61 再現試合(中)
「来るぞ! 飛べば突き刺せ!」
(しまった! 読まれてた!?)
レンが敵の行動に気づいた時、体はすでに空中で“盾を踏める高さ”まで上がっていた。
(不味い、足が刺される!)
「フン!」
レンは空中で体をひねり、重歩兵たちが突き上げた剣先を紙一重でかわし、身体が盾の上を滑るように越えてゆく。その途中で、突き出された重歩兵の腕がレンの目に入った。
(俺を突き刺そうなんて万死に値するんだよ!!)
レンは剣を振り、重歩兵の腕を斬り落とした。
「ぎゃあああ!!」
レンが弓隊と重歩兵の間に着地すると、レンの突然の出現に弓隊の十名が驚愕で目を見開いた。
「なっ……!」
次の瞬間、弓隊は恐怖で身構え、一部が逃げ出そうと後ろを向いた。
だがその動き全てが、レンには止まって見えた。
「遅い!!」
レンは弓隊を一度の攻撃で全滅させるため、右端から攻撃を始めた。
二刀が凄まじい勢いで弧を描き、弓兵を次々に斬り捨てる。弓隊はまたたく間に6人が斬り伏せられた。
「ひっ……! ま、待てこうふく――」
それを見た残りの弓兵が降伏しようとするが、それより早くレンの二刀が4人を斬り捨てる。
「ぎゃああ!」
「っ……!」
「ぐふっ」
「……ひ、ひどい……」
「酷くねえだろ! 劣勢の戦場で止まってる暇なんてあるか!」
レンは無情な言葉を死にゆく弓兵に投げ捨てると、重歩兵たちの方へ視線を向けた。ちょうど重歩兵たちが隊列を反転させ、レンの方へ盾の壁を作り直していた。
フェルロックスが馬上から剣を向け、指示を出す。
「隊列を組めばレンの速さに負け、後ろを取られる! 我々は剣闘士だ、今からは陣形にこだわらず、五人一組でレンと戦え! 他の者は邪魔にならぬよう間隔を開けて援護しろ!」
そこでフェルロックスは、同じ養成所の仲間である第三隊の隊長テレンティウスに目を向ける。
「ただし、第三隊の10名は、むこうのガリア兵の100名を攻撃し、降伏させて来い! 後ろを取られたら邪魔だ!」
「おう!」
テレンティウスは力強く応じる。
「第三隊は俺に続け! 蛮族どもを片付けるぞ!」
テレンティウスは一流剣闘士でも上位に入る部類で、フェルロックスの右腕としての自負があった。
レンの異常な二刀流に肝を冷やしたが、フェルロックスならば大丈夫と信じ、精鋭を率いてガリア軍の元に向かう。
「さっさと降伏しろ! 逆らう奴は殺す!」
テレンティウスが十名の部下を引き連れガリアの寄せ集め百人に突撃し、数人をまたたく間に斬り殺すと、ガリア軍はまたたく間に降伏をし始めた。
「ひえええ! 降伏! 降伏します!」
「助けてくれ、降伏する! 俺はあんたたちと戦いたくない!」
剣を必死に振るうまでもなく、波が引くように次々と人差し指を立て、降伏を宣言し始めた。
だが一部の者は「怪我をするまでは戦え!」というレンの指示通りに動いた。
テレンティウスが剣を強く握る。
(クソ、雑魚が抵抗してんじゃねえぞ!)
100名規模になると降伏した者と抵抗する者との見分けは簡単には出来ない。審判が降伏した者たちを手早く誘導するが、それには時間がかかった。
テレンティウスが焦りから後ろのフェルロックスの方を振り返る。
だが、そこで見たのは驚愕の光景だった。
20人いた本隊が、レンに倒されて14人か15人にまで減っていたのだ。
(嘘だろ! 味方の数がもうあんなに減ってるのかよ!? あいつは噂以上の化け物だ!)
「急げ! ちんたら移動している奴は降伏者でも殺せ!」
その言葉に恐怖した降伏者たちが一斉に動き出したため場が余計に混乱した。審判までも恐慌に陥った群れに倒され負傷する始末だ。
それから5分後。
テレンティウスは100人のうち10人以上を殺し、90人近くを降伏させて、レンの部隊を全滅させた。
ここまでに掛かった時間はおよそ7分。
「よし、処理完了だ。本隊に戻り、フェルロックスと共にあいつを殺すぞ!!」
テレンティウスは血塗られた剣を握り直し、フェルロックスが待つ本隊の方向へ向き直った。
だが、その瞬間に全身の血が凍りついた。
遠目から見えた本隊は、理解不能な地獄絵図となっていた。
数万人の罵声と大歓声。
そしてテレンティウス自身が必死に100人を相手にしていたため、本隊の状況を確認していなかった。
(嘘だろ……。さっき見た時は、まだ半分以上残っていたのに……!?)
今や、本隊で立っている味方は──フェルロックスを除けば、たったの4人しか残っていなかった。
わずか5分。自身がガリア兵の処理に追われていた、たった5分の間に、味方のほとんどの剣闘士は刈り取られ、砂の上に転がったのだ。
テレンティウスは慌て本隊へと走り出す。だがその間にもレンの攻撃は終わらない、ひとり、また一人と刈り取られてゆく。
「ぐはっ!」
残った本隊の4人のうちの2人がレンに斬られた。
ここでついにフェルロックスが、馬上から降りる。
「化け物め……」
彼がここまで動かなかったのは、自分が加勢してもレンには勝てないと悟っていたからだ。
だが勝てないからといって、ポンペイの王者として無様な試合は出来ない。
だから彼はレンの戦いを見ながら作戦を立てた。
それはレンのスタミナ切れを狙い、あわよくば勝つこと。例え勝てなくても善戦してから降伏するという単純な作戦だ。
(くそ、あいつ全く疲れた様子を見せないじゃないか!
俺だってポンペイの王者だ、死刑囚のような素人が相手なら、40人でも勝つ自信はある! だけどあいつが戦っているのは死刑囚のような雑魚じゃない! 奴は正真正銘の化け物だ!)
フェルロックスはレンの圧倒的な強さに絶望し、震えた。
――その時、遠くから声が聞こえた。
「フェルロックス!! こっちは終わった、今加勢する!!」
フェルロックスは振り返らなかった。
だが、いつもなら心強い右腕の声も、今は自分のために犠牲者が増えるだけの存在に感じた。
だが、それでも一縷の希望には変わりはなかった。彼の犠牲により、レンがスタミナ切れを起こすかも知れない。ポンペイの王者の胸に、消えかけていた希望の炎が再び燃え上がった。
(テレンティウスの第三隊、十名が戻った……! まだだ、まだ終わらんぞレン!)
フェルロックスの目が、ギラリと鋭い輝きを取り戻した。




