64 イオに報告
レンはグラベル主催の興行を終え、ローマからカプアへの帰還の途についた。
ガタゴトと揺れる馬車の中の狭い空間には、レンと専属奴隷のイオだけが乗っている。
レンが、クラウディアが昨日話した、結婚と妊娠の件を考えていると、イオが心配そうに声をかけてきた。
「旦那様、お疲れ様ではありませんか? 試合の後も、クラウディア様とのお仕事もありましたし……」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと考えごとをしてただけだから」
「そうですか、なら良かったです」
レンが笑顔で応え、イオの頭を撫でると、イオは小動物のような愛らしい笑みを浮かべた。
その濁りのない瞳で見つめられると、アリーナで何人も斬り伏せてきたレンの心が、ふっと柔らかくほどけていく。
(やっぱり……イオが一番落ち着くな)
レンは小さく息をつき、ふと真面目な顔でイオを見た。
カプアに戻れば、次はセウテスとのデスマッチに備え訓練をしなければならない。
だがその前に、安心して修行に励むためにイオに了承を貰っておきたいことがある。
「なぁ、イオ。少し真面目な話があるんだ」
「はい、旦那様?」
イオは小さく首を傾げる。
レンは少し言い淀んだが、意を決して口を開いた。
「実は……クラウディア様に、俺の子供ができたかもしれないんだ」
「えっ……!」
イオは驚愕に目を見開き、いつも従順な彼女が一瞬だけ言葉を失った。
レンは頭を掻きながら続ける。
「驚くのはそれだけじゃない。クラウディア様は、もし本当に子供ができていたら、名門の男を金で雇って形式上の夫にするらしい。それで夫に子供を認知させるって……」
「そんな……。それでも良いのですか、旦那様もクラウディア様も……?」
イオの声音には、驚きと戸惑いが混ざっていた。
レンの子供が、実の父ではなく、見知らぬ他人の子になることに、イオは悲しそうに眉を寄せる。
レンは苦笑し、馬車の天井を仰いだ。
「良くはないけど、今の俺にはどうしようもない。市民権もないし……」
そこまで言って、レンは声のトーンを落とした。
「それに……シルフィウムの栽培をクラウディア様に持ちかけた時、イオも聞いたと思うけど、俺は女神アテナ様の加護を受けてる。そのアテナ様が、正妻はルクレティア様にしろと仰せなんだ」
「アテナ様が……!?」
イオは口元を押さえた。
「シルフィウム栽培の話を持ちかける直前に、ルクレティア様を妻にすると約束しただろ? あれをアテナ様が見ていて、凄く感動されたらしくてさ。もしルクレティア様が別の男と結婚したり、約束を破ったら、神を欺いた罪で二人の命を奪うっていう“まじない”を掛けたんだ」
イオは、レンの真剣な表情を見て、ゴクリと息を呑んだ。
「アテナ様、直々のまじない……。それほどまでに旦那様とルクレティア様の約束を重く見ておられるのですね。そのことは、クラウディア様もご存知なのですか?」
レンが頷くと、イオは悲しそうに目を伏せた。
「そうですか……。だからクラウディア様は旦那様と結婚されず、旦那様のお子様をお産みになられる道を選ばれたのですね……。それほど旦那様を深く想っておられるのでしょう……」
イオの健気な優しさに、レンの胸がじんと熱くなる。
これほど純粋に自分を慕い、理解してくれる女性を、奴隷のままで終わらせていいはずがない。
レンは一歩、イオとの距離を詰めた。
「……なぁ、イオ」
「はい、旦那様?」
「俺、次のセウテスとの試合に勝ったら奴隷剣闘士から解放されるって言っただろ。その時はイオの所有権も、バティアトゥス様から俺に移して貰えるよう、クラウディア様に頼んでおいた」
「はい……」
「俺が解放されて、イオが正式に俺のものになったら……」
レンはイオの華奢な肩にそっと手を置いた。
「イオ。その時はお前にも、俺の子供を産んで欲しい」
イオの頬が、みるみるうちに赤く染まる。驚きと、それ以上の喜びで、彼女の長い睫毛が細かく震えた。
「旦那様……。私のような奴隷が、旦那様の子供を産む。そんな望みを抱いても良いのでしょうか……」
「奴隷とか関係ない。俺はイオが好きだ」
レンが真っ直ぐに告げると、イオは嬉し涙を浮かべながら何度も頷いた。
「はい……! 旦那様。旦那様のお傍にいられて、旦那様の子供を産めるなら、どんな立場でも幸せです」
レンはそっとイオを抱き寄せた。
ーーー
その夜、レンはイオが眠ったあと、AIを呼び出し、セウテスとの戦いに向けてステータスのチェックをした。
(ステータスオープン)
■名前: レン
■年齢: 16歳
紀元前92年9月産まれ
■出身地:ガリア
■容姿:黒髪黒目の美形。戦闘適性の高い体格。
■家族なし
■パトロン クラウディア
