63 試合後
試合後、レンがアリーナの門を潜ると、バティアトゥスが入り口の待機広場の所で待ち構えていた。
「よくやっぞレン! 今回も大手柄だな!」
バティアトゥスが両手を広げてレンを迎える。
「はい。ありがとうございます!」
レンは頭を下げ、興行主のグラベルから貰った賞金の目録を差し出した。
中身は基本報酬の3000デナリウスと、報奨金3万デナリウス。合わせて3万3千デナリウスである。
「ふむ、今回の報酬は前回よりも少ないな……。残念だな、グラベル殿が元老院の重鎮ならもっと多くの報酬を貰えただろうに……」
バティアトゥスは苦笑いしながら目録を懐にしまう。
「まあそれでも大金は大金だ。グラベル殿の財力ではこれが限界だろう。フェルロックスにも特別報酬として三万を出したのだ。痛い出費だろうな」
「……はい」
(ふ~ん、今回の主催者は小物なのかな?)
「レン、今回のお前の取り分は1万デナリウスだ」
「はい、ありがとうございます!」
レンは『いつも通りだな、半分くらい寄越せ』と思いつつ笑顔で応えた。
ふと見ると、バティアトゥスの後ろに、クラウディアとルクレティア の姿が見える。その後、バティアトゥスとの話を『はいはい』と適当に済ませ、彼が立ち去ると、レンは急いで彼女たちのもとに向かった。
「ルクレティア様、クラウディア様、いらしてたんですね!」
ルクレティアがレンに抱き付きたい気持ちを抑え、彼の手を取る。
「レン、今日もカッコ良かったわよ!
試合も無事に勝ててよかった。ブレンヌス王の役だったから、みんなから恨まれるんじゃないかって心配したのよ!」
「はい、フェルロックスが意外と話の分かる奴で助かりました」
「……それで、レン……大丈夫なの?」
ルクレティアは、試合で負傷したレンの傷口に目を向けた。レンはフェルロックスとの激しい一騎打ちの途中で、何度か態と攻撃に当たって軽い傷を負っていたのだ。
「大丈夫です。こんなの剣闘士に取っては、ただのかすり傷ですから」
「レン…」
レンはルクレティアに微笑んだあと、クラウディアを見た。
(痛覚軽減で痛みは半分カットされてるけど、本当は痛いんですよこれ! 今日もご褒美を下さいね!)
クラウディアが柔らかな笑みを浮かべる。
「レン、今日もまた剣を壊してしまったのね」
「す、すいません!」
「いいのよ。あれだけの試合だったもの、また新しい剣を届けさせるわね、特別なご褒美とは別にね」
そう言ってクラウディアはウインクをした。
(ヒャッホー! 数ヶ月ぶりのご褒美、愉しませて頂きます!)
「ありがとうございます! 楽しみにしていますね!!」
ルクレティアがレンの手を引く。
「そう言えばお姉様からの、前回のご褒美って何だったの?」
「え!?」
レンがルクレティアを見た後、クラウディアの方を見る。
二人が目を合わせると、ルクレティアの女の感が一瞬で炸裂した。
「レン! もしかして、お姉様にも手を出したの!!」
レンは慌てて手を振る。
「いや、違う、違います! し、仕事、そう仕事ですから!」
クラウディアが目を細める。
「……そう。わたくしとのことは、ただの仕事だったのね?」
「ひぃっ! それも違います! ちょっと待って下さい! ここはひと目があります。まずは向こうで、向こうで話をしましょう!!」
レンは急いで二人を広場の隅へと移動させる。
「レン、ルクレティアには仕事と言ったわね。どういうことかしら?」
レンはスキル話術を発動させて、抵抗する。
「手を出したのは仕事です。ですがクラウディア様を好きだという気持ちは本物です! 決して仕事ではありません!」
ルクレティアがわなわなと震え、クラウディアが勝利の笑みを浮かべる。
「レン、それって私と別れてクラウディアお姉様を選びたいってこと……?」
レンは首を振る。
「そうじゃないよ。実は俺はルクレティアを捨てることは出来ないんだ。前に、ルクレティア様を妻にするって前に約束したよね?」
「……うん」
「あの場面を、俺に加護を与えてくれてる女神アテナ様が御覧になっていて、その約束に感動されたみたいなんだ。それでアテナ様は、もしルクレティア様が別の男性と結婚した場合、俺とルクレティア様は神を欺いた罪で、死ぬように呪い……じゃなくて、まじないを掛けられたんだ」
二人の目が大きく見開かれる。
「「え!?」」
「それだけじゃない。俺とルクレティア様のどちらかが死んだ場合も、二人が仲良くあの世で暮らせるよう、もう片方も24時間以内に死ぬようにまじないを掛けたんだ」
ルクレティアが喜びの声を上げる。
「じゃあ、レンがお姉様と結婚することは無いってことね! 私だけがレンの妻になれるってことなのね!」
レンは首を振り、慌てて作り話を加える。
「いや、アテナ様は郷に行っては郷に従えって考えらしくて、俺がガリア人だから一夫多妻でもいいよって言ってた」
