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42 ドロミコス戦(後)

(し、しまった!!)


レンは青ざめる。

剣を失うなど想定外だった。


(……まずい。剣1本じゃ攻撃力も防御力も半分以下に――いや違う! 二刀流のスキルを考慮すれば1割以下じゃねえか!)


レンは冷や汗を流しながら、剣を左手から利き腕に持ち替え、ドロミコスと対峙する。


心臓を激しく鳴らすレンに、ドロミコスは容赦ない攻撃を仕掛けて来た。


「死ねや、ガリアの英雄サマよぉ!」


ガキィン! 


レンは残された右手の剣で、基礎能力値の差だけで刃を弾き返した。


だが次の瞬間、アザルの剣が振り下ろされる。


ヒュン!

(あぶねー)


先読みの力で、未来視したレンはぎりぎりバックステップで躱す。


キィィン!!


だが2人の連携攻撃は終わらない、とことん追い詰めてくる。

片手剣の型を知らないレンは、ただ力任せに剣を振るい防ぐしかなかった。


金属音が響くたび、毒で痺れている右手に重く圧し掛かる。


(クソっ、受け止めるだけで精一杯だ……!)


焦るレンの視界の端で、トースト通知が流れた。


★『グループA』+集中強化

 完全使用可能時間:残り3分


(まずい……っ! 早くしないとスキルが切れる!!)


レンの意識が、通知に移っているその隙をドロミコスは見逃さなかった。


「――どこを見ている!!」


ドロミコスの剣が、集中力を欠いたレンの剣を、斜め下から上へと強烈に跳ね上げる。


カァーンッ!!


「あっ……!?」


痺れた右手の指先から、残された最後の片手剣が離れた。剣は高々と舞い上がり、回転しながら砂の上へと突き刺さった。


アザルがそれをすかさず拾い上げ、遠くへ放り投げる。


観客席から悲鳴と怒声が響き渡る。


『うわぁ〜終わった! 今度こそ終わった!!』

『ドロミコスよくやったぞ!』

『もう終いだぁー! 金返せー!』


すべての剣を失ったレンに、ドロミコスは勝ち誇ったニヤケ顔で近づく。


「ひはははは! 丸腰だな!

 剣を両方とも失って、いまどんな気持ちだぁぁ!? この間抜け野郎がぁよぉお!」


(終わった、マジで終わった……! いやまだだ! 大回りで剣を取りに走れば、斬られる前に回収できるはずだ!)


だかレンには分かっていた。

激しい運動で、毒が体内を巡り足はフラフラ。回収できる確率は著しく低い。


その時、ドロミコスが汚い舌をペロリと出し挑発した。


「お前の女奴隷はバティアトゥス様に頼んで俺が貰ってやる! お前の代わりに毎日たっぷり可愛がってやんぜ!」


その下劣な言葉が耳に飛び込んできた瞬間、レンの胸の奥で、激しい怒りの炎が爆発した。


(なんだと、ふざけんな!  イオは俺の女だ!)


拳をギュと握った瞬間、これまでに感じたことのないパワーが拳から感じられた。


(……これは!? そうだ! 俺、ドロミコス殴るためにカンフー取ったんだ!)


膝がガクガクと笑い、スキルの力がなければ直立すら危うい。


(ふふっ。このふらつき、小学校で態とふらついて酔拳の真似して遊んだのを思い出すぜ!

てめえらに見せてやるよ! 俺の酔拳を!)


レンは完全に開き直った。

千鳥足となり、今にも崩れそうな肉体の軌道を、強引に酔拳の型に同調させる。

足元をフラフラとさせながら酔っぱらいのような動きをした。


「くくくっ! おい見ろよ、もうまともに立ててねえぞ!」


アザルがニヤニヤと余裕の笑みを浮かべ大盾を下げ、トドメを刺そうと一歩踏み込んで斜め斬りを放つ。


その瞬間、レンの身体がぐにゃりとしなり、剣を躱しながら崩れ落ちる。


完全に倒れる――

そう確信したアザルは完全に油断していた。


「なっ……!?」


見ると地面に倒れ込むはずだったレンの身体が低い姿勢で停止し、鋭い眼光で自分を睨み付け、拳を構え力を溜めている。


(喰らえ俺の渾身のアッパーカット!)


