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5:時速43200km

 バレンタイン終わっての初めての更新です。

(あとから読む方、前書きが時事ネタで申し訳ありません。)


 季節が過ぎても楽しんでいただける作品になるよう、頑張ります。

 女は、走る。その速度は、見た者に彼女が女であることを疑わせた。

 長い髪を振り乱しながら、精肉コーナーに直進する。

 ……彼女の名前は、早野 直。 桐生が推理した通り、昨夜の番組を見て合い言葉を知っている者だ。

 しかし、桐生の推理通りでないことがある。それは、彼女が走り出した理由について、だ。


 ……彼女は、『鬼ごっこ』が大好きだった。幼稚園の頃、園内の中庭でやった鬼ごっこ。影が薄かった彼女が、初めて誰かに賞賛され、実力を認められるということを知った、5歳の夏。

 影が薄かったゆえに勝てたのかもしれない? 5歳の彼女は冷静にそう考えた。鬼ごっこにおいて、それがどれだけの意味を持つのか、彼女もわかっていたのだ。

 ……しかし、それは2回目の鬼ごっこで否定されることになった。

 ……一度、優勝した彼女にそんな勝因を求めるのは馬鹿馬鹿しいことだった。

 優勝者を挫いて、自らの強さを示そうという単純な男子達。鬼になった彼らの追随を避け続ける早野 直。

 男子達は気付くべきだった。直は“爪を隠した能ある鷹”だったのだ。……比べて、男子達は地面を這う兎が良いところだろう。いまや爪を突き立てることに容赦無き彼女に、勝てるはずがないッ!!

 それは直が鬼になった時に示されることとなった。……捕まって鬼になったわけじゃない。直が捕まらず、ゲームが終わらなくなった際、男子達が『こそこそ逃げるな』と、何だか眠たい不条理なことを言ったから、直は挑戦を受けたのだ。……内気な彼女をここまで強気にさせたものは、これが初めてだった。

 結果は初めから目に見えていた。……兎が鷹に勝てるわけが無い。草食獣は肉食獣に負けると、食物連鎖のヒエラルギーも語ってるッ!!

 それどころか彼女は、『二兎を追って二兎を狩る』ということを成し遂げた。……何故?

 確かに手は二本ある。物理的には全然不可能ではない。だがッ、普通は一人で二人を追うことなど出来ないッ。

 それを尋ねられた時、一人の男子はこう語ったという……。


「俺は確かにアイツに追われていた。確かにいたんだッ、見えた! ショータも追われてた。だけど、俺たちが追われて一ヶ所に集まった瞬間に、それぞれ、背後の直が消えて、横から走ってくるのが見えたんだッ!」

