60 再現試合(前)
マニウスはレンの窮地に満足気に笑みを浮かべ、これでレンが死んでくれればなおさら良いと思った。
レンの背後に並ぶガリア軍の役をしている100人は、武器の握り方も知らぬ罪人や、役立たずの剣闘士たちだ。上半身はハダカで手には粗末な槍が一本、盾すら持たないみすぼらしい軍隊もどき。唯一大将のレンだけが馬に乗って、二刀の所持を許されている。
一方のローマ軍役の40人は、一流剣闘士10名とベテランの剣闘士30名から構成された精鋭揃い。その武装は前回の試合と同様の重装備に加え、弓まで用意されている。そして大将である救国の英雄カミッルスの役を務めるのは、ポンペイの王者フェルロックス。
フェルロックスは前回、セウテスとの一対一の試合で惜しくも敗れたあと、悔しさから必死に鍛え直し、牙を研いできていた。(本当は惜敗ではなく、セウテスが手を抜いて熱戦を演じたものである)
ゆえにフェルロックスにとって、英雄カミッルスの役は、再起を期す最高の舞台だった。そのため彼の瞳には、勝利への凄まじい執念が宿っていた。
観客からの声援にフェルロックスが自信満々に手を振る。
『フェルロックス、ガリア人をぶっ殺してくれ! お前ならレンに勝てる!』
『ガリアの大軍をぶっ殺せ! ローマ軍は精鋭だ、鉄の規律と武装がある!』
アリーナの中央に立つ審判が満を持して宣言する。
「これよりマルスの野の戦いの再現試合を行う!!」
観客の拍手喝采の中、審判はさわやかな笑みを浮かべ、馬に乗るフェルロックスの方を指さした。
「東軍はポンペイの王者フェルロックス率いるローマの精鋭40名だーー!!」
観客から大歓声が飛ぶ。
『ローマ軍は最強だああ! ガリアになんか負けるんじゃねえぞ!』
『フェルロックス様、素敵よ~!』
次に審判は、あざ笑うような笑みを浮かべ、レンの方を指さす。
「西軍はガリアの英雄、レン率いるガリアの蛮人100人どもだーー!!」
(誰が蛮人じゃい! ぶっ殺すぞ!!)
レンが腹を立て、剣を強く握ったその瞬間、アリーナ全体から爆発したようなブーイングが起った。
レンのこれまでの戦いで、ファンになっていた者たちまでもが裏切り、レンに向かってヤジを飛ばす。
『うおおおおおーーっ!! ガリア人を倒せ!』
『ローマを滅ぼしたブレンヌス王を許すな!!』
『レン! お前のせいでこれまで散々賭けに負けたんだ、今日は勝たせて貰うぞ!!』
審判が木剣を振り下ろす。
「いざ開戦だーー!!」
開戦の銅鑼が激しく鳴り響き、フェルロックスが馬上から剣をガリア軍に向けた。
「前進! ローマ万歳!」
カミッルス役に成り切ったフェルロックスの号令とともに、完全武装された剣闘士たちが盾の壁を組み、進軍を始める。
その軍隊さながらの威容を見て、レン側の100人に動揺が広がった。
「ひ、ひえええ!?」
「む、無理だ。あんなのに勝てるはずねえ……」
彼らは死刑囚と、役に立たない剣闘士たちだ、元から戦う気などない。だがデスマッチではないとはいえ、攻撃も受けないうちから降伏すれば、審判の逆鱗に触れ、処刑に切替わる可能性があった。そのため彼らは、何とか踏みとどまっているに過ぎない。
今にも降伏しそうな雑兵たちを見て、レンは不味いと思い、『話術』スキルと戦闘スキルを発動させた。
(スキル発動!)
