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76 レン村?

クラウディアは長椅子の上で姿勢を正し、教育係のような真面目な顔つきになった。


「『同盟都市』、『自由都市』、『貢納都市』ですか……」


(名前から、なんとなく意味は分かるな)


レンがそう言うと、クラウディアは指を一本立てた。


「一つ目は『同盟都市』よ。

この都市はローマと対等、もしくはそれに準じる正式な条約を結んだ都市なの。

ローマへの税は完全に免除されているけれど、その代わりにローマが戦争を始めた時は兵を出す義務があるわ。

都市の内政はローマが口を挟まず、元からその都市を治めていた支配者や地元の有力者がそのまま行うの」


レンがふと疑問を口にする。


「あれ? なら、都市に支配者はいるってことですよね? それなら、ローマの貴族も、戦争に勝って新しく支配した都市をローマに貰って、一族を現地に送れば支配者になれるのでは?」


クラウディアは即座に首を横に振った。


「レン、新たな都市を個人が“所有”することは許されていないわ。

だからローマの支配下に置かれた都市は、すべてローマ共和国のものになるの。こうした都市は『貢納都市』と呼ばれ、税や軍事、裁判の大事な部分はローマから送られた総督が決めるのだけれど──

都市の日々の政治や内政は、地元の有力者(デクーリオ)や都市議会(オルドー)が担うのよ」


「将軍が都市を貰えない? なら戦争に勝った将軍には、なんのメリットがあるのですか?」


クラウディアは軽く肩をすくめた。


「レン、まずローマに“将軍”という役職はないわ。

軍を率いることができるのは、軍事指揮権──インペリウムを持つ官職者だけなの。だから遠征軍の指揮官は“将軍”ではなく、その官職名で呼ばれるわ」


「なるほど、そうだったのですね……」


クラウディアは続けて、レンの疑問に答えた。


「指揮官が戦争に勝った時のメリットはね、戦場で得た略奪品よ。

一部をローマに納め、残りを兵や部下たちに配分すれば、最後に残ったものが指揮官自身の利益になるの」


「略奪品ですか……」


クラウディアはさらに言葉を続けた。


「そして最大のメリットは──その戦争で得た土地の属州総督に任命されることよ。必ず任命される訳じゃないけど、属州総督になれば、都市の税から軍事、裁判の最終判断まで、ローマが都市に課す“上からの支配”をすべて握れるの。

……ここまで言えば、総督になった指揮官がどうやって利益を得るか想像できるでしょ?」


レンは一瞬黙り、そして小さく息を呑んだ。


(近世の植民地の総督みたいなもんだな。中央の目が届かないのをいいことに、現地でやりたい放題して私腹を肥やす……)


「匙加減は総督次第と言うことですね……」


クラウディアは静かに頷いた。


「あとは、戦争で服属した都市の多くが庇護を求め、ローマ軍の指揮官や副将にパトロンになって欲しいと頼むことよ。パトロンになれば、見返りとして毎年都市からお金を得ることが出来るわ」


「なるほど、クラウディア様の御先祖様も、そうやって戦争でパトロンになられたのですね」


クラウディアは軽く首を振った。


「いいえ、違うわ。わたくしの場合は、御先祖様が元老院で力を持ってた時期に、都市の方からパトロンになって欲しいと頼んできたのよ」


「そうなのですか」


「レン、誤解しているみたいだけど、都市が持つパトロンは一人とは限らないわ。状況によっては、十人以上のパトロンを抱えることもあるの」


「じゅ、十人……!?」


クラウディアは静かに頷いた。


「そうよ。パトロンは都市に問題が起きた時に、ローマと都市の間に立って、交渉を有利にする役目を担うの。だからパトロンは一人より、複数人いた方が都市にとっても安全でしょ? もし、パトロンが落ちぶれて影響力を失ったら、退場して貰えばいいだけだし」


「……た、確かに……」


(何人もパトロンがいるんじゃ、支配しているとは言えないな)