レンはそう言いながら、『あなたも俺のハーレムに入ってくれ』とクラウディアを見た。
「レン……わたくしたちはローマ人なのよ。一夫多妻は認められないわ」
(ですよね~)
「ミネルヴァ様にお願いして、まじないを無効にはできないの?」
「それは無理です。アテナ様は必ず約束を守るようにとおっしゃいました……」
ルクレティアが満足そうな笑みを浮かべる。
「お姉様、私の勝ちですね! レンのことは諦めてください」
「それは……まだ分からないわ」
「どうしてですか!? 私とレンにはミネルヴァ様のご加護があるのですよ。レンに手を出すのはもう止めて下さい!」
「ふふふ……。ルクレティア、いいこと。妻の座だけが全てじゃないのよ?」
「……それ以外に何があるの?」
「あら、沢山あるじゃない。一番愛されてる女。世継ぎの母親、一番の理解者、協力者いくらでもあるわ」
ルクレティアはクラウディアの袖を掴み、身体を揺する。
「お姉様、そんなの酷いわ! それって全部、妻がなるべきものじゃないですか!」
「ルクレティア、服を引っ張るのは止めなさい。はしたないわ」
「お姉様が諦めてくれるまで離しません!」
「ルクレティア、子供みたいなことを言わないで。わがままを言うならもう帰りますよ」
そう言ってクラウディアはレンの方をチラリと見た。
「それじゃあね、レン。また後で……」
「はい!」
「また後でって、お姉さまだけ後で来るってことですか! 私もまだ帰りたくないです!」
ルクレティアは抵抗するが、クラウディアの護衛に引きずられていく。
(うーん。こう見ると、クラウディア様の方が正妻向きだよな……。ルクレティアが愛人の方がよくないか……)
ーーーー
その夜。
レンは貴族の相手をするように言われ、特別テントに赴くと約束通りクラウディアが待っていた。
「いらっしゃいレン。待っていたわ」
「クラウディア様!」
クラウディアがベッドから降りて近づいてくると、レンは彼女の腰を思い切り抱き寄せ、熱い口づけを交わした。
「クラウディア様……」
「レン……。次の試合はセウテスとのデスマッチよ。勝てる?」
(セウテスか、正直戦いたくない相手だけど、AIに忠告された時とは違う。今なら勝てるよな?)
「多分、勝てると思います」
「よかったわ。手紙で報せた通り、セウテスに勝てばクラッスス様が貴方を剣闘士から解放してくれるわ、死んではダメよ」
「もちろんです!」
レンがもう待てないと、ベッドに移動するためクラウディアを抱きかかえると、
「待って、レン。わたくし……妊娠したかもしれないの」
「へ……?」
レンが間抜けな顔をすると、クラウディアが恥ずかしそうにレンを見つめる。
「もちろん、貴方の子よ……」
(はあああああぁ!)
「お、俺の……ですか?」
レンの頭は真っ白になったが、急いで2カ月前の記憶を辿った。
「でもあの時、クラウディア様は大丈夫だと……」
(大丈夫って言われたから、避妊スキルを使わなかったんだぞ! 安全日じゃなかったのかよ。それとも避妊薬で大丈夫だと思ったけど効かなかったってことか!?)
※古代ローマに「安全日」という概念は存在ない。
「あれは子供ができても大丈夫ってことよ。わたくしも、そろそろ子供を産んでおかないといけない年だし……。もし、出来ていたら産みます。あなたに迷惑はかけないから安心して」
そう言ってクラウディアは自分のお腹を撫でる。
(本気か!?)
「いやでも、俺はルクレティア様を妻にしなければいけないし、ローマは一夫一妻ですよね?」
「大丈夫よ、『結婚して』なんて言わないわ。ローマ市民権を持った名門の男にお金を渡して夫になって貰います。そして夫に子供を認知させれば、子供はローマ市民権と、わたくしの財産の相続権が得られるわ」
「お金で男を買うのですか?」
「そうよ。お金を出せば、名門の出で、いいなりになる男はローマにごまんといるの」
レンは自分の子が、見知らぬ男の子供にされようとしていることに眉を寄せる。
「でも、それだと俺の子供が、その男の子供ってことになるんですよね。自分の子が他人の子になるのはちょっと……」
「あら、じゃあ私と結婚してくれるの?」
「そ、それは……。アテナ様のまじないがあるので……」
「ふふ。まあ、あなたがルクレティアではなく、私を選んでくれたとしても、今のあなたにはローマ市民権が無いわ。だから結婚は無理よ」
(う……確かに)
「あなたが子供の正式な父親になりたいなら、ローマ市民権を得て、出世すればいいの。その時は、子供をあなたの養子にするから」
(それって、俺の感覚じゃ、一応父親だけど他人なんだよな……)
「わかりました……」
この日、レンはご褒美のお預けを喰らっただけでなく、クラウディアが他の男と結婚しようとしているというショックを受けることになった。




