ろされるより先に斜め前方へと鋭く踏み込んだ。頭上を虚しく通り過ぎていく槍の風圧が髪を揺らす。


完全にふところに入り込んだ。

敵の男が恐怖に顔を歪める。

「しまっ——」

「遅い!」


レンは右腕を力強く突き出し、錆びた短剣の切っ先を、敵の剥き出しになった喉元へとピタリと突き立てた。


刃が皮膚をかすめ、一筋の赤い血が伝う。


「ひ、ひぃ! 降伏ミッシオ! 降伏するっ!」


男は完全に戦意を喪失し、槍を放り出して両手を挙げ、砂の上にガタガタと膝をついた。すかさず審判が間に割って入り、レンの勝利を宣言する。


「よし……! これで三対二だ!」


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