80 浮浪者の集団
紀元前75年2月。
レン率いる40名と、15台の荷馬車が、ガリア南部を流れるエロー川沿いに作られた街道を北上していた。
アグドの港町を出発して1日目はケッセロ、2日目はピスケナエの街に泊まり、そして3日目の昼、一行は目的の土地へと差し掛かる。
「プッロさん、ここがそうですか?」
「はい。街道から一つ離れた先ほどの村の領域の先。ここからがレン殿の村の領域となります」
「草がぼうぼうですね……」
「村との緩衝地帯でしょう。すぐ隣を開拓すると村人たちが気を悪くします」
レンは『そうですね』と頷き、川沿いの小道を進んだ。
暫くすると、前方に50人近くの集団が見えて来た。
「プッロさん、あの集団は何でしょう。浮浪者ですかね?」
「……どうやら此方の動きが、あちらに筒抜けだったようです。ピスケナエに泊まった時に、誰かが伝えたのかも知れません」
レンは視力強化のスキルを発動し、集団が弓を持っているのを確認した。
「プッロさん。敵は弓を持っています。家来が撃たれてはかないません。私と貴方2人で交渉に向かいましょう」
「え!? 2人だけでですか!」
「大丈夫、貴方の身は私が守ります」
そう言って、レンは腰の二本の剣を軽く叩くと歩き出した。已む無くプッロも付いて行く。
20mほどの距離まで近づいたところで、浮浪者の集団は一斉に足を止め、弓を構えてレンを威嚇した。
そしてボスらしき男が前に出て、10mほど先のところまで歩みよった。
「お前らがここに村を作ろうって連中か!?」
プッロはレンの顔を見たあと、ボスに叫んだ。
「そうだこの方はレン殿! アグド都市議会の許可を得て、この辺り一帯に新たな村を建設されることになった!」
プッロが声を張り上げると、浮浪者たちの間にざわめきが広がった。しかし、先頭に立つボスらしき男は悠然と鼻を鳴らした。
「フン、アグド都市議会か何だか知らねえが、ここらは俺たちが代々住んでるんだ。村を作りたいなら、もっと奥にいきな」
「レン殿、いかがされますか?」
プッロが小声で訊ねると、レンは一歩前に出た。
「お前がこの集団のボスか? どうせ奥にも他の浮浪者が住んでるんじゃないのか?」
「さあ、俺たちは知らねえなぁ」
ボスのすぼめた言葉に、周囲の浮浪者たちがゲラゲラと下品に笑う。彼らの嘲笑が響く中、レンは静かに二刀に手をかけた。
「ほう、やる気か」
ボスがギラリと目を光らせ、男たちが弓を握る弦を引く指に力を込める。
「お前たちを倒すのに剣など必要ない。プッロさん、すいませんがこの剣を持っていてください」
「レン殿!?」
そう言ってレンは鞘ごと帯から外して、プッロに無理やり剣を渡した。
「お前、本気で俺たちに丸腰で勝てると思っているのか?」
「ああ、思ってるさ。今から俺がお前たちのボスだ。今のボスは必要ない。一騎打ちに応じるなら、命は取らない。だが集団で来るならお前にはボスとしての責任を取って死んで貰う」
そこでレンは、ボスの背後にいる浮浪者たちに鋭い視線を向けた。
「お前たちはどう思う! 丸腰の相手にビビって、剣を持ったボスが一騎打ちを断る。そんな腰抜けがボスでもいいのか! そんな雑魚がお前たちのボスに本当に相応しいと思っているのか!?」
レンの言葉に浮浪者たちに動揺が走る。だがボスは浮浪者たちを喝を入れるかのように叫んだ。
「うるせぇー! 誰がお前の口車になんて乗るか! みんなコイツを殺せぇぇぇ!!」
ボスが命じた直後、レンはスキルを発動させ、一瞬で距離を詰める。
「――ホァチャァッ!!」
レンの怪鳥音とともにボスの喉元に強烈なアッパーカットが炸裂した。
ドガァァァンッ!!
