22:Red paper
お久しぶりです。
更新速度アップと言いながら、もっとも期間が空いてしまいました……。
連載再開です。
バレンタインに対する憎しみや妬み、恨み辛み嫉みが、全く言葉を選ばずに書き込まれているその掲示板は、余りに惨憺として陰鬱だった……。
そんな殺伐とした掲示板なのに、……郷田は不思議とこの数年で感じたことのない安らぎを感じていた……。
……醜いアヒルの子が蔑まれたのは、周りのアヒルが醜くなかったからだ。周りも同等に醜かったら、きっとアヒルの子だって安らぎを感じて群れに居続けただろう。……だが、郷田にも彼らにも、白鳥として羽ばたくことなど絶望的に感じられた……。
いや、醜いアヒルの子だって自分が白鳥になれることを知っていたわけじゃない。その未来が保証されていたら、たとえ醜くても絶望などしなかっただろう。知らないからこそ絶望し、群れを抜け出すのだ。
……ならば、郷田や彼らにも白鳥になる未来があり得るということなのか……? ……いずれにしても、彼らは深い絶望に包まれ、未来など見てはいなかった。
「リア充は死ね。氏ねじゃなくて死ね。」
「バレンタインが中止になるようです」
「カップル狩りする猛者はいないのかーッ!?」
「犯行予告するヴァカの間違いだろ」
……陰惨とした文字の羅列。なのに郷田には、バカだアホだとふざけ合って仲間と遊んだ、“あの日”以前の楽しかった懐かしい時代を思い出していた……。
初めてこういう掲示板を閲覧した郷田には、確かに理解に困る言葉や内容が多かった。しかし、たったひとつ分かっていた。それだけで彼には十分だった。
“バレンタインを嫌っているのは自分だけじゃない、仲間がいる”
それだけで、十分だった。たったそれだけで、胸がいっぱいになった。
そして、そこに連なる書き込みには、郷田と同じくバレンタインにあった嫌な過去を訴える者達がたくさんいた。
“チョコを渡されたと勘違いしたのを、女子にネチネチと嘲笑われ、学校生活が崩壊した”とか、“放送部が催したバレンタインの企画で、全校生徒が聞いてる前で嘘を看破された”とか。
あるいは、“生まれてこのかた一度もチョコをもらったことがない”こと自体が嫌な思い出だったり、“付き合っていた彼女の浮気を、チョコに添付された手紙の入れ替わりで知ってしまった”り。……それはまるで夜通し怪談を語る百物語のように。
……百物語は百の怪談を語り終えた後、本物の怪が出現するという。……ならば、バレンタインへの恨み辛みを重ねていったなら、そこには何が顕れるというのか……。
……しかし、そこに連ねられた哀しみの物語の数はとうに百を越えている。一夜どころか五夜、十夜使おうとも、それらは語り尽くせそうになかった……。
……それらの全てを、赤い目を擦りながら読み終えた郷田こそが、この掲示板に顕れた“怪”だったのかもしれない。
……何故なら、全てを読み終えた郷田は書き込みをし、掲示板に“顕れた”のだから。
幾百幾千の哀しみに彩られたバレンタインの物語を胸に携えた郷田が、そこにいかなる境地を見出したのか、それは彼以外知る由も無い。
……しかし、それがぽっかりと虚空を覗かせていた郷田の心の隙間を埋めたことは確かだった。……それがたとえ、仮初めであろうとも。
……そして、その書き込みに挨拶とばかりに、郷田は自分のバレンタインへの悔悟を一文字一文字、力あるタイピングで打っていく。……力を込めようと意識したわけじゃない。しかし、力む指に構う余裕は無かった。その勢いに身を委ねないと、全ての想いを文字に変えることなど出来そうにはなかったのだ。
そして、郷田の想いの全てが、文字で伝えられる限りの全てが詰まった文章が、画面に表示される。それを視認すると、郷田は投稿ボタンをクリックする……はずだったのだが。
それはふとした思いつき。……あるいは自分を救ってくれた匿名の“仲間たち”への止むこと無き感謝が結実したのかもしれない。
その思いつきで書かれた、……半ば冗談のようなその文こそが。……やがてVCK作戦という、あるバレンタインに起きる戦いを生む脚本のあらすじとなる。
……デパートのチョコをみんなで買い占めたら面白いだろうな。
それは本当に下らない思いつき。しかし、その思いつきを生む意志も、それに同調する心も、みんな悲壮な決意に溢れていて……。
そんな空想を綴った文章は、最後にこう結ばれている……。
“バレンタインは選ばれた者しか楽しめない。でも、祭りなら誰にだって楽しむ権利がある。ならば、バレンタインを俺達のための祭りにしよう。俺たちが楽しめる最高の祭りにしよう……!”
……郷田は気分が高揚して、自分は何を打っているだろう、と思いつつも投稿ボタンをクリックした……。
後から見たら、おおよそ自分が打つようなことには見えなかった。しかし、事実自分が打ったのだ。……彼がそれを、高揚した気分からの勢いととったのか、あるいは気紛れととったのかは分からない。
もしくは、それでも自分が書いたのではないととったのかもしれない。事実、何か別の存在が取り憑き、自分の体を使って書いたのかもしれないとさえ彼は考えていた。
……最終的に郷田がその内のどれと解釈したかは分からない。しかし、彼は“自らが発した”言葉には責任を持つ男だった。……だからおそらくきっと、それは彼なりの責任の取り方。
掲示板には、気紛れな書き込みが招いたとは思えない、……あるいはあれだけ陰惨とした言葉が並んでいた掲示板とは思えない反響が書き込まれていた。
……だから、それはきっと“奇跡”。あるいは天命、あるいは運命?
いや、違う。郷田が思いついたのは“奇跡”なんかじゃない、ただの“偶然”でしかない。
そして、惨憺としていた掲示板の反響は、“必然”。……雛鳥が外の世界を夢見ながらも殻に籠もっているように。彼らは自らを排他的な下卑た言葉で包んでいたに過ぎないのだ。
いや、……あるいは彼らに夢見る外の世界が無かったからなのか。だから、殻は自らを喧噪から守ってくれる居心地の良い砦になってしまったのか……。
ならば。郷田のそれはさながら卵を割ろうとするくちばしの一突き。……外の世界にまだ見ぬものがあることを雛鳥に教える、一鳴き。
郷田だって雛鳥に過ぎないのだ。……だからこそ、達観した親鳥のフリをして見下す声に耳を傾けたりなどしない彼らにも、声が届いた。
足がおぼつかないくせに親鳥に頼らない雛鳥に、外の世界と戦うチャンスを見つけさせた……!
「召集ktkr! 隊長>>865! いつでも整列出来ますッ!」
「バレンタインに男が二、三人だらだらと集まっても寂しいもんだった。だか、目的を持った漢がこれだけ集まりゃ、むしろ面白ぇ!」
「下らない。犯罪にならなくて、バレンタインに復讐出来て、熱くて燃えて……あれ?」
だからおそらくきっと、それは彼なりの責任の取り方。
今こそ、熱くなった彼らを統べる、“隊長”が必要だったのだ……。




