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23:交差する過去

「かねてから、女子が男子にチョコを渡すという風習がッ、西洋のバレンタインという祝日を利用したッ、日本の製菓会社の陰謀であることは囁かれていたッ!!」

 大音声で響く演説に、それに納得するかのような頷き。……ホールのように拓けた部屋を占めるそれらは、彼らが異質な集団であることをこの上なく示していた……。

「……それについては決して悪いことではない。我々日本人の嫌儲体質はッ、金持ちをすぐに否定するッ!! しかし、努力し考えた末に金を稼ぐことに何の罪があるというのだろうかッ!? 何の罪もないッ!!」

 腕を左右に大きく動かしながら熱弁を振るう様は、もしかしたら指揮者のようにさえ見えたのかもしれない。

 ……いや、事実そうなのだ。彼は、この大勢のオーケストラが演奏する協奏曲の、指揮者。

 そして、曲のテンポが落ち着いたものになっているのに気付くと、まるでそんなの求めていないとばかりに、指揮者は机をドンッと叩く。……それが楽譜に記されたハイテンポへと変わる位置だったかのように。


「……しかしだッ! 兵器会社が死の商人と呼ばれるようにッ、その金稼ぎによって我ら庶民が搾取され、誰かが涙を流すことがあるのなら。……それが許される金儲けと言えるのだろうかッ!! 諸君に問う! そんな金儲けがッ、死の商売がッ、許されていいのだろうかッ!?」

「「「許されるわけがないッ!!」」」

 ……彼は優秀な指揮者のようだった。奏者たちは彼が振るタクトに合わせて、彼の期待する反応をきっちりと返していたのだから。

「その通りだッ!! 製菓会社が企てたバレンタインの陰謀によってッ、我々のように蔑まれ、日陰で体を縮み込ませている者がいるッ!! 思い出せッ、自分が味わったバレンタインの恥辱と惨禍をッ!!」

 ……その言葉に、場にいた全員の顔が少し歪んだように見えた。それはその場に居た誰にも、……顔を歪めた本人達すらも気付かないほどの微々たるものだったが……、気付いていたなら、きっとその意味を全員が理解しただろう。

 それを命じた彼の脳裏に浮かぶのは、……一時の怒りにて、三年間信頼していた恩師を否定したあの日のこと。

 しかし、彼はそれ以上を思い出すことを一旦止める。……それを思い出すだけで、今こうして半ば冗談のような演説を繰り広げる自信が、たちまち失われてしまうように感じたからだった。

「では、我らが憎むのは製菓会社かッ!? チョコをくれなかった女共かッ!?」

 それらがお門違いであることも彼は重々承知している。……いや、彼らが今更何を憎むにしても、それは不条理なのかもしれない。

 彼らの過去に憎むべき対象が居るなら、個人としてその人物に憎しみをぶつけるべきなのだ。ここで集まって、境遇も身の上も違う全員が何か一つに憎しみをぶつけるなど、理屈で考えたらおかしい。

 ……しかし、理屈では考えられないからこそ。やり場の無い思いを、それでもどこかにぶつけたいからこそ。この“祭”は催されるのだ。

 ……そう、これは彼らのための祭。吐き出したいぶつけたいやり場のない感情を、たとえ滑稽な手段であろうとも全力でぶつけ、放ち、晴らすための祭。あるいは自らを禊ぎ、清め、払うための祭。

 この祭が彼らの傷を癒すかは分からない。しかし、流す灯籠に霊魂を見出すように。きゅうりやナスで作った馬に、霊を送り迎える使者の姿を見るように。彼らがこの祭に癒しを求めたなら、きっとその姿を映し出すのだ……。それがたとえ一時であろうとも……。

 少なくとも、彼らはそう信じていた。滑稽で下らない、子供の思いつきのような作戦に全力をかけることに、何の迷いも葛藤もなかった。むしろその滑稽さが、彼らをより熱くしていた……。まるで無垢で無邪気な子供のように。






「……我らが憎むのは、憎むべきはッ、バレンタインという日そのものだッ!!」

 そう、──半ば強引に──演説は結論付けられる。そこに至るまでに語られた様々な言葉が、その結論の前に意味を無くしたように感じられた。

 彼らは信じている。これが自らを癒す最高の方法になると。

 信じて、忘れたい。そして、彼らは望んだとおりに忘れられるだろう。……一時だけ。

 それはまるで処方された鎮痛剤のよう。……対症療法にしかならない。原因療法には、決して至りはしない。

 ──それを“俺”は知っていた。自ら隊長を名乗り指揮する郷田の作戦が、何の薬にもならないと知っていた。

 そして、“俺”は自ら考えている“別の作戦”もまた、対症療法にしかならないことを知っている。

 でも、それでいい。これはただの腹いせ。あるいはストレス発散。あるいは八つ当たり。

 郷田が提唱する当日の作戦を滅茶苦茶にしてやろうという、傲慢。

 “俺”にはそれをする資格がある。……何故なら、“俺”こそが、バレンタインに否定された子供だからだ──。








「……そォして、VCK作戦への準備が始まったんだ……」

 花屋を覆う屋根の下で郷田は語り終える。

 ……ここに至るまでの長い回想を。

 花園は黙って聞いていた。隊員たちは一緒に日々を思い出すかのように、何度も頷いていた。


「……バレンタインに自らの嘘を暴かれた男、ですか……。」

 花園は郷田の長い長い回想の、その一節に敏感に反応していた。

 それに気づいていたからこそ、こうしてまた口に出したことに郷田は何かを感じる。

「……何か心当たりでもあるのかァ?」

「……あなたこそ。何か聞いていませんか?」

「いや。その“嘘を暴かれた男”ッてのは、別に何もォ……」

「…………。」

 それを聞いた花園は、自嘲気味に笑う。


 ……もし桐生が自分を憎んでいたなら、常日頃花を持っている変人ぶりを伝えないはずがない。ならば、桐生はこのふざけた作戦に関わっていないのか……。


「桐生は何か言ってたかァ?」

「いや、特には……」

「…………ッ!!」

 郷田と隊員の会話に、花園は体を揺らして反応する。……その名前に聞き覚えがあったからだ。


「今、何と……!?」

「あ、あァ、“桐生”、だぜェ……?」

「……! その人が、その人こそが、“嘘を暴かれた男”なのですね……!?」

「あ、あァ……」

「…………。」

 花園の急な態度の変化に驚く郷田を尻目に、当の花園は何かを深く考え込むように黙り込む。

郷田と隊員たちは、そんな花園の様子の一挙手一投足を伺いながら、どうすればいいか悩む。

 やがて、そんな彼らの様子に気付いた花園が口を開いた。




「……わかりました。お約束通り、お話しましょう。僕のバレンタイン──放送室で起きた一部始終を。」

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