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79 信頼できる家臣を求めて

紀元前75年2月。

レンはセルギウスとリクトスを連れ、ローマにある奴隷商の集まる市場を訪れた。


そこでレンは露店の店主たちに声をかけ『そこそこ丈夫で、16歳から25歳くらいの男。それとバカじゃないヤツが欲しい』と条件を出し、紹介された奴隷と面接をして、自分と同じ天涯孤独で身寄りの無い奴隷を選んで20人を購入した。


購入後、レンは奴隷たちを市場の広場の端に集めた。


「もう一度自己紹介をしておこう。私の名前はレン。お前たちの新しい主人だ!」


怯えの混じる若者たちの目を、レンは一人ずつ見つめ返す。


「ここに集まった諸君は、食事と住まいをきちんと与えれば、俺が襲われた時は、その手に剣を取って戦えると約束した。――そうだな!」


「「は、はい!」」


「声が小さい。そうだな!!」


「「はい!!」」


鞭で打たれることを恐れ、若者たちは一斉に張り詰めた声を上げた。


「私の隣にいるのは、義兄弟のセルギウスとリクトスだ。あともう一人、ここにはいないが、拠点にタルトという義兄弟がいる」


若者たちが緊張した面持ちで頷く。


「私の勢力は今、私と義兄弟3人、そして私たちの嫁を合わせて8人だけだ。だから俺はもっと人を集めたい。諸君らには、これから俺の家来になってもらう。そして、ゆくゆくは俺の側近に成長して貰いたい!」


若者たちは互いに顔を見合わせた。


この時代、特技のある奴隷に重要な仕事を任せ、側近にすると言うのは珍しくない。会計士、家庭教師、ギリシャ人医師、農場や工場の管理者など様々な分野で奴隷を使っていた。それは彼らが裏切った場合、簡単に処刑できるからだ。


だが中には、キケロの奴隷秘書のティロのように、速記法を発明して最高の相棒と評価され、奴隷から解放される者もいた。ティロは解放後もキケロに仕え、歴史に名を残した人物だ。


「あの……ご主人様。ご主人様は、一体何者なのですか?」


レンはニヤリと笑う。


「私はガリア南部の港都市アグドの近くに、自分の村を開拓する許可を得た者だ! 諸君らには、俺がこれから作る村の『自警団』の主軸となってもらう」


奴隷たちは驚いた。

元剣闘士が奴隷のまま護衛になる事はよくあるが、こんなに大勢の奴隷に武器を持たせるなど聞いた事がない。


「だが、現実は厳しい。現在、私の村の建設予定地には税も納めず土地を不法占拠している浮浪者たちが大勢いる。彼らを従え、又は追い払う必要があるのだ。――だが、安心しろ。浮浪者との戦いは俺一人で十分だ。俺はかつて剣闘士として名を馳せたガリアの英雄レンだからな。俺の名に聞き覚えのある者はいるか!?」


若者たちは、にわかには信じられないといった様子で互いに顔を見合わせた。


「俺、知ってます! 数カ月前、ローマの闘技場で王者セウテスを破り、剣闘士の頂点に立った……あの『レン』でしょうか?」


「そうだ。それが私だ!」


奴隷たちは驚くとともに恐怖した。

最強の剣闘士が主人になったのだ。機嫌を損なえば殺されかねない。


「この私なら、浮浪者たちをひれ伏せさせるなど造作もないことだ。だが、野蛮な辺境だ。時には山賊が襲ってくることもあるだろう。だからこそ俺は、いつ裏切るかもしらない奴隷ではなく、俺に忠誠を誓い、命を賭けてくれる者が欲しい! 俺に付いて来たい者だけを、ガリアへと連れて行く!」


若者たちの間に、困惑のざわめきが起こった。


「それは……私たちが行きたくないと言えば、ガリアには行かなくても良い……ということですか?」


「その通りだ! さらに今から諸君らには、一年分の賃金として百デナリウスを前払いで与える!! さらにガリアにくれば、来年には最低300デナリウスの賃金を約束しよう!」


