86 中国(漢)の粉石鹸
紀元前74年1月21日
レンは愛息アーサーの誕生日を祝うため、ローマを訪れた。
「さあ、レン。これがアーサーのゲニウス(守護神)に捧げるための、特別な焼き菓子よ」
純白のトガに身を包んだクラウディアが、侍女に運ばせた円形の台座を誇らしげに指し示した。
その上に乗っていたものを見て、レンは思わず目を丸くする。
「……え? これって、もしかしてケーキ!?」
見た目は焼きチーズケーキだ。まさか我が子の『誕生日』にケーキを拝むことになるとは思いもしなかった。
「不思議な顔をするのね。最高級の小麦粉に、たっぷりの蜂蜜とすりつぶしたチーズを練り込んで焼き上げさせた菓子よ。ローマじゃ、誕生日にこのハニーケーキを神々に捧げて、皆で切り分けて食べるのが伝統なの」
「へぇ……! ハニーケーキ……」
(この時代にもうケーキの文化があったんだな)
レンはケーキを見つめながら、ふと疑問を口にした。
「ところで……ゲニウスって何?」
クラウディアは少し微笑み、レンの素朴な疑問を受け止める。
「レン。ローマ人はね、人は生まれた瞬間から守護神がいるって考えているのよ。
男はゲニウス、女はユノー。
だから、これはアーサーの守護神の“誕生”を祝う儀式でもあるのよ」
「なるほど、守護神の誕生か……。
誕生日のお祝いに、ケーキがあるって、やっぱりローマは進んでいるな」
レンは感心しながら、香ばしく甘い香りを放つケーキを見つめた。
傍らでは、一歳になったばかりのアーサーが、よちよちとした足取りでレンの膝に抱きついてきている。
その無垢な黒色の瞳は、レンとクラウディアの血を引いた、何よりの宝物であった。
クラウディアは、アーサーの小さな額にそっとキスを落とすと、小さな木箱をレンの前に差し出した。
「そして、これはわたくしから、我が家の跡取りへの贈り物よ」
蓋が開けられると、中から現れたのは、息をのむほど美しい、小さな短剣であった。
刃は落とされ、一歳児が持てるように驚くほど軽く、柄と鞘には見事な銀細工が施されている。
高級な玩具としての「儀礼用の剣」だ。
「……え!? クラウディア、一歳の誕生日に剣のプレゼントって、さすがにまだ早くないか!?」
レンがツッコミを入れると、クラウディアはクスリと妖艶に微笑んだ。
「あら、ローマの貴族の男児よ? 歩き始めると同時に、一族の名誉を背負う戦士としての心構えを教え込むのは当然だわ。それに……この子はガリアの英雄の息子ですもの。きっと剣も戦いも好きよ。そのための、最初の守り刀よ」
「いやいや、危ないって。そもそも俺は平和主義だし、血を見るのも嫌いだ。斬ったあとは出来るだけ、相手を見ないようにしてるくらいだからな。もっと安全なものをあげるべきだよ。例えばこれだ。俺からのアーサーへのプレゼント」
そう言って今度はレンが大きめの箱を出した。
「……レン、これは何?」
「これはガリアの村で作った石鹸だよ」
クラウディアが美しい眉をひそめた。
「ガリアの石鹸? あなた、わたくしたちの愛息の誕生日に、衣服を洗うガリアの石鹸をプレゼントする気なの?」
ローマにおいて石鹸には二種類あった。
一つは、ガリア人から伝わった『臭い動物の脂』でできたドロドロの洗濯に使う石鹸だ。
臭いうえに、強いアルカリのせいで『体を洗うには痛い』という認識だった。
二つ目は、石鹸草と呼ばれるその辺に生えてある草である。
ローマの公衆浴場の裏手にも生やしていて、体を洗う時に根を揉んだり、煮出して使っていた。ただし、泡立ちは弱く、洗ったあとは肌がカサカサに乾燥する。