■配下4名
■所持金
1万2034デナリウス
(金貨601枚 銀貨14枚、銅貨12枚
交換比率1対20対300)
■資産 パキポサ小屋(価値金貨40枚)
パキポサ蛾(価値不明)
■称号:ガリアの英雄(全能力値補正+20%)
■加護
★イオ(全能力値補正+12%)
効果時間2日
■レベル: 207
(+75上昇)
★HP(体力): 756/756
(+127上昇)
★SP: 428/428
(+121上昇)
★MP: 4/783
(+135上昇)
■【能力値】(平均的な剣闘士400)
★筋力:527
(+135上昇)
★敏捷: 613
(+112上昇)
★耐久: 586
(+128上昇)
■■【スキル】
■非発動型
★二刀流術 Lv.52(攻撃力&防御力+310%)
(レベル+2上昇)
★回復術 Lv.91
★カンフー Lv.30
★痛覚軽減Lv.50
■発動型(必要MP 10)
★筋力強化 Lv.68(筋力+680%)
★スタミナ強化 Lv.68
★敏捷強化 Lv.67
★集中力強化 Lv.67
★耐久力強化 Lv.67
★『敵攻撃の先読み Lv.75』
★動体視力強化 Lv.67
■■重要度低スキル
■非発動型
★短刀術 Lv.11
★盾術 Lv.5
★言語理解(ラテン語/ガリア語) Lv.Max ※憑依転生特典
★気力枯渇耐性Lv.94。ダメージ94%カット。気絶無効。
★毒抵抗 Lv.33
★病気耐性 Lv.30
★性病耐性 Lv.30(maxLv.50)
■発動型(必要MP 10)
★地獄耳強化 Lv.50
★隠密強化 Lv.60
★跳力強化Lv50
★話術 Lv.50
★避妊 Lv.50(maxLv.50)
★毒検知 Lv.50
★視力強化 Lv.50
★性的技巧 Lv.61
(レベル+1上昇)
★感情伝播 Lv.57
■ポイント残高62万2673
(レベルが結構あがったな)
《はい。スキルを発動すれば能力値の方はセウテスと互角、もしくは若干優勢となります》
(今、セウテスと戦えば勝率は七割ってところか?)
《そうですね。セウテスが勝つ確率は、七割と言ったところでしょう》
(何でセウテスが勝つんだよ!)
《あなたと言う特別な存在が、セウテスをより強くしたのです。セウテスは直感的にあなたの強さを見抜き、あなたを殺すために努力し、技を進化させただけでなく、まだまだ強くなろうとしています》
(いやいや、俺には先読みスキルがあるから、致命傷を与えるのは無理だし、俺の方が有利だろ)
《そんなことはありません。あなたが先読みで右から攻撃してくると知り、右に防御を取ったとします。しかし、今のセウテスなら直感的に左からの攻撃に変えます。それが成長したセウテスなのです》
(何それ、卑怯だろ!)
《転生特典を貰っているあなたに、卑怯と言う権利はありませんよ。そもそも剣聖クラスの戦いとはそう言うものなのです》
レンが唇を噛む。
(なあ、確実にセウテスに勝つ方法は無いの?)
《100%ではありませんが、9割9分勝てる方法はあります。知りたいですか? これを聞けば、もう後には戻れませんよ?》
(構わない、教えてくれ!)
《いいでしょう。それは修羅モードと言う特殊スキルです。
内容は、通常スキルの効果時間を1秒に短縮し、その1秒に通常スキルの全ての力を集約するというものです》
(おお、なんか凄そうだな!)
《はい。例えばあなたの持つ★筋力強化 Lv.68(筋力+680%)の効果時間は三分間の180秒です。これは通常時の約7倍の力を三分間使えるスキルですよね?》
(まあ、そうだな)
《これを1秒に集約すると6.8倍×180倍で1224倍の筋力でセウテスを殴れることになります》
(1224倍!)
《ですがこれは修羅モードのレベルが100の場合です。Lv.1だと集約効率が1%となり、百分の一の12倍となります》
(Lv.1でも約二倍のパワーが出せるって凄えな! これで一撃でセウテスを瞬殺できる! 修羅モードは何ポイントで取得出来るんだ?)
《はい。取得には現時点の所持金とポイント全てが必要です》
「はああぁぁ!?」
レンは驚きで思わず声を上げた。
「……旦那さま? いかがされました?」
イオが目覚め、心配そうな声で訊ねる。
「すまない、なんでもないから。そのまま、寝てて」
「はい……」
レンは不服そうに心で文句を言う。
(全部ってどういうことだよ。じゃあ、金を使ったあとで取得するから待ってくれ)
《それはダメです。言いましたよね、後戻り出来ないと。取得するか、しないかは一度きりのチャンスです》
(取るに決まってるだろ!)
こうしてレンはセウテスを倒すため、一撃必殺のスキルの取得と引き換えに、身ぐるみを剥がれることになった。