「っ!! ど、奴隷に……賃金を!?」

「小遣いやチップではなく!?」

「そんな話、聞いたこともない!」


どよめきは波のように広がっていく。レンはそれを制するように、さらに言葉を重ねた。


「まだある! 本日ただいまを以って、諸君らの奴隷としての身分を解く! 自由の身となった上で、三日後、俺の家臣として付いてくる覚悟のある者はオスティアの港へ来い! 来ない者は、新しい主人を見つけるなり、ローマで生きるなり、好きにしろ!!」


奴隷たちが意味が分からないと互いの顔を見合わす。

奴隷の一人が勇気を持って一歩前に出た。


「ですが……! 自由だと言われても、俺たちにはそれを証明することができません。あとで『逃亡奴隷だ』と言われ、鞭で打たれるのでは!?」


他の奴隷もその言葉に頷いた。


レンはニヤリと笑って広場を見渡すと、まわりで買い物をしていた大勢のローマ市民や商人たちに向かって、朗々と声を張り上げた。


「みんな聞いてくれ! 今日、私レンは、ここにいる奴隷たち20人を買い取った! だが! 私にいつ裏切るか分からないような奴隷は必要ない! 必要なのは私の家臣として生きたい、真の忠臣だ! よって彼らを今日ここで、奴隷の身分から解放する!! みんなには証人になって貰いたい!」


その瞬間、周囲の客たちは色めき立った。


『信じられん!』

『アイツはバカか!』

『奴隷を買って、すぐに解放するだと!?』

『いったいなんの冗談だ?』


驚愕と嘲笑の視線がレンに突き刺さる。


これだけの人数が目撃者となれば、彼らがレンの許可により自由になったことは紛れもない事実となる。貴族の奴隷のように法務官を通した正式な手続きをしない、略式解放だ。


略式解放は正式でないため、あとで主人が違うと言い逃れすることがある。だが、これだけの人を前に公言すれば取り消しなど不可能だった。


レンは若者たちに向き直った。


「今から、自由を与えると私が書いた証明の紙と、100デナリウスを渡す! 3日後、俺に仕えたい者はオスティアの港に来い!」


その瞬間、奴隷の若者たちはレンが本気だとしり狂喜した。


「3日後、なんて必要ない! 俺は今すぐにでもレン様の家臣になりたい!」

「俺もだ!」

「俺も、自由をくれたあんたに付いていく!」

「俺も!」


どよめき立つ若者たちを、レンは手を上げて制する。


「ダメだ。俺は約束を守る男だ。3日後に来い。頭を冷やせば気が変わるかも知れない。だから、命がけて成り上がりたい者だけが来い。しかし、これだけは言っておく。俺に付いてくれば夢を見させてやる! 俺とともに大きく成り上がろう!」

「「おおおおーー!!!!」」



ーーーーー

3日後、オスティアの港。


レンとセルギウス、リクトスが港に足を運ぶと、レンが乗船する予定の船の前には、100人ほどの男たちが集まっていた。


「なんであんなに大勢の人間が群がってるんだ? 船員にしては多すぎるだろ」


リクトス、セルギウスが頷く。


「ホント邪魔だね。なにも俺らの船の前じゃなく、別のとこに集まればいいのに」

「そうだな……」


3人が不思議そうに首を傾げながら近づくと、人だかりの中から13人の若い男たちが駆けてきた。いずれも3日前にレンが解放した奴隷たちだった。


「レン様! 俺たち、レン様にお仕えしたく駆けつけました! 本日より、よろしくお願いいたします!」


レンが先頭に立つ若者に声を掛ける。


「うん、よろしく頼む。――君の名は?」


「アレスと言います!」


「アレス、それで……何人残った?」


「13人です! 他の7人は、この三日の間に考え直したようです!」


「分かった。他の者の名は船の中で聞こう。俺は名前を覚えるのが苦手だからな、まだ全員の顔と名は覚えていないんだ」

「はい」

「では、乗船しよう」


レンが足を動かそうとすると、アレスが慌てて遮った。


「お待ちください! 実はあそこにいる者たちも、レン様にお仕えしたいと参った者たちです!」


「は? どういうこと?」


レンが眉をひそめて船の前の集団を見た。


「ローマの広場でレン様の奴隷解放の宣言を聞いた客や商人たちが、街中に噂を流したのです」


「俺が凄い奴だって?」


レンは心の中で(参ったな〜。まあ、俺が凄いのは事実だけどね!)と苦笑した。


「いいえ……『とんでもない大馬鹿者がいた』と」


「はあ!?」


『奴隷を買った直後に金を渡して解放するなんて正気じゃない、イカれてる』って広めたらしいです」


「うっ……」


思わぬ言葉にレンは絶句した。


(ふざけんな! そんな言い方したら俺の評判が下がるだろ! 物事は全部伝えろよ。都合の良い所だけ掻い摘むな!)