レンは不敵にニヤリと笑い、箱の蓋を開けて中に入っていた薄緑色の粉を一摘みし、自分の手の平に乗せた。
「これ、ただの石鹸じゃないから。ちょっと匂いをかいでみて」
(フッフッフ。ビックリするがいい、クラウディア。この石鹸は、この時代の最先端の中国の石鹸のアレンジ版だ)
この時代、中国では大豆・緑豆・黒豆などの豆を炒って粉にした『澡豆』という洗浄剤があった。
『澡豆』は水で溶くと泡立ち、肌にも優しい。
ただ、ヨーロッパにはまだ大豆・緑豆・黒豆が持ち込まれてなかったため存在しない。なので『石鹸草』で代用し、『澡豆』を作った。
中国版はこれで完成だが、レンはここで終わらせない。
この『澡豆』に乾燥させてすりつぶしたカモミール(ハーブ)と、レンズ豆の粉、そして香りと保湿を閉じ込めるためのオリーブオイルを加え、肌への刺激を確かめながら調整して、進化版『特製ハーブ石鹸』を作ったのだ。
レンが『澡豆』を改良出来たのは、戦国時代のラノベの知識で固形石鹸の作り方を知っていたからだった。
今回、固形石鹸を作らなかったのは、最高の技術を一度に出すよりも、段階的に“小出し”にした方が利益が大きく、安全だと知っていたためである。
一度販売ルートを確立してしまえば、次の新商品を投入するのは格段に楽で、より高値で売ることが可能だ。もし、模倣や技術流出にあったとしても、上の技術を持っていれば市場を再度支配できる。
クラウディアは促されるまま、その薄緑色の粉に鼻を近づけた。
その瞬間、彼女の琥珀色の瞳が驚きで丸くなる。
「……なんて優しい香りなの。カモミールの甘い香りがふわっと広がって、それに石鹸草とは思えないほどすっきりしているわ。ちっとも獣臭くない……」
「そうだろ? 試しに水につけて手を洗ってみて」
「ええ……」
半信半疑のまま、クラウディアは用意させた水甕から少量の水を手にすくい、その薄緑色の粉を両手のひらで転がしてみた。
すると、彼女の白く滑らかな手のひらの間で、
きめの細かい白い泡がもこもこと立ち上がった。
「な、何これ……!? 凄い泡だわ……!」
クラウディアの口から思わず驚嘆の声が漏れる。
まるで極上のクリームで包まれているかのような心地よさだった。
彼女がそのまま両手をこすり合わせ、温かい水で泡を洗い流すと、驚くほどしっとりと潤い、カモミールの香りが残った。
「信じられないわ……。ちっとも痛くないどころか、肌がこんなに滑らかになるなんて。
アーサーのデリケートな肌にもぴったりだわ!」
クラウディアは驚愕に目をみはり、自分の両手を見つめたあと、
レンを眩しそうに見上げた。
「フッフッフ。クラウディアの分もあるよ。君のは、ラベンダーの香りの石鹸だ」
「わたくしにも! レン、あなたはやっぱり最高ね」
クラウディアは歓喜に声を弾ませ、レンの首に愛おしそうに腕を回した。
その後、ハニーケーキを切り分けたあと、クラウディアはまだほんのりと良い香りが残る自分の両手をまじまじと見つめ、琥珀色の瞳をギラリと輝かせた。
「ねえ、レン。やっぱりこのサポー(石鹸)は、わたくしとアーサーだけで使うには惜しすぎるわ。これをローマで売り出す気はない?」
「ローマで?」
後でローマで商売する話を、クラウディアに頼むつもりだったが、レンはわざと、とぼけたように問い返した。
クラウディアは身を乗り出して熱弁を始める。
「ええ。 この石鹸には、ローマの貴婦人たちが間違いなく群がるわ。私がローマの社交界で広めてあげる!」
「さすがクラウディアだ。俺もそう思って、実はローマの市場で売れないかといくらか試供品を持って来ているんです」
