05 次なる戦い
紀元前77年4月
デビュー戦から7日後。
レンはカプアの剣闘士養成所の広間(休憩所)で、石の長椅子に腰をかけていた。
この1週間の間は、試合後の休養期間のため、剣闘士養成所の訓練自体は無かった。
だが、レンは決して楽をしていた訳ではない。AIに強制的にスキルを使わされ、MPが枯渇しては倒れ、倒れててもスキルを使われて倒れる──そんな地獄の日々を送ったのだ。
そのおかげでレンはMP枯渇の“気持ち悪さ”にも慣れて、MP枯渇耐性のスキルを得ていた。
現在もレンはスキルを使った直後でMPはゼロになっていたが、吐き気もめまいも、最初の頃よりはずっと軽かった。
この一週間でレンが得たのは、枯渇耐性だけではない。
MPの最大値と、『敵攻撃の先読み』のスキルレベルが上がっていた。
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★MP60 ⇒ 64(+4上昇)
★『敵攻撃の先読み Lv.11』
(+10上昇)
①重傷になる攻撃への発動確率 30%
(+20%)
②0.8秒後に訪れる危険を察知
(+0.3上昇)
③有効範囲 2メートル
(+1.5メートル上昇)
④有効時間 30秒
(+20秒上昇)
⑤必要MP 10
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レンは自身の成長に満足げに頷いた。
(発動確率30%はまだ心許ないが、このまま頑張って成長させたいな……)
レンの視界の端に、セルギウスが歩いて来るのが見えた。
「レン。また魂が抜けたような顔をしてたぞ。デビュー戦のショックがまだ抜けてないのか?」
手にした木剣を床にコツンと突き立て、レンの隣にドカリと腰掛ける。
(相変わらず面倒見の良い先輩だな)
「いえ、ちょっと考え事をしてただけです。
……セルギウスさん、ところで俺たちの次の試合はいつ頃になるんですかね?」
レンを嵌めた貴族のマニウスの影がチラつき、焦りからそう尋ねると、セルギウスは「なんだ、そんなことか」と笑い飛ばした。
「安心しろ。剣闘士の試合ってのは、すぐにあるもんじゃねえ。俺たちは一度戦えば、治るまでに何週間もかかる生身の人間だ。オーナーにとっちゃ剣闘士は高い金で買った“資産”だ。そう簡単に消耗させるような使い方はしない。だから剣闘士の試合は年に2回か3回ってのが普通だ。次の試合は……まあ、半年後くらいだろうな」
(半年後……!)
レンは胸の奥で、大きな安堵の息が漏らした。半年という猶予は十分な時間だった。
この地獄のMP特訓を続ければ、次の試合までに『先読み』のレベルをさらに引き上げて、発動確率を100%にすることも可能だ。
そうすれば生き残る確率が一気に跳ね上がる。
セルギウスが笑う。
「だから、焦ることはないぞ。まずはこの養成所のメシをしっかり食って、身体を作ることだ。お前はまだ育ち盛りなんだからな」
そう言って肩をパシパシと叩くセルギウスに、レンは心からの笑みを返して言う。
「はい、ありがとうございます。しっかり食べます!」
(半年あれば、勝てる剣闘士になれる。そのあとはスキルを増やして無双できるはずだ。なんだか未来に希望が見えてきたぞ!)
レンの口元から締まりのない笑みがこぼれ落ちる。
(今回はイケメンだし、強くなったモテモテの人生ってやつを味わえる筈だ……ぐふふ)
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蝋燭の火が揺れる中、レンの所属する剣闘士養成所のオーナーであるレントゥルスが、使いの少年から届けられた封書を受け取る。
封蝋には──
ローマの貴族バルバトゥス家の紋章。
(これはマニウス様からだな……)
レントゥルスは眉をひそめながら封を切る。
羊皮紙には、短く、だが強い筆圧でこう書かれていた。
「先日の試合で生き残った“あの男”を、次の興行に即座に出場させよ。
あれは“惨たらしく殺すこと”を条件に無料提供したはずだ。これ以上の遅延は認めない」
レントゥルスは深く息を吐いた。
「……やはり、こう来たか」
机に手紙を置き、額を押さえる。
「タダで提供された剣闘士……つまり“処刑用の駒”というわけだ。生き残ったのが気に食わんのだろう」
レントゥルスは苦笑しながら、しかし目は笑っていなかった。
「レン……運の悪い奴だ。せっかくデビュー戦を生き残っても、よりにもよって、あの執念深い蛇みたいな男に恨まれているとはな。いったい何をやらかしたんだ?」
彼は椅子にもたれ、深く息を吐く。
「……ともかく、すぐに次の興行にねじ込まないといかん。問題は“どの種類の試合”に出すかだ」
レントゥルスは指を折りながら、淡々と、しかし重く呟く。
「通常の剣闘士同士の試合で死ぬ奴は……1割か2割程度しかない。あれじゃ“処刑”にはならん。マニウス様の意向には合わんだろうな」
レントゥルスは机を指で叩きながら、ぼそりと続けた。
「そもそも、通常の試合はデスマッチじゃないのがいかん。審判が止めに入るし、降伏も許されている。よほど生ぬるい負け方でもしない限り、客が死刑を求めることもない。……世間は“剣闘士は皆殺し合いをしている”と思っているが、実際はそんな無茶な興行、誰もやらんのだ」
彼は深く息を吐き、天井を見上げた。
「だからこそ、レンを“確実に殺す”となると……通常の試合は当てに出来ん。興行主によって、ランクの近い者同士の対戦が組まれる。だから勝つ可能性が残る。さて、どうしたもんやら」
レントゥルスは机の上を指で叩きながら、さらに思案を続ける。
「野獣戦……剣闘士側はまず死なん。
罪人との集団戦……死ぬのは罪人だけだ。
処刑枠の混合試合……これも剣闘士は滅多に死なない」
淡々と、損得だけを計算する声だった。
「マニウス様は“殺せ”と言っている。だが、剣闘士を無駄死にさせるのは損だ。興行としても不自然になる」
レントゥルスは指を止め、短く結論を出した。
「そうだ……3対3の剣闘士同士の団体戦だ。乱戦なら新人は真っ先に死ぬ。しかも“通常の興行”として成立する。これならマニウス様の意向も満たせる」
それだけ言うと、彼は次の書類に手を伸ばした。
レンの生死など、彼にとっては商売の延長でしかなかった。