★話術 Lv.40
★筋力強化 Lv.59
★スタミナ強化 Lv.59
★敏捷強化 Lv.59
★集中力強化 Lv.58
★耐久力強化 Lv.58
★敵攻撃の先読み Lv.75
★動体視力強化 Lv.37
レンが馬上で剣を掲げる。
「いいか、皆よく聞け! 俺が単独で敵を引き付ける! お前達は何もしなくてもいい。だから怪我をするまでは絶対に降伏するな! もし無傷で降伏すれば俺がお前らを斬る!」
「「っ!!」」
その言葉に大半の者がしぶしぶ頷いたが、一部の三流剣闘士が反発した。
「ふ、ふざけるな! 俺達は罪人じゃねえぞ! 味方を斬るなんて権利、お前にはないだろ!」
レンが反抗した男に刃を向ける。
「権限ならあるぞ!! 忘れたか、ここは戦場で俺は王役の指揮官だ! 怪我もしていない奴が降伏をすることを、俺は断じて許さない!!」
「っ……! だ、だけど降伏すれば、もうガリア兵じゃなくなるよな!!」
レンは口角を上げ笑う。
「ふっ……。ガリア兵じゃないならそれはアリーナでの障害物、俺の敵だ! アリーナでの敵の排除は認められている!」
「へ、屁理屈を言うな! だいたい味方を殺せる訳がないだろ! 殺せるっていうなら殺してみろってんだ!! なぁ皆!!」
男が仲間たちを扇動するため、後ろを振り返る。その瞬間、レンは傍にいた死刑囚から槍を奪い、男の背に向かって投げた。
「ぐはあぁっ……」
男は心臓を貫かれ、驚愕の目で自分の胸から突き出た槍を見ながらアリーナに倒れてゆく。
「……う、嘘だろ。ほ、本当に味方を殺しやがった……」
(ふん。俺はもはやお前らみたいな雑魚にはビビらねえ! 俺が見られて緊張するのは美女の視線だけだ!!)
レンが雑兵たちを睨みつけると、雑兵は恐ろしさで足を震わせ、今にも逃げ出しそうになった。そこでレンは己の失策に気づいた。
(しまった敵が来てるからって、焦りすぎたか!)
「み、みんなも聞いただろ!? その男が殺してみろって言ったんだ、だから殺しただけだ! それにだ、俺は平和主義だからむやみに人は殺さない! そいつは俺を挑発した他にも命令不服従という重い罪を犯した! 戦場で命令不服従は死罪に値する。俺の命令をちゃんと聞けば、殺すことは無いから安心しろ!」
雑兵たちは怪しげな顔でレンを見たが、一応は頷いた。
「よし、お前らはここで防御でもしてろ、あとは俺が突撃して――っ!」
――その時、フェルロックス率いる弓隊10名が、レンに向けて弓を構えた。
レンたちが言い争っている間に、射程圏まで移動して来ていたのだ。
(不味い!)
「みんな散開しろ、矢が来るぞ!」
「弓隊放て!」
フェルロックスの号令で10人の弓隊から矢が放たれた。
ヒュッ、ヒュッン――!
「「ぐはあっ」」
――ヒヒンっ
飛んできた矢をレンが2本打ち落としたが、密集していたため、レンの馬と雑兵3人に矢が刺さった。
馬が悲鳴を上げて倒れ、レンが回転しながら着地し、地に手を付ける。
(くそっ! カッコよく馬でアリーナを駆け巡ろうって思ってたのに! こんなの思ってたのと違う! あいつら、ぶっ殺してやる!)
だがレンが睨み付けた弓兵はすでに次の矢を番えようとしていた。
「やらせん!」
レンは自慢の俊足で弓隊目掛けて駆け出す。
それを見たフェルロックスが即座に反応した。
「弓隊、歩兵隊と交代! 歩兵隊は囲んで敵大将を討ち取れ!」
重歩兵たちは即座に反応し、レンが弓隊まであと10メートルの距離で入れ替わり、大盾の壁を作った。
(甘い! 跳躍スキル発動!)
レンは前回の試合と同様、盾を踏み台にし重歩兵隊を飛び越えようとした。
「来るぞ! 飛べば突き刺せ!」
――トンっ
レンがジャンプした瞬間、歩兵は一斉に頭上に向けて剣を突き出す構えを取った。
(しまった! ……読まれてた!?)
フェルロックスたちは前の試合でレンがジャンプをし、盾の上を踏み台にして大盾の壁を飛び越えたと事前に聞いていた。
そのためジャンプをすれば即座に突き殺すと決めていたのだ。