「そんなのダメよ! 市場なんかで売ったら買い叩かれるに決まってるわ。それに高級品のイメージも台無しよ!」
市場での安売りが、商品の希少価値をどれほど暴落させるか。それを本能的に理解しているクラウディアに、レンは深く感心した。
レンは声を潜めてクラウディアに秘密を明かした。
「クラウディア。実はこれ、原価が凄く安いんだ。オリーブオイルが入ってるんだけど、それを高級品から安物にするだけで、ひとりが使う10年分の石鹸をたった1デナリウスで作れるんだよ」
クラウディアは動きを止め、琥珀色の瞳をこれ以上ないほど大きく開けて絶句した。
「何ですって……1デナリウスで10年分!?」
「そう。だから最初は高級品として広め、その後は次第に価格を安くして、庶民でも手を伸ばせば買える値段にしようと思うんだ」
クラウディアは『とんでもない!』と即座に首を横に振り、鋭い声音で遮った。
「ダメよ! そんなことをしたら貴族女性の反感を買うわ!」
「反感?」
クラウディアが貴族女性の気持ちを代弁する。
「当然よ! 自分たちが大金を出して使っていた高貴な石鹸が、安価な大衆品に成り下がって、平民の女と同じになるのよ! プライドが許さないわ! あなたは貴族女性の味方から、敵に変わってしまうわよ!」
「⋯⋯あ、うん。まあ気持ちは分かるよ。でもさ、ローマの下々のみんなが豊かになることの方が、俺は大切だと思うんだ。アーサーの子孫が繁栄し、一万人の子孫が出来たら、貴族は一部であとは農民になるでしょ。農民の子孫のためにも全体を豊かにしないと」
レンはみんなで豊かになった方がいいよね。と現代的なアプローチをしたが――クラウディアは『アーサーの子孫が農民? ありえないわ。レンは庶民の出だから貴族の気持ちが分からないのね』と眉を寄せた。
それを見たレンはこの世界では平等などの思想は通じないと、もう一つの本心を語ることにした。
「って言うのは建前でね。民衆の指示が得たいんだ。数は力だからね」
「⋯⋯レン。民衆の指示は大事よ。でも、そのために女性貴族を敵に回すのはよくないわ」
レンは『そんなつもりは無い』と微笑む。
「大丈夫。富裕層に広がったあたりで、もっと凄い石鹸を貴族には提供するつもりだから」
「……もっと凄い石鹸があるの?」
「ああ。今は作るのがちょっと厳しいんだけど、数年後には作るから楽しみに待ってって」
「⋯⋯分かったわ」
クラウディアは納得したかのように、笑みを見せた。
「じゃあクラウディアはこの粉石鹸を広めてくれる? 俺は貴族女性から依頼が来た時に備えて生産数を増やしておくから」
「ええ、分かったわ。⋯⋯それとね、レン」
クラウディアはそこでふっと言葉を切ると、少し恥ずかしそうに、はちみつケーキを美味しそうに頬張るアーサーの頭をそっと撫でながら、声を一段落として微笑んだ。
「また⋯⋯あなたの子供が出来たの」
「ええ!? 本当に!」
クラウディアがコクリと頷くと、レンは強く彼女を抱きしめた。
「ありがとう、クラウディア。凄く嬉しいよ!」
レンに抱きつかれ、その胸元に顔を埋めたクラウディアが、嬉し涙をこらえるように睫毛を震わせながらコクリと頷く。
そこでレンは気が付いた。
(……これってマズくないか? 子供が出来たのは嬉しいけど、ルクレティアとイオに話したら、確実に修羅場だ。ルクレティアは、自分が十六歳になってからの約束を急がせてくるだろうし、従順なイオは『私にはまだ1人も旦那様の子が出来ない……』って焦るはずだ。……よし、ここは二人には当分の間、内緒にしておこう!)