ボスの体は強烈な衝撃を受け止めきれず、10m後方の手下たちに向かって宙を舞った。
「「うぉっ!?」」
「ぼ、ボスしっかりしてください。ボス――し、死んでる!!」
ドミノ倒しになった手下たちがパニックに陥る中、レンは最期通告を突きつける。
「俺の強さが分かっただろ! さあ、選べ! 俺をボスと認めるか、この地から出ていくか!」
レンの冷徹な二択が響き渡る。
その瞬間、ボスの取り巻きだった4人の幹部は恐怖のあまり悲鳴を上げ『俺は出て行く』と、脱兎のごとく逃げだした。
ボスを認めないヤツがボスになれば、これまで散々こき使ってきた下の者たちに逆襲される。立場が逆転し、自分たちが最下層に置かれることは目に見えていた。そのため『今のうちに女と子供を連れて別の集団に行くのがベストだ』と、考えての行動だった。
その背に釣られた7人もただ単純にボスが殺された恐怖で『俺も出て行く!』と逃げ出した。
残ったのは37人の男たちだった。
彼らは自分たちが幹部に付いて行っても間違いなく苦労すると分かっていた。行けば食料に困る、ここに残った方がよいと考えたのだ。
集団のひとりが、レンに訊ねた。
「あんたに従えば、命の保障はあるのか? 拠点には俺たちの妻や子供もいる。手をださないと保障してくれるか?」
レンは笑顔で頷く。
「俺はお前たちを自分の民にするつもりだ。俺は自分の民には手を出さないし、決して飢えさせたりもしない。俺が守ってやる!」
「本当か?」
「ああ。ちゃんと働く者には、今よりもずっといい暮らしをさせてやろう」
「いい暮らし?」
「ああ、俺はここに村を作る許可を得ている。だから森ではなく、平野部に村の中心を作る。これからは隠れて農作物を作るんじゃなく、一等地に堂々と田畑を作るんだ。そして時間はかかるが交易をし、村を大きな街にする。その頃には、お前達は自分の部下を持って、もっといい生活が出来るようになっているだろう」
レンの語る未来のビジョンに男たちは目を見張った。普通なら難しい話だ。だがこの男の圧倒的な力なら成し遂げるかも知れないと思った。
「分かった、俺はあんたに従う」
「俺も従う!」
「今日からあんたが俺達のボスだ!」
男たちが次々にレンをボスだと認め、武器を収めていく。
「よし。じゃあ、この周辺に村を作るのにいい場所はあるか? やがて街にするんだから、大きく開けた場所がいい」
「……それだと、ここからもう少し歩いた場所ですね。近くに大きな川もありますし」
「大きな川か、それは都合がいい。プッロさん」
レンが振り返るとプッロは預かった二刀を持ったまま、まだ放心したように固まっていた。
「あ、ああ、レン殿、今のボスを倒したあの一撃は一体……」
「ちょっとした格闘術ですよ」
レンは平然と笑うと、プッロから剣を受け取り、後方に待機させていた40人の先発隊に向かって大きく手を振った。
「お~い。みんな、こっちに来い! この者たちは俺の家来になったぞ」
その瞬間、40人から『さすがレン様だ!』と歓声が上がった。
レンは浮浪者の方に振り返る。
「……お前たちのうち、三人は村の中心を作る予定の場所に先発隊を案内しろ。残りは俺を拠点へ連れていけ。山奥で自分たちで武器を作っているんだろ? ぜひ見てみたい」
男たちは畏まって慌てて頷き、道の先を指さした。
「拠点はこっちです! 案内します!」
案内役を買って出た男と共に、レンが歩き出した。そのすぐ後ろを他の浮浪者たちが付いて行く。
一方、プッロとリクトスたち40人は、村の中心地を検分するため別の案内役に連れられ別の進路を取った。
レンは37名の男たちとともに、険しい山道を一時間ほど歩き続けた。
やがて、うっそうとした木々の合間から彼らの拠点が姿を現す。それは森の険しい崖を天然の防壁として利用した、紛れもない要塞だった。もし多少の軍が攻めてきても、十分に籠城して対抗できるよう、極めて堅牢な場所に築かれていた。