アレスは続ける。


「多くの者はその言葉に同意して笑ったようですが――彼らは、逆にそれをチャンスと受け取ったのです。レン様に付いて行けば、自分たちも出世できると」


「ほう! 見る目があるじゃないか!」

(そうだよ、そう言う機に敏感なヤツが世の中勝つんだよ!)


だがその時、セルギウスが横からレンの肩に手を置いた。


「レン様、人が増えるのはありがたい。だが、あれだけの人数を船に乗せられない。組合から借りた船の大きさでは、詰め込んでも40人が限界だ。ここは振るいにかけるしかない」


すぐ近くでレンたちのやり取りを聞いていた集団のひとりが、その言葉を聞いた瞬間に叫んだ。


「レン様、どうか俺を連れて行ってください! 俺は必ず役に立ちます!」


「おい、何を抜け駆けしてるんだ! 俺の方がもっと役に立ちますぜ! どうか俺を連れて行ってくだせえ!」


「オラの方がもっと役に立つだ! オラは戦にだってビビらねえ!」


口々に叫び始め、暴走しそうな集団の雰囲気に、レンは即座に片手を高く上げて彼らを制した。


「みんな聞け!!」


ピタリと静まった集団を鋭い視線で見渡し、レンは凛とした声で告げる。


「みんなが俺に仕えたいと言ってくれる気持ちは嬉しい! だが――先に約束したこの十三人と同じ待遇で迎えるわけにはいかない! 初年度の賃金は五十デナリウス、二年目以降は活躍の程度を見て決める! それでもいいか!」