ーーーーー
1週間後。
クラウディアは社交界を牛耳るポンペイウスの妻ムキアとセルウィリアが、顔を会わせる日を、ムキアの取り巻きから教えて貰った。
彼女は二人が同じ日に揃うのを待っていた。
彼女たちはほぼ毎日社交の場に顔を出し、あるいは自宅で面会の場を設けている。そのため、片方だけに会うのは簡単だった。
だが片方に新商品を先に渡せば、どちらが先に渡されたかが後に問題視される。当然、後で渡した方からは冷たい目で見られる。よって二人と交流のある者たちは、彼女たちが同じ日に揃うのを狙って新作や珍しい品を届けるのが常だった。
幸い、彼女たち自身も社交界を引っ張る人間として、互いの交流を大切にし、月に何度も顔を合わせていた。
今回の彼女たちの交流の場は――ローマが誇るテルマエ(高級浴場)だった。富裕層専用のプライベートサロンやマッサージルームが完備された、彼女たちが頻繁に利用するお決まりのコースだ。
ここなら男性の目を気にせず女性たちだけで、気軽に話せる。
高級浴場の湯舟に、セルウィリアとムキアが浸かっていた。
二人の傍には下級貴族の取り巻き6人の姿がある。
貴族女性が浸かる湯舟の外には、服を着た女奴隷たちが十数人、彼女たちを囲んでいた。衣服を脱いで無防備になった主人を守るためだ。
クラウディアが4人の奴隷を連れてテルマエに現れると、道を塞いでいた奴隷たちが一斉に道を開けた。クラウディアに気づいた取り巻きたちが、小さくざわめき、セルウィリアとムキアもクラウディアに視線を向ける。
「あら、クラウディア。お久しぶりね」
セルウィリアの言葉にクラウディアは丁寧に頭を下げる。
「ええ、セルウィリア。従姉妹のルクレティアが、あなたの弟との婚礼を前に姿を消したから、あなたに会わせる顔がなくて控えていました」
「まあ、そんなの気にしなくても良いのよ。ローマの貴族なんて、何処かで血が繋がっているものです。従姉妹の責任は家長のマニウスだけのもの。貴方が責任を感じる必要はありません。それに、弟はきちんと違約金も頂いたそうよ」
「セルウィリア、ありがとう。そう言って貰えてホッとしたわ」
下級貴族の取り巻きたちが『さすが、セルウィリア様。お心が広いですわ』と褒めそやし、2人の会話がひと区切りついたのを見計らって、ムキアが口を挟んだ。
「ねえ、クラウディア。貴方の奴隷たちが持っている木箱は何かしら? それはわたくし達への贈り物なのよね」
「ええ、ムキア。これはわたくしがパトロンをしているレンが、新しく開発し、ガリアで作った石鹸なの」
その瞬間、貴族の女性たちが眉を寄せた。
クラウディアの時と同じく、洗濯物に使うガリアの臭い石鹸を想像したのだ。
ムキアが不機嫌な声を出す。
「クラウディア、ガリアの石鹸なら奴隷たちに渡して置いてちょうだい。さぞかし汚れが落ちるのでしょうけど、わたくしには必要ないわ」
取り巻きたちはその言葉に一斉に――笑わなかった。
ここで笑えばクラウディアの不興を買う。クラウディアは社交の場にはあまり顔を出さないが、彼女はクラッススと親密な関係にあり、実力を着実につけていた。ここは成り行きを見守るのが一番だ。
セルウィリアが穏やか声で、ムキアを嗜める。
「それは言い過ぎですよ、ムキア。レンは、あのシルフィウムの栽培を成功させた元剣闘士よ。汚れが、凄く落ちる石鹸には間違いないわ」
クラウディアは見当違いも甚だしいと笑った。
「いいえ、セルウィリア。この石鹸は洗濯用ではなく、レンがわたくしと、息子のために開発した身体を洗うための石鹸なの。もちろん、使い心地も香りも最高よ。わたくしたちだけで使うのは勿体ないと思って持参したのだけど――ムキア、貴女が要らないとおっしゃるなら、貴女の分はわたくしが使わせて貰うわ」
クラウディアの勝ち誇った顔に、よほど凄い石鹸に違いないと思い、ムキアは『しまった』と言う顔をした。