アザルが驚愕に目を剥いた時、

すでにレンの拳が下から、顎に向かって迫っていた。


「――ホァチャァッ!!」


突如としてアリーナに、レンの鋭い怪鳥音が響き渡る。


『筋力強化5倍』の破壊力に、カンフー Lv.10の効果を上乗せした鉄拳がアザルを襲った。


ドガァァァンッ!!


目の覚めるような強烈なアッパーカット――

ベキィっ。

凄まじい骨折音が響く。


アザルは、白目を剥いて真上へ吹き飛んだ。


顎は砕け、激しい脳挫傷により既に空中で事切れている。

そのため体は重量に任せて、ただそのまま白砂の上にドサリと崩れ落ちた。


わずか一撃。

丸腰になったはずの男による、一瞬の瞬殺劇。


あまりの予想外すぎる反撃に、数万人の観客席が静まり返る。

だが次の瞬間、爆発的大歓声が起こった。


『う、おおおおおおおーーーっ!? なんだ今の動きは!! 素手でアザルをブっ飛ばしたぞ!!』

『酔っぱらいみたいな動きで、なんで剣が避けれるんだ! !』

『嘘だ! 嘘だ! ドロミコス早く殺してくれ! 絶対負けんな、相手は丸腰なんだぞ!』


レンはフラフラと千鳥足で激しく揺れながら、残されたドロミコスへと一歩また一歩と近づいていく。


その不規則にぐにゃぐにゃと歪む歩みは、傍目には今にも白砂の上に倒れ伏しそうな泥酔者にしか見えない。


「な、なんなんだテメエは! 呪いでもかかってんのか、気持ち悪い動きしやがって!」


レンは視界の端に映る、スキルの残り時間を確認する。


(残り2分か……時間は十分。さっきのアッパーカット、拳が結構痛かったから耐久力強化も発動しとこう)


耐久力強化 Lv.40発動

(耐久力+400%)


「 死ね、死ねぇぇえ!!」


恐怖に駆られたドロミコスが、なりふり構わず剣を激しく振り下ろしてきた。


だが、レンの『先読み』と、不規則に歪む酔拳のステップによりドロミコスの必死の猛攻を紙一重で次々と躱す。


「なっ、なんで当たらねえんだよッ!? お前は丸腰だろうが!!」


どれだけ剣を振り回しても、煙のように揺らめくレンの肉体を一切捉えられない。


『凄いぞレン! そのままやっちまえ!!』

『ば、バカな! 素手で勝てる訳ねえ!』

『レン様ガンバってぇぇ!』


ついにドロミコスが完全にぶち切れ、

大盾をガラ空きにして狂ったように剣を突き出した――まさにその瞬間だった。


「――そこだ」


千鳥足で激しく傾いていたレンの身体が、バネのように鋭く回転した。

崩れる重心のすべての慣性を一本の軸足に集中させる。


強烈な後ろ回し蹴りが、

ドロミコスの左手に持つ大楯に炸裂した。


ドゴォォォンッ!!


「うわああああっ!?」


凄まじい衝撃波とともに、ドロミコスの左腕ごと大盾が弾き飛ばされ、砂の上に激しく転がる。


観客席は、素手のレンがアザルを倒し、今またドロミコスまでも追い詰めている現実に手に汗握る。


『いっけぇ!! あと1人だぁ!!』

『負けるなドロミコス! まだ剣がある!』


渾身の力で叫ぶ者、どよめきすら忘れて静まり返る者。数万人の観客がことの結末を注視していた。


ドロミコスは防御の要である盾を失い、顔面を恐怖で引きつらせる。


「く、来るな……来るなァッ!!」


右手に残された剣を狂ったように振り回し、必死に距離を取ろうと後ずさる。


だがレンはそれを許さない。


千鳥足の不規則なステップで、吸い込まれるように肉薄し、大盾を失ったその無防備な腹部へ容赦のない鉄拳をお見舞いする。


ドッゴォォォンッ!!