「ではローマ貴族は、都市のパトロンから外されたら収入がなくなって困りますよね。弱小の貴族は『パトロンになってやる』と自分から都市に売り込むのでしょうか?」


クラウディアは呆れたように首を振った。


「レン、そんなことをして断られたら貴族は面目を失うわ」


「あっ……」


「それにね、わたくしたちローマ貴族は、パトロンをしなくてもまったく困らないの。貴族や騎士階級の本当の収入源は、各地のローマ属州にある農園からの農業収入や、鉱山や採石場の利権、属州の徴税業者への出資なのよ。

パトロンとして都市から得るお金は、あくまで“副収入”にすぎないわ」


レンは『なるほど』と頷いた。


「……ところで、今言われた『属州の徴税業者への投資』ってなんですか? 意味が分かりません」


クラウディアは静かに頷き、言葉を継いだ。


「まず属州では、総督が税額を決めたあとに、実際に税を回収するのは民間の徴税請負人──パブリカニと呼ばれる商人たちなの」

「バブル、カニ?」

「いいえ、パブリカニよ。彼らはローマに『前払い』で税額を納めて、その後に属州の都市や農民から税を集めて利益を出すの」


レンは目を瞬いた。


「民間の商人が税を集める?」


クラウディアは落ち着いた声で説明を続ける。


「そうよ。例えばローマに百万デナリウスを前払いして税を回収する徴税権を買い取るの。

それから属州で百二十万、百五十万と税を集めれば、その差額が彼らの利益になるの」


「ちょっと待ってください。そんな事したら、民衆が『税額と違う!』って普通は怒りませんか?」


「そうね。でも彼らは私兵を使って、手数料や、輸送費、利息だと適当に理由を付けて民からむしり取るの。それに時には、総督が税額を100と決めても、『そんなに回収できるか分からない、前払いで80渡すからそれでいいだろ?』って交渉するのよ」


(ヤクザかよ!)


「その徴税会社に出資しているのが――私たちローマの貴族なの」


レンは息を呑んだ。


「つまり……税を集める会社の株主、ということですか?」

(もしくはヤクザとズブズブの企業や政治家だな)


クラウディアは首を傾ける。


「株主はよくわからないけど、徴税請負組合の利益は出資者に分配されるわ。だからローマの貴族や騎士階級は、パトロンになれなくても困らないの。本当の収入源は土地と利権、そして徴税請負組合への投資なのよ」


レンは思わず息を呑んだ。


(……完全に株主じゃないか。しかも倒産の心配がない超優良物件だ! こんなの、金さえあれば絶対に儲かる仕組みじゃないか!! 俺も金と権力を握ったら絶対に出資してやる!)


レンが邪悪な考えに浸っていると、クラウディアはふっと表情を戻した。


「質問がなければ、都市の種類の説明に戻るわね」

「はい、お願いします」


クラウディアは姿勢を正し、指を二本立てた。


「二つ目は『自由都市』よ。ローマに従属してはいるけれど、過去の功績などによって特別に自治権を認められた都市。条件次第では税が軽減されることもあるし、内政は主に現地の有力者や都市議会が担うわ」


「なるほど」


クラウディアは三本目の指を立てる。


「最後の『貢納都市(キウィタス・スティペンディアリア)』は、属州に完全に組み込まれた最も一般的な都市ね。ローマに重い税を納める義務があって、税や軍事、裁判の大事な部分はローマから派遣された属州総督、またはその部下たちが直接行うの」


「分かりました。同盟、自由、貢納の3種類ですね!」


「ええ、それと私がパトロンを務めている、アグドもこの貢納都市にあたるの。場所は分かる?」


レンは首を傾げながら返事する。


「なんとなく?」


「レン、アグドはガリア南部の港を中心に発展した都市よ。ローマとスペインの中間あたりで、船で向かう途中で立ち寄る大きな港でもあるの」


(そう言えばこの時代、ガリア南部の海岸沿いはほとんどローマが支配してるんだよな。まあ、ガリア全体から見たら、まだ2割くらいしか支配できてないけど)


