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7:花の園の喧嘩

 花園の発言は、隊員達の耳には、現実離れしたものに聞こえたに違いない。

 ……郷田のような強面の視界を、薔薇の花束で覆った上で……長々と喋りすぎだし、花の気持ちを代弁するし……、それにそれに……。

 頭に浮かんでは消える疑問。……もし、これが予定通りに作戦が進んでいる時に起きたなら、ただの変人、とあしらっていくのだろう。

 いや、そもそも作戦が予定通りだったならば、彼らは『会うはず』が無かったのだ。

 混迷混乱困窮している作戦の途中だからこそ……、彼らは目の前の男の異質さに、悪寒さえ感じ始める……。


 他の部隊の無線が途絶えたのは、彼らも『この異質さ』に遭遇したからではないのか……?


 薔薇を構えた男を見据えながら、隊員達は震え始める……。

 それは怯えから? それとも武者震いなのか。いずれにしろ、足をガクガクと震わせる姿は、成人の男として、あまり格好の良いものではなかった……。


「花が私に語りかけています。芳醇なる香りが、花びらの揺らめきが、根を張りし土の僅かな凹凸が!! 私に語りかけてくるのですッ!! 自然界の基礎たる植物に対する冒涜を罰せ、と。あなた達愚か者に、『立ち去れ』ッ、『立ち去れ』ぇぃッ、とッ!!」

 発狂酔狂躁狂。隊員達の恐怖が、徐々に徐々に別のものへと変わっていく……。


「お、俺はホラー映画でも……見ているのか?」 一人の隊員がそう呟いた。彼の言葉は適切ではない。この場合は『サイコホラー』だ。たぶん。



「客よりも花が大事ッてのかよゥ。……お坊ッちゃんよォ。」

 静観していた郷田が……、──そういえば、ずっと薔薇で視界を塞がれていた──確かに呟く。それは呟きにも関わらず、確かに響いた……。戦場に響く角笛を連想させるその声は、次の瞬間には……ッ!!



「うォォオォォォオオォォォッッッ!!!」

 獣の如き叫び声に変わりッ、郷田が薔薇の花束を拳で一息に掴むッ!

 花園は動揺した。二つの理由で。

 一つは、棘。薔薇の棘が、郷田を苛むはずなのにッ!? なのに、掴まれたッ。

 もう一つは、愛。薔薇の花束が、その握力で折られようとする瞬間、花園は自分の身より薔薇への愛を優先する……。


 薔薇を掴み、奪い取ろうとした郷田は顔を歪める。それは驚きなのか、畏怖なのか。

 薔薇を頭上高く引き揚げた刹那、花園の顔が郷田の視界を上に通り過ぎたのだ。

 そして、……右腕に違和感。薔薇の花束にしては、右腕のそれは重すぎた……ッ。


 隊員達だけが、傍からその全てを見ていた。……理解していたかは怪しいものだが。

 花園はその瞬間、確かに薔薇と一心同体だった。それは、最高の愛の表現。

 持ち上げられていく花束の茎を、しっかりと掴み。花束と共に宙を舞った。薔薇が花びらを散らすと共に、彼は同じ赤色をした……鼻血を周囲に散らしていた。


 郷田は、その筋肉質な体が物語るように、腕力には自信があった。

 しかし、右腕のソレは重すぎた……! 片腕で人一人を持ち上げられるほど、郷田は力があるわけじゃない……ッ。

 そんな郷田の思考と裏腹に、花園は宙高く舞い上がる。……今の花園は薔薇と一心同体なのだ。物理法則をそこに求めるなど馬鹿馬鹿しいッ!

 やがて、郷田の腕が地面と直角に振り上げられた時。……郷田の体が傾く。それは右腕に起きた不意の重みに耐えかねてのものだった。


 とても文字では形容できないような音が起きて、隊員達は夢想から帰ってくる。……今まで目の前の非現実的な光景に目を奪われていたのだ。

 郷田は仰向けに倒れていた。人一人の重さを右腕に受けて、一気に後ろの地面に叩きつけられたのだ。その体が生気を見せるのに短くない時間をかけても、何の不自然もない……。

 しかし、隊員達が郷田に目を向けたのは、あまりに短い時間だった。決して、隊員達が薄情なのではない。……より、目を引きつけられる光景があったからである。


 郷田が、再起にこれだけの時間をかけているのだ。より高い郷田の頭上から落ちた花園は、ひとたまりもない……はずなのだ。

 なのに、花園はッ、眼鏡をクイッと指で直す余裕を見せながら立ち上がった……。


「……あぁ、私のために散りし薔薇よ、無駄にはしない。ローズヒップの紅茶を作り、芳香剤にし、お風呂に浮かべましょう。しばしお待ちを。仇を取ってからです。」

 相変わらずの驚愕すべき長台詞を吐きながら、花園は地面に潰れた薔薇にお辞儀をした。

 ……薔薇が花園のクッションとなり、墜落のショックを弱めたのだ。……それは薔薇の意志?  ……答えは誰にも分からないが、これだけは言える。

 ……薔薇の茎に無数にあったはずの棘は、その上に身を任せたはずの花園に全く傷をつけなかった……。


 薔薇との会話を終えた花園は、仰向けに倒れた郷田の顔を覗き込むように見下ろす……。その表情には、およそ浮かべられる全ての感情が入り交じっていた。

 しかし、周りの隊員達が見たその表情には『侮蔑』の感情が色濃く感じられたのだった……。


「……哀れですね。これが自然に逆らいし人間の末路とは。」

「………………。」

 郷田は白濁した意識の中でそれを聞いていた。……頭を強く打った。痛みに呻くくらいしか出来いのだ……。


「花の美しさにも、気品にも叶わぬ下等で下品な下賤な者め。散りし薔薇の遺志よりもう一度申そう。『立ち去れ』。」

「へっへ……。かっけェじゃねェかよォ……。」

 郷田が一文字一文字を噛み締めるかのように、そう語る。……虫の息、とまではいかないものの、それ相応の苦しみを受けていることが見て取れた。


「……どうも。花の美しさに触れていれば、あなたもそうなれたかもしれませんね。」



「そうかァ……。ところでよォ。『鼻血』、出てるぜェ?」



「…………ッ!!」

 郷田の声に鼻を確認した花園の足が掴まれ、そのまま、後転するかのような勢いで、郷田の脚が花園の腹に向かって打ち込まれるッ!!

 ……いっそふっ飛んでしまえば、腹に対する攻撃を流すことも出来たろう。しかし、郷田が足を掴んでいる……!! 避けることも叶わずに、郷田の全身全霊の一撃が、花園の内臓に大きな衝撃を与えるッ!!


「『鼻』に気を遣うな。愛でるのは『花』だけにしやがれ。ナルシスト野郎がァッ!!」

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