 ……その男子は、恐怖のあまり夢にまで見てしまい、しばらくまともに寝付けなかったという……。


 直は鬼ごっこのあまりの楽しさに喜びを隠せずにいた。

 もっとやりたい。もっと狩りたい。

 ……しかし、そんな彼女の願いとは裏腹に周囲の子供は離れていった。


「直ちゃんが入ると、面白くなくなっちゃうんだもん!」

「私たち弱いから、直ちゃんはもっと強い人とやったら? 大人とか。」


 直は……、あまりに強すぎたのだ。それが楽しい遊びを求める子供とは合わなかった。

 無論、大人とも彼女は遊んだ。勝負にならなかった。……もちろん、大人の敗北で終わってしまうからだ。

 小学校に入ると、彼女のことを知らない、他の地域の少年少女が彼女の前に現れた。

 彼女の強さを知る由もない彼らは、もちろん鬼ごっこに彼女を迎え……そして知る。

 自らの地域で栄華を極めた鬼ごっこチャンピオンも、彼女と戦い終える頃には、幼い身にして、『井の中の蛙』という言葉を思い知らされるのだった……。

 そして、時には新たな転校生、時には他校の少年との戦いを通じて、彼女は鬼ごっこチャンピオンの名を欲しいがままにしたのだった……。

 しかし、彼女は喜ばなかった。好敵手ライバルとして期待した相手が次々消え、彼女の強さを知り、鬼ごっこを拒否する者が増えていく。

 そんな、解消されない欲求不満を胸に、彼女は成長してきたのだ。


 中学に入ると、陸上部にスカウトされた。彼女の“脚”を知る者が、推薦したとかなんとか。

 彼女は自らが期待されていることを知り、『走る』という行為を通じて、自らのストレスが払われる、と思っていた。……彼女も、中学の自分がいつまでも鬼ごっこにこだわり続けることの問題を感じ始めていたのだ。

 しかし、陸上部では彼女が期待するものは得られなかった。

 ……スリルと相手との心理の読み合い。個人競技である陸上では得られない感覚。

 やがて、県内最有力の選手と騒がれるようになろうとも、彼女の気持ちは晴れなかった……。



 しかし、今まさに!!何年振りに感じたかも分からない感覚に彼女は狂喜するッ!!

 男は追ってきた。まさか、追ってきてくれるなんて思わなかった。追われなかったら、また諦めるつもりだった。

 しかし、男は追った!直は全身の筋肉が歓喜に引き締まるのを感じた。

 ……それは不思議な感覚。筋肉も精神も、あの頃とはまるで違うのに、幼少の懐かしさを伴った心地よさ。

 スリルと心理の読み合い。彼女が求めていたものが、そこにはあった……ッ!!



 桐生は直を見失わないように走るので必死だった。……一度でも曲がられたら、追いつけるか分からないッ!!

「♪〜〜♪」

 ……信じられないことに、前方を走る直は鼻歌さえ歌っている。

 なめられたもんだ、と苦笑しながらも、桐生は男のプライドに賭けて、脚に力を込めるッ!!


 ……しかし、精肉コーナーの突き当たりで直が左折する。その先は魚肉コーナー。桐生は頭の地図で冷静に判断した。

 だが、無理ッ!! 方向が分かったところで追いつけるわけではない……ッ。

 桐生はそんな弱気な思考を、頭を振って払いのけ、直を追う。

 桐生が突き当たりに着いて、左を見ようとも直の姿はとうに消えていた……。

 はずだった。息切れに胸を抑えた桐生の髪を……。風が切ったのだ。

 桐生の感覚を、脊髄が脳に伝え、さらに筋肉が脳の情報を基に行動に移そうとする刹那。

 そうした行程を経て、桐生が振り返る頃には、直は桐生の遙か右にいたのだった。

 そして、桐生が『やっと』右を向くと、直はそこで挑戦的な眼差しを放ち、悠然と待ち構える……。



 人は人生の中で、どれだけ鬼ごっこに思いを馳せるのだろうか?

 ……桐生のソレは、多く見積もって、足して5日。5日×24時間は120時間。

 それに対し、直は5歳のあの日から鬼ごっこを忘れたことなどない。

 受験であろうと、部活であろうと、頭の片隅から鬼ごっこが消えたことなどない。そして、それらの何もかもが無い時は、ただ鬼ごっこを想い続けていたのだ。

 その時間は、16年で閏年があって……5844日×24時間。


140256時間……ッ!!!


 それは桐生の約1200倍になる。


 もし、実は桐生が短距離走のカール・ルイスだとしても!!

 その早さは……、時速36kmなのだから、その1200倍。


時速43200kmッ!!!


 …地球一周の距離が、4万kmといわれていることを考えれば、一時間で地球を一周……。

 いや、そもそも!

その速さは

音速1225km/hをとうに超え、足音が桐生の耳に届く約35倍の速さで、直は走り抜けていってしまうのだ……ッ!!


「どうなっているんだ……。ここは本当に、日本なのか……ッ!? 超人競技場じゃないんだよな……?」

 桐生は驚きのあまり開いてしまった瞳孔を静かに閉じ、そう呟いた。


「大丈夫だよな……? 無事でいてくれよ、葛西……。」

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