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02 デビュー戦

「レン行け! 観客を待たせるな!」


(嘘だろ!? まだ全部見てないんだけど!!)


無情にも看守の怒声が響き、レンはいやいや光の射す出口へと歩み出す。だがその歩みは、時間を稼ぐためゆっくりとしていた。


(次だ次、メニュー表示――)


ーーーーー

1ステータス表示。

2所持品。

3スキル。

4人間関係

5HELP

ーーーーー


(スキルだ! 3番!)


ーーーーー

【スキル購入ウィンドウ】

1.ステータス上昇系(筋力強化、敏捷強化、頑強など)

2.武技・戦闘系(剣技、盾技、ステップ、見切りなど)

3.内政・経営系(工作、交渉、外交、財政管理など)

4.生活・サバイバル系(応急手当、毒耐性、危険察知など)

5.称号・カリスマ系(威圧、煽り、民衆煽動、美女魅了など)


【取得済みスキル】

短刀術 Lv.1

盾術 Lv.1

言語理解(ラテン語/ガリア語) Lv.Max ※転生特典


★ポイント残高0

ーーーーー


(ポイント残高0ってなんだよ!? 普通こういう時は未使用のポイントがあるもんだろ!)


レンは心の中で画面に向かって猛ツッコミを入れた。

その瞬間だった。


「――がふっ!?」


レンの背中に強烈な衝撃が走り、前のめりにゲートの向こう――

直射日光が灼く、闘技場の砂の上へと文字通り 蹴り出された。


振り返ると、鉄格子の奥の暗がりに立つオエノマウス教官が、鬼のような形相でレンを睨みつけていた。


「ボサッとするなレン! 早く行け!」


教官はゲートの境界線から身を乗り出し、地鳴りのような声で怒鳴り散らす。


「下を向くな、胸を張れ! 後ろを気にする暇があるなら観客に手を振れ!

惨めに怯える奴隷の姿など、ローマ市民は見たくないぞ!

生きて戻りたくば、まずは観客を味方に付けろ!」


無情にも、レンの背後で

ギギギ……バタン!

と重い鉄格子が完全に閉じられた。


もう退路はない。


頭上からは、すり鉢状の客席を埋め尽くす数万人のローマ市民による、狂気的な大歓声とブーイングが容赦なく降り注ぐ。


(手を振れだって!? 無理無理無理、こっちは心臓が破裂しそうなんだぞ! 俺は気が小さいんだ! 神様お願いだから! 平和ボケした日本人に戻らせてくれ!!)


錆びた短剣と木製の丸盾を握ったまま、レンの手はガタガタと震えて止まらない。


その時、闘技場の真向かいにある対戦相手用のゲートが、

ガラガラと重い音を立てて開き始めた――。


(そうだHELPだ! 何か初心者救済のチュートリアルとか説明があるはずだろッ!)


レンは藁にもすがる思いで、脳内のメニューから5番を選択した。


《ポーン――はい、サポートセンターAIです。何かご質問ですか?》


脳裏に響いたのは、妙に軽快で、どこか無機質なシステム音声だった。


(誰だよお前っ!!)


《サポートセンターのAIです》


(な、なんでAIなんだよ!

もっとこう……“賢者の声”とか“神の声”とかあるだろ!? 異世界テンプレってやつがよ!!)


《当サービスはテンプレ展開には対応しておりません。以上、サポートセンターからのお知らせでした。健闘をお祈りします》


(待て待て待て!! 勝手に閉じるな!!)


《……なんでしょうか?》


(どうやったら、剣闘士の試合って勝てるんだ!?)


《現在、あなたに提供できる有効なアドバイスはございません》


(はぁ!? なんでだよ!! サポートしろよ!! 命がかかってんだぞ!)


《理由は二つあります。

一つ目、スキル購入ポイントが0のため、現状での強化が不可能です。ちなみにポイントはレベルアップ、もしくは金品を奉納すると得られます》


(ふざけんな! レベルアップなんて出来ないし、金品も持ってないぞ!)


《その通りです。

 そして二つ目、あなたの初期ステータスが低すぎるため、現在“有効な戦術”が存在しません》


(有効な戦術がないとか言うな、このバカがあぁぁぁ!!)


《お怒りはご尤もです。でもチャンスはあります。デビュー戦の相手は、運がよければ50%の確率で、数合わせの弱い剣闘士です。レンさん、ガンバですよっ!》


(ガンバっ、じゃねえよ! その数合わせの弱い剣闘士って、絶対俺のことだろ!!)


