21:Birth
お久しぶりです。
スランプとテストに翻弄されながら、何とか更新させていただきます。
更新スピードを上げていきたいと思っています。
キリストの誕生が紀元前とその後を分かつように。……郷田の人生は、あのバレンタインを境に二つに分かれていたのかもしれない。
……子供は初めて人の死に直面した瞬間、また一つ成長するという。……いや、それが人の死とは限らない。
どんな子供も、何かしら一つ成長する瞬間に立ち会い、大人へなっていくのだ。
ならば、郷田のそれがあのバレンタインだったということなのか……。……あの日で時が止まってしまったような無味乾燥な生活を、果たして本当に成長といえるのだろうか……?
郷田だって、あれから一度も笑わなかったわけじゃない。喜怒哀楽の全てを経験してきた。人並みの人生を歩んできた。あるいは、見る人によれば羨望の眼差しさえ送るかもしれない日々を。
なのに。……郷田にはその全てが他人の『ソレ』を見ているかのようにしか感じられなかった。……確かに自分が歩んだ人生なのに、その『自分』が体から剥離しているかのような感覚。
たとえ表面上が立派な大人に成長していようとも。……精神はあの日のまま。考え足らずの子供のままなのだ……。
だからなのか。……一人になると、傍観していたはずの子供の精神が降りてくる。自分を包んでいた社会の毒素からの盾を捨て、……あの日の後悔を、あの日から続く索然を打ち消す術を探すために……。
しかし、それはまるで落とし物が何かも分からないのに、それを探すようなもの。いや、それならまだいい。……郷田の探しているものは“ある”という保証すら与えられないのだから。
まさに、それは暗中模索。……砂漠に落としたたった一枚の一円玉を探し出そうとするような、途方もない、無謀で無鉄砲な作業……。
郷田もそれを分かっていた。だから、手段など選ばなかった。
あの日の傷を埋め合わせるための代わりの何かを探すのか。あるいは、あの日の傷自体を消し去るのか。……いずれにしても、郷田は色々と試したのだ。
成年に達した時は酒に溺れてみた。……一時的に胸の痛みを忘れさせてくれるだけだった。
あるいは女に溺れてみようかとも考えたが……、それが出来る度胸があればそもそも“あの日”は訪れなかったのだ。……精神が“あの日”で止まっている郷田にはとても無理だった……。
そういった胸の傷を埋め合わせる“代わり”を探していく内に、郷田の心はボロボロに傷ついていった。……探せば探すほどに、“代わり”など存在しないことに気付かされていくからだ。
ならば、傷自体を消し去る方法を探すのは当然のことで……。
しかし、郷田が会いたいと願う野沢は学校にはもういなかった。……郷田が卒業した後、まだ何年かは在籍していたらしく、それだけに考えが遅かったことを彼は悔やむのだった……。
……だが、郷田は同時に複雑だった。会いたいと願う自分の感情に、自分の理性が問いかける。“会ってどうするのか”と。“会って何が変わるのか”と。
……確かにそう。郷田だって卒業した後、まだ野沢が在籍していた内から“会う”という考えがあったのだ。
でも、会ったからといってどうするというだろうか。……謝る? この怒りは本物なのに? それとも、再びその怒りをぶつける? ……そうして後悔している自分がいるというのに……?
野沢が学校を離れて、考えが遅かったのを悔やんだ? ……違う。考え自体はあったのに、何もしなかった出来なかった自分を慰めるために、そうやって事実をねじ曲げてるだけだ。
……そんな思考の堂々巡りに疲れた郷田は、その痛みを忘れるために酒に手を伸ばす……。やがて酔いつぶれ、胸に刻まれた痛みを忘れるが、……その代償のように頭が痛くなる。郷田はそんなに酒に強いわけじゃない。だが、……心の傷を忘れるためなら、頭が痛くなることなど軽いものに郷田は感じるのだった……。
そして、郷田は深いまどろみに身を堕としていった……。
「……うぅ……、」
やがて目を覚ますと、顔に痛みが走るのを彼は感じた。……冷たい机に突っ伏していたのだ、それは当然のこと。
……しかし、そんな当然なことが郷田には酷く惨めに感じられて……、立ち上がる気力が奮い立たなかった。
……必然、視界は机の周りに絞られて、郷田の気を害する一切のものが視界の外へと追いやられる。それはまるで、自分を取り巻く社会から逃げるように。
だからこそ。……限られた視界に映るそれに目が留まる。長らくつけていなかった電源に手を伸ばし、起動した画面に目を向ける。
それは、ただの気まぐれ。あるいは現実逃避とさえ言えたのかもしれない。しかし、郷田は紛れもなく自分が画面に引き寄せられていくのを感じていた。
キーボードが次々と叩かれる。……タッチタイピングは得意ではないのに、彼は画面を見続けたまま、その単語をあっという間に表示させる。あるいは打ち慣れていたということなのか。
そして、一際大きな音を立ててエンターキーを押した。その瞬間、頭を圧していた二日酔いの痛みが消えていくのを郷田は感じていた。
そして無作為にページを手繰り、まるで導かれたかのようにそこに辿り着く。彼は“バレンタイン”という言葉が導くサイトなど、ひたすら華やかで夢の世界で、……そして腹立たしいものばかりだと思っていた。
だけど、郷田は見つけたのだ。……仲間を。あるいは同志を。
バレンタインに苦悩と苦悶と苦渋と、そして嫌悪を強制され虐げられてきた同胞を……!
郷田が見つめる画面には、スレッドのタイトルに掲げられた言葉が大きく映し出されていた。
“【チョコが】署名でバレンタインを中止させるスレ【もらえない】”
そのタイトルを心の中で何度も復唱すると、郷田は握り拳を作って歯を食いしばった。
……あの日から毎年当たり前のように訪れたバレンタイン。その日が来る度に、どれだけ郷田が胸を掻き毟りたくなる激情にかられてきたか。
そのバレンタインを無くしたいという仲間が他にもいる……。
郷田にはあの日からずっと孤独感があった。いくら周りを人が取り巻いても、どこか現実感が無くて、自分から剥離した出来事に感じられた。自分でも、たった一日のバレンタイン如きがここまで人生に影響を及ぼすのか、と驚いていた。
その孤独感が、“自分だけ”が酷く惨めに感じられることに起因するなら。……この瞬間に氷解し弛緩し晴れていく郷田の心に与えられる説明も、また惨めで悲しいものに違いない。
しかし、それでも。……砂漠のように渇ききった郷田の心に、久しぶりに潤いが戻ってきた。
……死骸が多く出た土地では、それらが肥料になり植物はかえって良く育つ。“死”が未来の“生”を栄えさせる。
だから。……一度心の“死”を経験した彼らの中で、郷田は久しぶりに自分の“生”を見出すのだった……。




