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55 歴代最高の賞金額

鳴り止まない「レン」コールと地鳴りのような大歓声の中、

中央の特等席のバルコニーでは、驚愕に目を見開いていた興行主カトゥルスが、やがて笑みを浮かべた。


(フィリップスは三ヶ月前の興行で、あのガリア人に五人を倒させて得意顔だったが──

私はそれを遥かに凌駕したぞ!)


カトゥルスは、隣の席のフィリップスをチラリと盗み見て、勝利の笑みを浮かべた。


(見えるかフィリップス。あの剣闘士は息も絶え絶えで、無数の手傷を負いながらも、辛うじて軍に勝利した。

今ローマ市民は大熱狂している! この私の興行でだぞ!!)


バルコニーでカトゥルスが厳かに右手を掲げると、数万人の歓声がじわじわと静まり返った。


「ローマ市民の諸君!!!」


カトゥルスの声がアリーナに降り注ぐ。


「あの剣闘士は素晴らしい戦いを我々に披露した! 実に見事だった!  私の用意した試練を、彼は打ち破ってみせたのだ! ガリアの英雄レン──お前は本当の英雄だ!!」


カトゥルスはバルコニーからレンを見下ろし、まるで最初からこの結果を期待していたかのような大喝采を送った。


「私の興行において、歴史的偉業を達成した真の英雄に対し──それにふさわしい最高の報酬を与えよう!

──デナリウス銀貨、五万枚だ!!」


『うおおおおおおおーーーーっ!?』

『ご、五万デナリウスだと!?』

『カトゥルス閣下、太っ腹すぎるだろーーーっ!!』


アリーナが本日最大の衝撃の嵐に包まれた。

五万デナリウスといえば、一般労働者が一生かかっても稼げない大金だ。

観客たちはカトゥルスの圧倒的な財力と「粋なジャッジ」に狂喜乱舞し、

彼の政治的評価は一瞬で爆上がりした。


カトゥルスが、フィリップスへの対抗心から賞金を出したことを知らないレンは、ただ感心していた。


(凄え、五万デナリウスなんて、あのおっさん金持ちだなぁ〜!)


レンはカトゥルスに深くお辞儀し、それを見たカトゥルスは満足気に微笑んだ。




ーーーーーーーーー


数万人の大歓声を背中に浴びながら、レンが鉄製のゲートをくぐり、待機場に戻ると、広場の中央でバティアトゥスが待ち構えていた。


「レン! 今日もよくやってくれたな! 5万デナリウスとはやるじゃないか! これは歴代最高記録の褒賞金だぞ!」


バティアトゥスは顔を上気させ、相好を崩して両手を広げた。


「はっ、お褒めの言葉に感謝致します!」


レンは深く頭を下げる。


(どうせ報酬は3割なんだろ、7割くらいは俺に寄越せよな!)


バティアトゥスはレンの肩をがっしりと掴み、興奮で震える声を抑えきれずに続けた。


「さて──褒賞金の内訳だがな!」


レンは顔を上げた。

バティアトゥスの目は、まるで宝石を前にした商人のようにギラギラと輝いている。


「まず基本報酬だ。今回の試合の通常報酬は6千デナリウス。

これは仲間3人で分けるから、お前の分は2千だ!」


レンは無言で頷いた。

ここまでは想定通りだ。


「そして──特別報酬5万を合わせてお前が得た報奨金は合計で5万2千デナリウスだ……」


バティアトゥスはわざと間を置き、

レンの反応を楽しむように口角を吊り上げた。


「このうち、お前の取り分は──1万5千デナリウスだ!」


(やっぱり3割かよ……! と言うよりコイツ2000の分を端折りやがった!)


「本当ですか! ありがとうございます!」


レンが嬉しそうに頭を下げたのを見て、バティアトゥスは満足気に頷いた。


「私は太っ腹だからな! 感謝するがいい!」

「はい! ありがとうございます!」


レンは深く頭を下げまま感謝の言葉を再度口にする。


「金は後で届けさせる。次もいい試合を考えておくから頑張れってくれよ! わっはっは」


そう言ってバティアトゥスはレンの肩を叩いて立ち去ってゆく。


(次は40人くらいかな? さすがにそれはイカれてると思うんだけど……)