「「おお!」」


集団から歓声があがる。


「もちろん構わない! 俺はどこまでも付いて行く!」

「「俺もだ!!」」


皆の覚悟の決まった返答に、レンは満足そうに頷いた。


「よし、分かった! だが、全員を一度に乗せるだけの余裕はこの船には無い!」


その言葉に、群衆の全員が息を呑んだ。先程セルギウスの言った通り、ここで振るいに掛けられ、置いていかれることを覚悟した。

だが、レンの口から出たのは彼らの予想を超える言葉だった。


「だが、心配するな! 俺は俺の家臣を絶対に見捨てない! 今から、お前たちは全員、俺の家臣だ! 全員をガリアへ連れて行くぞ!!」


「「「うおおおおおおおっ!!」」」


港中を震わせるほどの、地響きのような歓喜の咆哮が巻き起こった。


レンはその熱狂の渦中、隣に立つセルギウスの方へ振り返った。


「セルギウス、悪いがここに残って、商人組合(コレギウム)と交渉して別の船を都合してくれ。彼らを全員、アグドまで届けてほしい。数は力だ」


レンの決断にセルギウスは満足げに頷いた。

「分かった。任せておけ」


「アレス、お前は機転が利きそうだ。お前もここに残ってセルギウスを補佐しろ」


「――はい! 分かりました!」


アレスはレンに認められた感激で目を輝かせ、力強く己の胸を叩いた。



ーーーーーーー

一週間後。


どんよりとした曇り空から、冷たい海風が吹き付けるガリア南部のアグドの波止場に、レンたちを乗せた船――先発隊の30人が降り立った。


荷の積み下ろしを進めていると、防寒用のウールの厚手のマントに長袖のチュニックを着た男が、数人の護衛を連れてこちらへ歩み寄って来た。


彼はアグド都市議会から土地の引き渡し役として派遣された、退役軍人の議員トカティウスである。


「お前がレンか? 私はアグド都市議会の議員トカティウスだ。クラウディア様からの連絡では十名程度だと聞いていたが……ずいぶんと人が多いな」


冷たい風にマントを揺らしながらトカティウスは鋭い目でレンの背後の集団を見渡した。


「はい、私がレンです。……予定が変わりまして、まだあと60人ほど後から到着いたします。ご迷惑でなければ、予定通り土地の確認をお願いします」


レンは家臣の手前、強気に出たかったが気持ちを抑えペコペコと頭を下げた。

今はまだローマ市民権もなく、ここで地元の有力者と揉めるのは得策ではないと判断したのだ。


トカティウスは短く息を吐き、海風に揺れるトガを押さえ直した。


「……なるほど。思ったより多いが、扱えない数ではない。クラウディア様のご依頼とあらば、我々も協力しよう」


声は丁寧だが、どこか探るような響きがある。

アグド議会は、レンが“使える男かどうか”を見極めているのだ。


「では、村の候補地なのだが、候補地は二つある」


トカティウスは指を二本立てた。


「一つは、街道沿いの小さな区画だ。浮浪者や乞食もいるが、水場も近い。村を建てるには手狭だが安全だ」


レンが眉を寄せる。


「小さいのですか?」


「仕方あるまい。良い場所には当然、有力者が村を作っている。空いている土地などそうそうあるものではない」


トカティウスは続ける。


「もう一つは……エロー川を北にさかのぼった都市の領域の境目だ。商人の荷馬車で2日の距離にある。だがここは少し事情があってな。広く、土地の質も悪くない。だが、そこには税も納めず勝手に住み着いている連中が根城を構えている。山賊と呼ぶほどではないが、自分たちで食い扶持を自作し、税も払わぬ連中だ。武器も持っていて、森の奥に砦を築いているため手を出せば確実に被害が出る」


護衛たちがわずかに表情を曇らせる。

アグド議会が自分たちで処理できない“厄介な連中”であることが伝わる。


「さあレン。小さい土地と大きな土地、どちらを選ぶ? 議会はどちらでもよいぞ?」


「決める前に、その大きな方の土地のことをもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?」


トカティウスはニヤリと笑い『よかろう』と続ける。


「その土地はクラウディア様の希望された大きな森があり、そこに連中の拠点があるのだ。森では鉄が取れるらしく、鍛冶師がいるのか自分たちで武器を作っている。恐らく有能な頭目がいるのだろうな。近隣の村には鉄の道具を安く売り、反感を抑えている。そのため討伐依頼は来ていない」


(ほう! ってことは鍛冶場があるってことだな!)


「決めました! その大きな土地を頂きます!」


「よいのか? ここだけの話、100人を優に超える集団で、武装した男も50人ほどいると聞くぞ?」


トカティウスは声を落とした。

脅すつもりはない。ただ、事実を伝えているだけだ。


「大丈夫です。ですが、なぜ都市は討伐しないのですか?」


「これは頭の痛い問題でな。都市として兵を出すには理由がいる。あいつらは税を払わぬ不法占拠者だが、街道を襲うわけでもない。倒しても得るより失うものが多い。だから放置している。そう言った連中が占拠している場所は実は他にも数カ所あるのだ……。レン、本当にいいのか?」


「はい。問題ありません。むしろ鉄があるなら好都合です」


トカティウスは目を細めた。

この若者が“本気でやる気だ”と理解した。


「……そうか。なら私の手の者に案内させよう」


トカティウスが顎をしゃくると、隣に立つ護衛が前に出た。


「私はプッロと申します。目的地まではどうされますか? 荷物がないなら、2、3日で着きますが荷が多いと、6日ほどかかります。荷馬車を都市で借りて荷を載せますか? それだと2、3日で着きますが」


レンは即座に頷いた。

「荷馬車を借ります!!」


だが、リクトスが慌てて手を挙げる。


「レン、待って! 今後も村を大きくするんでしょ? だったら、荷馬車は借りるんじゃなくて買った方がいいと思うんだ!」


レンは目を丸くした。


「おおっ! リクトスにしては珍しく機転が利くじゃないか!」


「ふふん。俺だってたまには役に立たないとね!」


「たまにかよ!」


レンとリクトスが笑い、場の空気が和らぐ。


レンはプッロの案内で都市で荷馬車を15台購入し、30日分の食料、医療品など必要品を買って翌朝、都市を出発した。

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