その瞬間。


「うをおぉぉぉ!」


対戦相手の鼓膜をつんざく絶叫。


上半身が裸の、小太りの男が真正面のゲートから飛び出し、砂を蹴って突進してくる。


ギラギラと狂気に染まった目をした短剣持ちの男だ。


「この野郎、死ねえぇ!!」


男の狙いは、完全にレンの首筋だ。


「う、うわあああ!?」

レンは本能的に横に飛びのいた。


さっきまでレンの頭があった空間を、鋭利な刃が空を切る。


(こ、怖えええ! 一歩遅かったら死んでたぞ!)


「に、逃げやがったな!」


背中に冷や汗がドッと噴き出す。

心臓がドクドクと鳴り響く中、レンは砂まみれになりながら這いずり回り、必死の形相で盾を構え、短剣を握り直した。


「ハァーっ! ハァーっ!」


目の前の男は、肩を大きく上下させて荒い息を吐いている。


よほど力任せに走ってきたのか、早くも男の足元はフラついていた。


(デブなのに無茶して走ってくるからだ。あっ、これってもしかしてチャンスじゃね!)


次の瞬間、男は血走った目でレンを睨みつけ、再び短剣を大きく振りかぶった。


「ぶっ殺しちゃるううう!」


(うわっ、来たあぁぁぁ!)


地を蹴って、再びレンに向かって突進する。


だが、死の恐怖が一瞬だけ引いたレンの目には、その姿が奇妙に映った。


(……いや、待て。こいつ、なんかめちゃくちゃトロイぞ!? もしかして、こいつも数合わせなんじゃないか!)


アドレナリンが出て、集中力の増したレンには、男の攻撃が力任せで、大振りで、まるでゲームの雑魚敵のようなモーションに見えた。


さらに、剣闘士養成所で訓練された十五歳のガリア人少年の肉体は驚くほど軽かった。

運動不足だったサラリーマンのレンの感覚からすれば、まるで身体が羽のようにすばしっこく動く。


男が横一線に短剣を振り抜く。


「ぶふぅっー!」


レンは、今度は頭を下げてその刃の下を潜り抜けるように避けた。


ブンッ、と虚しく空を切る金属音。

勢いが余りすぎて、男の無防備な背中が目の前に晒される。


(ここだっ……!)


レンは「死にたくない」という一心で、短剣を男の脇腹へとがむしゃらに突き出した。

グニョリ、と生々しい感触が拳に伝わる。


「が、はっ……!?」


男の動きが完全に止まった。


見ると、レンの短剣が男の脇腹を深く貫いている。


男は信じられないといった表情で口から血を吐き、そのまま砂の上へ膝から崩れ落ちた。


(や、やったか!)


「うおおおおおお! 勝ったぞおおお!」


レンは短剣を天に掲げ、観客に向かってガッツポーズを取った。


その瞬間、観客席から、鼓膜が破れんばかりの地鳴りのような大歓声がドッと湧き上がった。


「おい見ろ! あのガリアのガキが大男をやりやがった!」

「見事なハラキリ(臓物ブチ撒け)だ! 賭け金が跳ね上がったぞ!」 


興奮したローマ市民たちが身を乗り出し、親指を激しく突き上げている。現代のスポーツ観戦なんてレベルじゃない。血と暴力に飢えた狂気の熱気だ。


 と、その時。中央の特等席に座る高貴な身なりの男――この興行の主催者エディトルが、満足そうに頷きながら片手を挙げた。


主催者の合図とともに、闘技場の端から数人の奴隷たちが砂を蹴って走ってくる。


彼らはレンが倒した男の足を容赦なく掴むと、まるで屠殺とさつされた家畜のように、ずるずると引きずって退場させていった。


と、同時に、別の奴隷が主審に駆け寄り、小さな袋を差し出す。

主審スマ・ルディスはそれを受け取ると、

レンの足元へ向かって、無造作に革袋を放り投げた。


「おい、主催者様からの報奨金プラエミウムだ。受け取りな」


チャリン、と重みのある音が地面に響く。

中身は数枚のデナリウス銀貨だ。


レンは、前の人格のレンの記憶を読み取った。


これは奴隷の身分であるレンたちにとって、唯一「自分の取り分」にできる貴重な財産にだった。こうした金を貯めていけば、所有者から自由を買える可能性が出て来るのだ。


レンは銀貨の袋を腰布にねじ込み、興奮冷めやらぬ大歓声を背中で浴びながら、教官の待つ入場ゲートへと急いで引き返した。

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