6:花の園の花園
だいぶ、久しぶりになってしまいました。
平日の時間管理能力が欲しいです……。
「……………。」
郷田は待機車両の中で、脚を組んで沈黙していた……。いや、むしろそれしか彼には出来なかったのかもしれない。
……度重なる無線連絡の遮断。最初の五十嵐の無線を皮切りに、その他の隊員への状況確認がことごとく通じなかったのだ。
作戦開始から既に3分以上が経過していた。本来なら30秒を越した時点で、待機部隊の彼らは突入していなければならない。
しかし、『連絡を取ってから』というマニュアルに則ったことにより、彼らの行動は非常に遅々としたものになるのだった……。
だが、結果的に“判断を遅らす”という郷田の『判断』は正しかったのかもしれない。……正面入り口から突入したら、『六甲無双』に巻き込まれていたかもしれないのだから。
とはいえ、そんなことを知る由もない郷田は、ただ座して連絡を待つことに限界を感じていた。……彼の足が運転席のシートを蹴り始めたので、待機部隊の隊員たちは嫌でもそれが分かるのだった……。
「……装備の点検を始めろ。30秒後にガーデニング店入り口から突入する。」
郷田のその発言は無線を通じて行われたので、待機部隊だけじゃない、向かいのビルの屋上から様子を伺う偵察班にもその声は聞こえた。……もっとも、突入した部隊の方は分からない。その無線を無事に聞いているのだろうか……?
……そう思いを馳せた郷田だが、彼らからの返答が無いことが、既に答えになっていることに気付くと、途端に俯くのだった……。
「隊長! 突入部隊からの無線連絡はまだです!突入は控えられた方が……ッ!!」
恐る恐る…という感じで偵察班から進言がなされた。しかし、拳を真っ赤になるほど強く握り、膝の上で震わせている郷田に、そんな言葉が届くはずもなかった……。
「……俺に逆らうッてかァッ!? もうとっくにタイムテーブルやらマニュアルやら言ッてる時間は終わッてェんだよォ。膠着状態を脱するには、突入ゥするしかねェんだよォ。まだ分かってねェのかよォ……?」
「………………。」
怒気のこもった郷田のその声に、全ての隊員が沈黙を余儀なくされる……。それを傲慢だ、と笑うのは容易だ。しかし、郷田のバレンタインの辛い過去を知るからこそ、それを笑い捨てることは、無線を聞いていた誰にも出来なかった……。
……やがて沈黙を破るように、一人の隊員の無線が入った。
「ガーデニング店入り口からでは、時間がかかってしまいます……ッ。何故、正面から突入しないのですか……?」
郷田からの返答は、よどみなく速やかに行われた。
「……正面入り口から突入した2隊との連絡がつかない。また同じところに突っ込むのは愚策というものだろォ。」
…郷田のその無線は、まだ見ぬ未知の『敵』の介在を想像させた…。
彼らの作戦には、当初から『敵』の存在など考慮されていなかった。迅速かつ大胆な電撃特攻により、第三者からの影響を一切受けずに、あっという間に制圧するつもりだったのだ。
それがこの有様。郷田の言う通り、もはやマニュアルに則って行動するレベルではないのだ…。
「……カウント30。もう迷うなッ、悩むなッ!突入準備をしろッ!」
郷田の叫びが、無線を聞いていた全てに耳をつんざく。しかし、それに戸惑う様子を微塵も見せずに、彼らは手を素早く動かし始めていた。それはスイッチをいれられた機械のようで、……だからこそ『戸惑う』という人間の所作を感じさせなかったのかもしれない。郷田の指定した30秒が冗長と感じられるほどの時間で、彼らは全準備を終えたのだった……。
そこから語るべきことは一切無い。全ては彼らが予想予定想定想像した通りに進んだのだから。
だからこそ。語るべきは、想定外のことが起き、予定が狂ったこの瞬間からになる……。
郷田を先頭に、部隊がガーデニング店の花が並ぶ店先を駆けていく。
ガーデニング店は、ジャ○コ店外に設けられたルーフの下から、店内の1コーナーにつながる、中規模のものだ。店内側の方は、レジを抜けるのと同じ要領で、食品店側かエレベーターロビー、左右それぞれから出ていける。
郷田達は、エレベーターロビーの裏の階段から地下に降りる部隊と、一回を捜索する部隊で分かれるつもりでいた。
そう、『つもりでいた』のだ。だから、それは、叶わない。
彼らは店外から店内に向かう通路を目指す。囲む花の美しさに気をとられている暇もなく、走る、走る。
先頭を走る郷田は、他の隊長がそうであるように、頭に完璧な地図を描き、一切の迷いを見せなかった。
しかし、今、迷った。……何故?
視界が真っ赤に染まり、郷田はその刹那、方向感覚を失っていた。……頭に地図を描こうとも、迷い無き歩みはあくまで視覚に頼るもの。
郷田は高校のバスケ部時代のことを思い出していた。あぁ、あれはダンクを狙った際に目測を誤って、ゴールリングに額をぶつけた時だっけ…?あの時も額からの流血が、視界を真っ赤に染めていた……。
そんな回想に身を委ねようとするが、塞がれた視覚の代わりに他の感覚が、それを許さず、状況判断を訴えかける。
それは嗅覚。そして訴えかけるは、甘い香り。……体育会系の郷田が本物を嗅ぐのは、これが初めてだった……。
他の隊員達は視界を塞がれてはいなかった。だから、郷田の視界を塞いだ物の正体を見ることが出来た……。
それは赤き薔薇。いくつもの花びらが、視界を塞ぐに十分な、赤きカーテンを象っていた。
その茎は一つにまとめられ……。それが花束だと分かると同時に、それを握る手の正体への興味を湧かせた。
視界を塞がれた郷田の代わりを勤めるかのように、隊員達は茎から腕、そして顔への曲線を視線でなぞっていく……。
エプロンには『ガーデニング・花の園』という文字が印刷されていた。店員独自のものだろう名札には『花園』、という『いかにも』な名字が示され、これが突入時じゃなきゃ笑えたのに……という思いが、彼らの頭によぎるのだった。
そして、眼鏡をかけた痩身の優男、という印象を彼らが得る頃。……男の口が開かれた。
「赤き薔薇の花言葉は、“情熱”。あなた達の疾駆に込められた、意味の分からぬ“情熱”が、いかに優雅なる花たちの花弁にダメージを与えているか。そこに気付かぬ愚か者たちよ、口利かぬ花の想いを私が代弁しましょう。『立ち去れ。』」




