18 クラウディアの失望
紀元前77年10月。
ローマ。
「クラウディア様、養成所のバティアトゥス殿から親書が届いております」
磨き抜かれた銀のトレイに乗せられた一通の手紙。
それを差し出したのは、若く端正な顔立ちの執事アンドリューだった。
クラウディアは大きな鏡の前に座り、
お抱えの髪結い師に艶やかな赤毛を梳かせている最中だった。
鏡越しにアンドリューを一瞥し、
退屈そうに長いため息をつく。
「バティアトゥス?
きっと、レンの怪我が治ったとの報告ね。
アンドリュー、あなたが内容を確認してちょうだい」
クラウディアにとってレンはまだ、
少しばかり気にかけている“面白い玩具”に過ぎない。
手紙に素早く目を通したアンドリューは、
その端正な顔に眉を寄せる。
「――っ、クラウディア様!」
「静かにして。髪が乱れるわ」
「申し訳ありません! しかし……レンが、三日後に開かれる興行の初日、その“目玉試合”に出場するとのことです!」
「……なんですって?」
クラウディアは背後の執事へ向け、
差し出された手紙に手を伸ばし受け取る。
文字を追うクラウディアの琥珀色の瞳が、
みるみる険しくなっていく。
「……レンが、初日のメイン戦?
……なにこれ、嘘でしょ」
「如何されましたか、クラウディア様?」
普段の冷静さを欠いた主人の様子に、
アンドリューが怪訝そうに眉をひそめる。
クラウディアは信じられないというように、
ぽつりと試合内容を呟いた。
「……試合内容は、
『復讐の獅子兄弟』対『新星の英雄』。
二対一のデスマッチだそうよ」
「二対一ですか!?」
アンドリューの顔から血の気が引く。
一対一なら勝率が五割ある者同士でも、二対一になった瞬間、一人の側の勝率は一割にも満たなくなる。それが戦いの鉄則だ。
一人が正面から相手の武器を受け止め、もう一人が無防備な背中を刺す。それだけで、どれほど腕の立つ剣士であっても、あっけなく命を落とす。
レンが超一流の剣闘士でもない限り、この絶望的な勝率をひっくり返すのは、不可能に等しかった。
クラウディアは手紙をきつく握りしめ、美しい唇を忌々しげに噛んだ。
「やられたわ。叔父様が、わざわざ興行主になるなんて珍しいと思っていたのよ。最初からこれが狙いだったのね……」
ルクレティアを誑かした不届き者を、合法的に、かつ最も無残な形で処刑するための舞台。
「格上の二人が相手では、レンに奇跡が幾つあっても足りないわ」
アンドリューが少し嬉しそうに呟く。
「実力が拮抗していても、勝つのは奇跡に近い。……レンの命は、あと三日ですね」
「そうね……」
クラウディアはゆっくりと手紙をトレイに戻した。
鏡の中の自分を見つめ、ふっと冷たい笑みを浮かべる。
「せっかく面白い原石を見つけたと思ったのに。……残念だわ」
そう呟く彼女の声は冷徹そのものだった。
しかし、握りしめられていた手紙には、彼女の指の跡が深く、痛々しいほどに残されていた。
ーーーーーー
レンはローマでの興行に向かうため、馬車に乗っていた。
今回、レンが乗った馬車は、一流剣闘士が移送されるときに使われる特別車両だった。
厚い板張りの壁、揺れを抑える補強、そして“顔を見せるため”の鉄格子付きの窓。
だがゴトゴトと車輪が石畳を叩くたび、馬車全体が唸るように揺れるのは同じだ。
しかし監視兵たちの対応は、いつもより丁寧だ。
監視兵が御者に注意する。
「おい、そんなに揺らすな。中には“高い剣闘士”が乗ってるんだ」
「傷でもつけたら、バティアトゥス様に叱責されるぞ。気をつけろ!」
レンはふと足元へ視線を落とす。
一流剣闘士用の豪華な内装──
その中で、足首にだけ冷たい鉄の枷が残っていた。
(高いね……)
本当の一流剣闘士には鉄の枷はされない、鉄枷はレンがまだ本物ではない証拠だった。
ローマで人気が出たらしいから、もうちょっとで一流扱いになるのかもしれない。まあキャリアがたった2戦しかないから、これでも異例の出世扱いなのだろう、そうレンは考えた。
レンは今回の試合内容はまだ聞いていない。そのため恐らく一対一だろうと予想していた。
(でもマニウスのことだ。間違いなく凄腕の剣闘士を俺に当ててくるよな……)
レンはこの四か月、無意味に過ごしたわけではない、日々スキル強化に努めてきた。
レンは確認のため、自身のステータスを開いた。
■名前: レン
■年齢: 16歳 紀元前92年産まれ
■出身地:ガリア
■容姿:黒髪黒目の美形。戦闘適性の高い体格。
■所持金 銀貨8枚
■称号: 期待の新人剣闘士(全ステータス補正+3)
★レベル: 27
(最大レベル999)
★HP(体力): 377 / 377
(運動不足により40減少)
★SP: 138/ 138
(運動不足により20減少)
★MP: 3/151
(+54上昇)
■【能力値】(平均的な剣闘士400)
★筋力: 271(運動不足により40減少)
★敏捷: 386(運動不足により40減少)
★耐久: 218(運動不足により40減少)
(運動不足のデバフがでかい……。
これも全部あのドロミコスの野郎のせいだ。あの雑魚、いつかぶっ殺してやる)
■【スキル】(最大レベル100)
非発動型
★二刀流術 Lv.2(攻撃力&防御力+20%)
★短刀術 Lv.11(攻撃力&防御力+110%)
★盾術 Lv.5(防御力+50%)
★言語理解(ラテン語/ガリア語) Lv.Max ※転生特典
★魔力枯渇耐性Lv.82。ダメージ82%カット。気絶無効。
発動型(必要MP 10)
★筋力強化 Lv.10
(筋力100%アップ)
★反応速度強化 Lv.10
(敏捷:100%アップ)
★集中力強化 Lv.10
(ゾーンに入る確率&ゾーン時間100%アップ)
★『敵攻撃の先読み Lv.62』
①重傷になる攻撃への発動確率 100%
②中傷になる攻撃への発動確率 48%
③1.3秒後に訪れる危険を察知
④有効範囲 30メートル
⑤有効時間 3分
レンはこの4か月で、筋力、反応、集中力のスキルをレベル10まで上げた。
そのためスキルの発動時は、2倍の基礎能力が得られるようになった。
その後のスキル訓練は、先読みの訓練だけだった。
おかげで、先読みスキルはレベル62まで上がった。
レベル50で重傷攻撃に100%発動するようになり、さらに中傷攻撃の先読みが覚醒した。
なお、先読みをレベル75まで上げると、中傷攻撃に100%発動し、軽傷攻撃が覚醒する。
レンは右手の親指を顎に当て、ニヤリと笑った。
(発動型スキル4つ全てを発動させれば、戦闘時間は3分しか持たない。
でも――今の俺なら一流の剣闘士以外なら余裕で勝てる!)