レンがそんなことを考えながら控えテントへ向かおうとしたその瞬間──

背後から、荒い息遣いと足音が近づいてきた。


「れ、レン!!」


振り返ると、ヴェルコとヴォルカスが駆け寄ってきた。


「ありがとうレン、おかげで無事に生き残ることができた! これは今回、俺達二人が受け取った報酬金の1200デナリウスだ」


そう言ってヴォルカスが金の入った袋を差しだした。


「……そういや、お前らあと少し金を貯めれば自由が買えるとか言ってたな? この金があれば足りるのか?」


2人は顔を見合わせたあと、ヴォルカスが応えた。


「ああ、まあそうだけど……」


レンはニヤリと口角を上げる。

「ならこの金はお前らにやるよ」


「っ!?」

「……本当か?」


「本当だとも、これも何かの縁だ。

だけど――ただじゃないぞ。俺の家来になってくれないか?」


ヴェルコが眉間に眉を寄せた。

「それは断る。俺たちは自分自身の力で生きていく!」

「……すまないな、レン。こいつがそう言うなら俺も、家来にはなれない」


そう言って、ヴォルカスが再び袋を差し出した。


「……そうか、だけど俺の故郷には袖振り合うも多生の縁と言う言葉がある。だからこの金はお前らにやる。もし次に会った時、俺が困っていたら力になってくれれば嬉しい」

「……そういうことならいいんじゃないか、ヴェルコ?」

「……そうだな。ならレン、この金はありがたく受け取る。だけど金が出来ればいつか絶対返すからな! それが誇り高き我が家の掟だ」

「……そうしたいならそうしてくれ。ただしその時はちゃんと利子を付けて返せよ」

「っ! 分かってる!」


レンがふっと息をつき、周囲に静けさが戻ったその直後──

背後から、よく通る声が響いた。


「レン! 勝てて本当に良かった! とても凄い試合だったよ!」

「おめでとう、レン!」


振り返ると、

ルクレティアが勢いよく駆け寄り、

その後ろでクラウディアが優雅に歩み寄っていた。


「ルクレティア様、クラウディア様……」


レンは思わず姿勢を正した。


ルクレティアはレンの傷に目を留め、

ほんの一瞬だけ眉を寄せる。


「……レン、大丈夫なの? これ痛くない?」


その柔らかな声に、レンは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。


「はい、軽傷ですから直ぐに治ります」

(なんてたって回復力6倍だからな、もう血は完全に止まってる)


静かに歩み寄るクラウディア。

その表情はこれまでの取り繕った貴婦人の笑みではなかった。レンへの想いを自覚した彼女の瞳には、今や恋する女の輝きが宿っている。


クラウディアは初めて心からの優しい微笑みレンに向けると、そっと言葉を繋いだ。


「……浅い傷でよかったわ」


そして、ほんの少し声を落として続ける。


「もうすぐシルフィウムの種を撒くわ。芽が出れば叔父様を説得して、あなたを剣闘士から解放して貰います。だから……無理してはダメよ」


「クラウディアお姉さま! それは本当ですか!」


ルクレティアが目を輝かせて身を乗り出す。

クラウディアは彼女を横目で見て、少しだけ厳しい声音で言った。


「ええ、本当よ。

だけど──あなたは叔父様に何も言ってはダメよ」


ルクレティアの肩がびくりと揺れる。


「レンが奴隷剣闘士になったのは……あなたが原因なの。叔父様に意固地になられても 困るわ」


「……はい」


ルクレティアは俯き、その小さな声には、自分のせいでレンが苦しんでいるという負い目が滲んでいた。


レンはその横顔を見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。


(本当に悪いのは、ルクレティアは利用した、前のレンの野郎なんだけどな……)


クラウディアがふっとレンに視線を戻し、柔らかく微笑んだ。


「そうだわ。私があなたにあげた剣、今日の試合で、壊れてしまったでしょ?」


レンは姿勢を正し、静かに頷いた。


「はい、すいません。せっかくいい剣を頂いたのに……」


クラウディアは首を横に振った。


「いいの。あなたの役に立ったのなら、それで十分だわ。新しい剣ならすぐにまた、カプアへ送らせるわ」


そして、少しだけ声を落として続ける。


「それと──もう一つ、大きなプレゼントをあげるから。楽しみにしていてね」


「大きなプレゼント?」


クラウディアはふっと意味深に微笑んだ。


「ええ……すぐに分かるわ」


(……何をくれるんだ?)

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