砦に残っていた女子供が、男たちの帰還に気づいて一斉に駆け寄ってくる。その数、およそ八十人。しかし、その無邪気な子供たちの後ろで、大人の女性たちはレンの姿を認めると、強い警戒の表情を浮かべた。
「ブレンヌス、その連れて来た男があたいの旦那を殺したって本当かい?」
一人の女性が鋭い声を上げる。
案内役のブレンヌスは一瞬言葉に詰まったが、覚悟を決めたようにレンを見上げ、彼女たちに向かって告げた。
「……ボスは本当に死んだ。今日から、この方が俺たちの新しい頭領だ」
女たちは一斉に息を呑んだ。
子供を後ろへ押しやりながら、レンを警戒する視線が幾つも向けられる。
元頭領の妻らしき女は、信じられないものを見るように目を見開き、震える声で男たちに詰め寄った。
「……本当に、死んだのかい? あの力自慢のトモリリウスが……」
ざわめきが広がり、泣き出す子供を抱きしめる母親の姿があちこちに見えた。
男たちは誰も目を合わせようとせず、ただ黙って頷いた。
その仕草だけで、女たちは状況を理解した。
レンがボスの妻に近寄る。
「なぜお前は逃げなかった? ボスの妻なら先に逃げ帰ったヤツらと逃げる時間は十分にあっただろ」
「アイツらはボスは死んだって言って、自分の家族だけを連れて逃げて行ったよ。追いかけられないようにか、金目の物はそれほど持っていかなかったようだがね」
レンはため息をついた。
(逃げてくれた方が嬉しかったんだけどね)
ボスの妻は既に覚悟を決めている目だった。
反抗はできない。
男たちが従った以上、ここで逆らえば子供たちが確実に死ぬ。自分たちに温情をくれる、僅かな可能性にかけるしかない。
レンが女に声を掛ける。
「前のボスの女と子供たちだ。俺に恨みがあるだろう。俺をボスと認めたくないなら、別の村に送り届け、当分の生活費として500デナリウス与えよう。もし残りたいなら恨みを忘れ忠誠を誓え」
(頼むから出て行ってくれ!)
女は奇跡が起きたと、目を見開いてレンをじっと見た。母親としての必死の決意が混ざり合った目で、震える声を絞り出す。
「……別の村に送られたところで、女子供がどうなるかくらい分かっているさ。あの人が死んだってんなら、あたしたちには従う道しか残っちゃいない。この子たちには決して恨みを抱かせはしない。あたしはあんたに忠誠を誓うよ」
(金を出すって言ってるのに残るのかよ!)
「そ、そうか。なら俺の家臣になった以上、安全は保障する。決して子供たちも飢えさせない。ただし、犯罪や裏切り行為を犯せば別だ。わかったな」
「わかったよ」
「よし、じゃあ次は、お前たちの自慢の鍛冶場を案内してもらおうか。ここで作っている武器と、鉄の供給源をこの目で確かめたい」
レンがそう告げると、ブレンヌスは
「は、はい! 分かりました。こちらです、付いてきてください!」
と、緊張した面持ちで慌てて砦の奥へと歩き出した。
ブレンヌスと普段は工房の作業を手伝っている男6人を連れて、岩肌をくり抜いたような砦の通路を進む。やがて奥の方から、カーン、カーンと重々しい槌の音と、肌を焼くような猛烈な熱気が伝わってきた。
開けた空間に出ると、そこには赤々と燃え盛る炉が据えられていた。
男たちがレンを撃退に出ていた間も、職人たちは作業を止めていなかった。煤で顔を真っ黒にした頑固そうな老鍛冶師が一人、そして火床にふいごで風を送り、鉄を抑えている助手の若者が3人、黙々と鉄を叩いている。
レンたちの姿を認めると、老鍛冶師が重い槌を叩きつけるように作業台へ置き、鋭い眼光でレンを睨み据えた。
「ブレンヌス、そいつは誰だ? ここには職人以外入るなと言ってあっただろ!」
「ワクスさん、滅多なことを言うな! この方は俺たちの新しいボスだ。アグドに正式に認められた、この地の新しい長なんだよ」
ブレンヌスはワクスを刺激しないよう、必死に声を潜めながら慌てて首を振った。だが、新しい支配者の登場に対しても、老鍛冶師ワクスは眉一つ動かさず、ただ鼻を鳴らしただけだった。
ワクスは不機嫌そうに鼻を鳴らし、レンを値踏みするように足元から顔まで見上げた。