「なるほど。……でも、アグドがクラウディアの支配する都市じゃないなら、そこにルクレティア様を匿うのは無理ですよね?」


レンは肩を落としたが、クラウディアは不敵に微笑んだ。


「無理ではないわ。都市議会には伝手もあるし、アグドの領域──都市が管理する地域には、わたくしの農場がひとつあるの。ただ……農場は父から受け継いだものだから、いずれ叔父上の手の者が調べに来るでしょうね」


「う~ん、それは困りますね。……では、こういうのはどうでしょう? クラウディア様の伝手で、俺がアグドに新しい村を作るというのは?」


「……村を作る?」


「はい。俺が仲間とパキポサの繭を作ってるのはご存知ですよね。自分の村ならパキポサの秘密も、ルクレティア様を匿うことも容易だと思うんです」


「レン、ローマから拠点を移すの?」


「はい。ローマで人を増やして繭を増産すれば、繭がどこの村で作られているか簡単に分かります。せっかく品種改良したパキポサを盗まれたくありません。だからアグドで、人のいない場所を貰って、自分の村を作ればいいかなと思いました」


クラウディアは少しだけ眉を寄せた。


「……レン。辺境でも、人が住んでいない場所なんてほとんどないわよ?」


「え!? そうなんですか?」


「ええ。だけど村を作ることは多分可能よ。アグドの領域の中には、浮浪者や、税を納めず勝手に住み着いている集団が各地にいるわ。

そういう人たちを仲間にするか──都市議会の許可を取って追い払えば、その場所に新しい村を作ることはできるはずよ。貴方なら追い出すのは簡単でしょ?」


(それって武力行使ってことだよな?)


「クラウディア様。その場合……捕まえた者は奴隷として売ってもいいのですか?」


レンはすっかりこの時代になれて、人は平等という観念が抜け落ちていた。


クラウディアが笑う。


「ふふ。レン、彼らを売る必要なんてないわ。むしろ全員、あなたの村の“労働力”として囲い込んでしまいなさい」


「囲い込む? 不法占拠者たちをですか?」


「そうよ。アグドの都市議会(オルドー)には、わたくしの名で

『アグドの領域の未開地を正式に租借し、不法占拠者を排除、あるいは服従させて、新たな産業を興す村を作る』と申請するわ。

彼らにとっても、税を払わない厄介者が消えて、将来的に税を納める拠点ができるのだから、断る理由はないわ」


「なるほど……。ですが、その村にかかる税金はどうなるのですか? 人が増えれば、その分だけ重い税をアグドに毟り取られるのでは?」


クラウディアは笑って首を振った。


「心配いらないわ。未開地の開拓よ?

わたくしが議会と交渉して、“最初の五年間は完全無税”という特権を認めさせてあげる。これはよくある話だから大丈夫よ」


「開拓当初に無税はありがたいですね」


「それに、六年目からの税金も、住人の人数ではなく“与えられた領地の大きさ”に対する定額の契約にさせるの。そうすれば、都市の者が生産力の査定に、毎年村に入って来ることもなくなるわ」


クラウディアは艶やかに微笑み、レンに顔を近づけた。


「あなたがガリア中からどれだけ人を集めて絹を大量生産しても、五年間は丸儲け。六年目以降も、アグドに納める税金ははした金よ。残りの利益は、すべてあなたのものになるわ」


クラウディアは琥珀色の瞳を妖艶に輝かせ、満足げに微笑んだ。パトロンとしての政治的な自分の後ろ盾と、レンの圧倒的な武力。この二つが噛み合えば、ガリアの未開地に合法的な「レンの独立王国(村)」を築くことが可能だと計算していた。


「ありがとうございます。では、子供が産まれ、造船の件がひと段落すればアグドに向かいます。クラウディア様は、アグドに連絡をし、税を納めていない区域を確保しておいてください。できればパキポサの餌となる広葉樹の大きな森が近くにある場所がいいです」


「分かったわ」


(よっしゃー!! これで俺の村ができるぞ! 俺の村って、いい響きだよな、おい! やっぱり名前はレン村か? それとも、前世にちなんでフジタ村がいいかな?)


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