それほどの石鹸が世に出回り、自分が知らなければ社交界のトップとして恥をかく。それも、自分が使いもせず要らないと言ったとなれば、見る目までも疑われてしまう――だが今をときめくポンペイウスの妻として、過ちを認めるわけにはいかない。
ムキアが言葉に詰まっていると、セルウィリアが助け舟を出した。
「まあ、そうだったのね、クラウディア! ねえ、ムキア。一度試してから決めてもいいじゃない? それにここは浴場よ、試すにはちょうどいい場所だわ。クラウディアもそれでいいわよね? わたくしたちに評価して貰うのが、本当の目的なのでしょう?」
「ええ、セルウィリアがそう言うなら、わたくしはそれで構わないわ」
クラウディアは艶やかに微笑むと、控えていた女奴隷たちに目配せをし、重厚な木箱を開けさせた。中から現れたのは、これまでに見た事のない『粉末の石鹸』である。
「さあ、二人とも。手のひらに少量の水をすくって、この粉末をこすり合わせてみて」
促されるまま、セルウィリアとムキアが半信半疑で差し出された木箱の粉末を手に取り、湯船のお湯を軽く含ませて両手を合わせる。その瞬間、大理石の浴場に驚愕の声が上がった。
「まあ!?」
「な、何これ……!? 凄い泡だわ……!」
セルウィリアが嬉しそうに微笑み、
ムキアの口から思わず素っ頓狂な声が漏れた。
「洗い流してみて、ハーブのいい香りも残ってる筈よ」
2人が石鹸をお湯で流して、匂いを嗅ぐとほのかにハーブの香りがした。
「マートルのいい香りがするわ!」
「わたくしのはローズマリーの香りよ。……さすがクラウディアですね、わたくしたちの好きな香りに合わせて石鹸を作ってくれたのね」
クラウディアは艶やかに微笑みながら、彼女たちの反応を満足げに頷いた。
「お二人とも、お気に召していただけて光栄ですわ。わたくしはこれをオイルマッサージのあとに使っているの。金属のヘラで油を取ると、肌が真っ赤になるでしょ、この石鹸ならヘラで落とさなくても油が落ちるわ」
※
ーーー
この時代、ローマの女性たちはテルマエ(公衆浴場)に赴くと、全身にたっぷりとオリーブオイルを塗りたくることで、毛穴に詰まった肌の汚れを完全に浮かせて落としていた。そして入浴の最後には、ストリジルと呼ばれる湾曲した金属のヘラを使い、その汚れが混ざった油をゴリゴリと強引に肌から削ぎ落としていたのである。肌の弱い女性には苦痛の時間だった。
ーーー
「本当に!?」
「まあ、それは嬉しいわ!」
オイルマッサージは心地よいが、その後の金属ヘラで油を落とす作業が好きな女性はまずいない。
取り巻きのひとりが堪らず声を上げた。
「クラウディア様、それは本当ですか! 金属ヘラを使わなくていいなら、もう肌が真っ赤に腫れあがり、ヒリヒリ痛まなくてすみます!」
クラウディアが満足気に微笑む。
「ええ、本当よ。このあと、オイルマッサージをするのだけど。わたくしの石鹸を少し使ってみる?」
そう言って、クラウディアは自分の石鹸の入った木箱を指した。
ただし──中身はレンに貰った極上のラベンダーではない。持って来たのは爽やかなミントの香り粉石鹸だ。
この時代、ラベンダーは非常に貴重で、それ以上に高価なハーブといえばサフランくらいのものだった。
そのため彼女たちにマートルとローズマリーを渡し、自分はラベンダーの石鹸を使えば、セルウィリアとムキアに対してマウントを取ることになり、余計な嫉妬と反感を買うことになる。そのため比較的安いミントを使い、彼女たちを引き立てる──これもまた、クラウディアの計算された社交術であった。
「クラウディア様、ぜひお願いします!」
「ありがとうございます!」
「クラウディア様、この石鹸を売って頂けませんか!?」
湯船の端から一斉に上がった取り巻きたちの懇願と、激しい羨望の眼差し。目の前で取り巻きたちが理性を失って縋り付く姿を見て、社交界の頂点であるセルウィリアとムキアは、自分たちの分は当然確保してくれるだろうが、これは完全にクラウディアの勢力が、また大きくなるなと警戒の色を浮かべた。