「アグドだか何だか知らねえが、おれらにとっちゃ上の顔が変わるだけの話だ。トモリリウスは『外の連中に売る槍や剣を、とにかく早くたくさん作れ』と言いやがった。……新しいボスは、俺らに何を叩けって命令するんだ?」
職人気質のワクスにとって、誰が支配者になろうがどうでもいい。ただ、自分の技術がどう扱われるかだけが重要だった。
レンは無言のまま炉へ歩み寄り、作業台に無造作に置かれていた打ち出し途中の鉄剣を一本手に取った。ずっしりとした重み。刃の厚みは均一で、表面は不純物を叩き出して鍛えた紋が美しく浮かんでいる。
「……良い鉄だ。炭の使い方も、焼き入れの見極めも素晴らしい。アグドの並の兵が持っているローマ製の剣より、よほど強靭に鍛えられている」
レンは鍛冶スキルをAIから一万デナリウスで購入していた。その知識を、さも俺は鍛冶に詳しいぞと言わんばかりに披露した。
ワクスは意外そうに眉をわずかに動かした。
「ほう、新しいボス様は鉄の目利きもできるってわけかい」
「これだけの腕があれば、安い武器や道具を叩かせるのは宝の持ち腐れだ」
レンは剣を台に戻し、ワクスを真っ直ぐに見据えた。
「ワクス。お前たちにまず作ってもらいたいのは武器じゃない。この荒れ地を切り開くための『最高の農具』だ。頑丈な鍬や鎌、それから硬い土を深く耕せる大きな犁の刃だ」
「農具だと……?」
ワクスだけでなく、ふいごを押さえていた三人の助手たちも手を止め、呆気に取られたようにレンを見た。
「そうだ。私はここに村を作り、やがて街に成長させる。そのためにはまず、人を飢えさせないための豊かな畑が必要だ。それと無駄な労働を無くすこと――」
レンは作業場の隅で若者たちが必死に引いている巨大な手動ふいごに視線を向けた。
「あれを引くのに、毎日何人でどれだけの時間を費やしている?」
「ふん、大人二人がかりで一日中さ。交代しながら引かなきゃ炉の温度が保てねえ。鉄を叩くのと同じくらい、こいつは重労働なんだ。鉄の目利きは出来ても、そんなことも知らねえのか?」
ワクスが見下したように答えると、レンはニヤリと不敵に笑った。
(知ってるわ、このボケ!)
「なら、その苦労を終わらせてやる。私は水車を使って、人の力を一切使わずに、あの巨大なふいごを昼夜問わず自動で動かし続ける仕組みを作れる。お前たちはただ、目の前の鉄を叩くことだけに集中すればいい」
(水車を使った製材機と同じクランク式を使えばいい。あれをふいごに応用すれば多分簡単に作れる。もし、難しかったらまたクラッススに最新技術だって売りつけて、鍛冶職人と石切職人に『こんな感じ』だって言って作らせればいいだけだ。クックック)
ワクスは呆然と呟いた。
「水車で……ふいごを動かす……?」
ワクスはレンの言葉の意味を掴めなかった。水車といえば穀物を挽くものという常識しかなかったからだ。しかし、レンの目には迷いがなく、すでに頭の中で自動化された新しい鍛冶工房の図面が完成しているかのような態度だった。
「そうだな……。まず水車小屋を作らないといけないし、その隣に鍛冶場を作るから……早ければ3ヶ月、遅くても半年くらいで作れるだろう。どうだ私の下で、最高の鉄を叩く気はあるか?」
老鍛冶師はしばらく沈黙し、赤々と燃える炉の炎とレンの顔を交互に見た。
やがて、その煤けた顔に楽しげな笑みを浮かべた。
「……水車でふいごを動かす、か。面白い。儂ら職人にとっちゃ天国みたいな話だ。いいだろう、ボス。あんたが儂らのことを考えてくれる良いボスだってことは分かった。思う存分、儂らの力を使ってくれ」
ワクスが重い槌を握り直す。
レンは満足そうに頷き、案内役のブレンヌスへ向き直った。
「よし。次は村の中心となる川沿いの候補地へ向かい、みんなと合流するぞ。他の者たちにも、村作りを手伝ってもらう、案内しろ」
「は、はい! 喜んで!」
ブレンヌスは今や畏怖と深い尊敬を抱きながら力強く頭を下げた。
こうしてレンは、アグドの都市議会が被害を恐れて手を出さなかった浮浪者たちの要塞を、たった一人を倒すだけで、完全に掌握した。