「がはっ……あ、……っ!?」


内臓を直接破砕する強烈なボディブロー。


右手に握られていた片手剣が白砂の上にカランと滑り落ち、ドロミコスは白目を剥いて、胃液をぶち撒けながら膝をついた。


しかし、レンの怒りはまだ終わらない。


「てめぇが俺にやった罪は、100万回死んで許されねえ!! 魂に刻め!!」


立ち上がることもできず痛みに耐えるドロミコスの胸ぐらを左手で掴み上げ、容赦のない拳を顔面に何度も叩き込む。


ドン! ズガッ! バキィッ!!


「あ、がっ……ひ、ひぃ……っ!」


顔面を歪められ、血反吐を流しながら、ドロミコスは完全に戦意を喪失した。


腫れ上がった顔で必死に審判へ視線を向ける。


「こ、こう――」


その口から「降伏」の言葉が漏れかけた、瞬間――


「――言わせねえよ!」


レンは右拳を、ドロミコスの口へ叩き込んだ。


ドガァァァンッ!!


「ぶふぉっ……!?」


凄まじい破壊音とともに、前歯が砕け散り、ドロミコスは血飛沫とともに砂の上へ転がる。


視界の端でトースト通知が赤く明滅する。


以下のバフが終了しました。

★筋力強化 Lv.40

★スタミナ強化 Lv.40

★敏捷強化 Lv.40


(ちっ、仕方ない……)


レンは砂の上に転がっているドロミコスの剣へと視線を落とした。


(……これで殺すか。本当は爪を剥いだり、部分的にちょん切ってジワジワ殺してやりたいけど、悲鳴を聞くのとか好きじゃないんだよな。特に自分でやるのなんて絶対無理。代わりに誰かにやってもらって報告を聞くのは全然平気だと思うけど……)


右腕の痺れを感じながらも剣を拾い上げ、落とさぬようにしっかりと握りしめる。


(良かったな、俺が優しい奴で楽に死ねるぞ)


砂の上でもんどりを打ち、血を吐きながら転げ回るドロミコスへ視線を向け、レンはゆっくりと近づいていく。


「己の罪を死んで後悔しろ!」


レンが剣を振り上げた――その時。

主審が、レンとドロミコスの間へ割って入り、両手を高く突き上げて叫ぶ。


「勝負あり! ドロミコスの降伏宣言を認める!! 勝者、ガリアのレン!!」


(はあ!? なに言ってるんだ! 降伏するなんてコイツは一言も言ってねえだろ!!)


レンが怒るのも無理はなかった。

剣闘士が降伏する場合は、本人が人差し指を立てるか、明確に降伏を宣言する必要がある。


ドロミコスはそのどちらもしていない。


(……そういうことか。この審判も敵だったんだな。

前と同じで、俺が重傷を負って降伏ししても、こいつは認めなかった。つまり実質、俺だけがデスマッチだったんだ……)



レンの勝利宣言の直後、闘技場全体が大歓声に包まれた。


『よくやったぞレン! お前は最高だ!!』

『そうだ! お前ひとりで5人全員を倒したんだぞ!』

『素手で2人を倒したのも凄かったわ!』

『ありがとうレン! お前に賭けて大儲けさせて貰ったぜ!』

『レン様、私を抱いてぇぇ!!』


レンはアリーナの中心で、拾い上げた剣を高く天へ掲げ勝者のポーズを取り、沸き立つ数万人の観客へ向けて、ゆっくりと手を振った。

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