40 ドロミコス戦(前)
伝令奴隷の案内で、レン、ヴェルコ、ヴォルカスの三人は、アリーナへと繋がるゲート横の待機テントへと移動した。
30分後、
待機テントに、数万人のローマ市民が放つ大歓声が聞こえてきた。
(試合が終わったのか? ……次は俺たちの番だな)
レンは自分の両手の指先を見つめ、何度も握っては開いてみる。
(やっぱり変だ……)
右腕だけだった痺れは、今では両腕に広がり、体全体に違和感が出始めていた。
(……もしかして、あの強壮薬のせいなのか?)
だがレンは直ぐにその考えを否定した。
(いや、あれはクラウディア様がくれた物だし……俺の毒耐性は常人の2倍で、回復力は6倍ある。少しくらい変な物が混じってたって大丈夫……っ!?)
レンの脳裏に不吉な想像が過る。
(まさか少しじゃないのか!? でもあれはクラウディア様がくれたものだぞ、毒なんて入ってる訳――あっ、朝食か! 誰かが朝食に毒を入れたんだ!!)
レンがそう考えた直後、テントの外からベスス教官の怒声が響いた。
「レン! 時間だ準備しろ!」
「くっ……、二人とも行くぞ」
レンは一旦、原因の追及を止め、ヴェルコとヴォルカスを連れて待機テントを出た。
待機広場に出ると、ヴェルコとヴォルカスは武器棚から盾と剣を取り出し装備する。
レンも武器棚から二本のスパタ(片手剣)を取り左右に握った。
(大丈夫だ、ちゃんと握れてる。今は毒抵抗と回復術の力を信じるんだ……)
守衛の合図で、アリーナへと繋がる格子状の鉄ゲートが、持ち上がり始める。
ガガガガ、
と重い金属音が待機広場に響き、太陽の光が差し込む。それと同時に、血を求める観客たちの狂気じみた怒号までもが、レンの所まで津波のように押し寄せて来た。
「行けレン! 最高の試合を観客に見せてやれ!」
ベススの掛け声にレンは頷き、アリーナへ一歩を踏み出す。
「いくぞヴェルコ、ヴォルカス!」
「「おう!」」
三人がゲートを潜ると、
レンたちの姿を見た数万人のローマ市民の大歓声が、滝のように降り注ぐ。
レンが観客に手を振りながら、アリーナの中央に進んでいると、反対側のゲートから入場した5人の姿が見えた。
5人とも上半身は裸で、左手には巨大な大盾を持ち、右手には剣を握っている。
やがて顔が見え始めると、レンは眉間に皺を寄せた。
(……あの真ん中の奴、ドロミコスに似てるな……? いや、やっぱりアイツだ!)
その瞬間、レンの脳裏に朝食に毒を仕込んでいるドロミコスの姿が過った。
(そうか! あいつが毒を仕込んだんだ! クソ雑魚の癖に、何度も何度も俺の邪魔をしやがって。もう許さねぇ!)
レンが怒りでスパタをギュッと握り締めると、ドロミコスが下品なニヤケ面で、大口を開けた。
「ひゃはっー! ようこそ死地へ、ガリアの英雄サマよぉ」
(っ! ぶっ殺す!!)
「おいおい、どうした? 随分と顔色が悪いじゃねえか。
まるで一晩中ババアに絞り尽くされたようなツラしてんなぁ!」
その言葉に、隣の四人がゲスな笑い声をあげる。
(く……っ、コイツらファビアのこと知ってるのか!?)
アリーナの中央に立つ、主審が手にしたルディス(木剣)を高く掲げ、大声を張り上げた。
「ローマ市民の諸君!
これより、栄えある元老院の重鎮にして、この試合の偉大なる主催者──
ルキウス・マルキウス・フィリップス閣下をお迎えする!」
主審が特等席のバルコニーへと木剣を向けると、観客席からは割れんばかりの歓声が湧き起こる。
レンも思わず顔を上げた。
白い天幕の下、フィリップスがゆるやかに右手を掲げ、その威厳ある眼差しでアリーナ全体を見渡す。
それからしばらくはフィリップスの自分の権威を上げるための演説が続き、長い演説のあとようやく試合が始まった。
主審がレンたちの方を木剣で指し示し、観客席に聞こえるよう大声で叫ぶ。
「形式は三対五のハンデマッチ!
まずは西翼――果敢なる戦士、ヴェルコ! ヴォルカス!
そして二人を率いるのは、前回のデスマッチで『復讐の獅子兄弟』を討ち倒した――
ガリアの若き英雄レンだーー!!」
観客たちから地鳴りのような歓声と声援が飛ぶ。
「対する東翼!
鉄壁の盾を誇る四人の精鋭――
タラノス! ウルフガル! アザル! ハルド!
そして彼らを率いる、トラキア派閥の実力者――
ドロミコスだーー!!」
彼ら5人は一斉に大盾を打ち鳴らし、数の暴力を誇示するようにアリーナを威圧した。
ドロミコスに賭けている観客から歓声が飛ぶ。
主審が両者から一歩退き、右手を高く突き上げる。
数万人の血を求める観客の熱狂が闘技場を支配し、試合が始まる瞬間を待っていた。
主審の目が、レンの瞳とドロミコスの邪悪な笑みを交互に捉える。
「――始め!!」
振り下ろされた右手の合図と共に、
ついに命がけの死闘の幕が切って落とされる。
(グループA発動!)
レンの全身に力が駆け巡り、トースト通知が流れる。
★筋力強化 Lv.40発動
①筋力+400%
②有効時間 2分30秒
★敏捷強化 Lv.40発動
①敏捷+400%
②有効時間 2分30秒
★敵攻撃の先読み Lv.71発動
①重傷になる攻撃への発動確率 100%
②中傷になる攻撃への発動確率 84%
③3秒後に訪れる危険を察知
④有効範囲 30メートル
⑤有効時間 3分
(よし、まずは一人潰す!)
「うぉおおお!」
レンは爆発的な突進力で白砂を蹴り、フォーメーションを組まれる前に鉄壁の盾を崩すべく、電光石火のスピードで開幕速攻を仕掛けた。
『敏捷強化』による5倍の速度は凄まじく、観客の目にはレンの身体が一瞬でブレて消えたかのように映った。
レンが狙ったのは最右翼のアザル。
彼はレンの反応速度に遅れ、数合の攻防の末に大盾へと身を隠す。
その瞬間、アザルはレンを視界から完全に見失った。
(今だ!)
絶好のチャンス――レンが踏み込もうと足に力を込めた瞬間、脚の奥に鈍い違和感が走る。
毒がいつの間にか全身へと広がっていたのだ。
(くっ! 足がもつれる! だけど殺れる!)
レンは瞬間的にアザルの右側へと回り込み、一人目を仕留めるべく、容赦のない二刀の剣を鋭く繰り出す──。
「――殺らせねえよ!」
ガシャアアアンッ!!
笑い声と共に、レンの斬撃がドロミコスの大盾に弾かれた。
彼はレンを注視していたため、即座に反応し、レンの斬撃をその分厚い盾で受け止めることが出来たのだ。
凄まじい金属音が白砂の上に響き渡り、火花が激しく飛び散った。
ドロミコスは大楯の影から不敵なニヤケ面を見せる。
「ヒャッハーっ! 無駄だ無駄だぁ!
ガリアの英雄さんよ、幾ら強くても同時に3人を相手には出来ねえよな!」
(くっ! この野郎、絶対ぶっ殺す!!)




