2:開戦
……24、……23。
突入の秒読みカウントが無線を通じて響き、隊員達は各々、緊張の様子を見せていた。
……20、……19。
ある者は喉を鳴らし、ある者は武者震いにチャリンチャリンと装備を揺らす。
……15、……14。
そして、またある者はまばたきを忘れていた。彼らの人生において、最も長い30秒だったのだろう。
……10、……9。
カウントが一桁に移り変わる頃には、呼吸の音さえ聞かれなかった。
……5、……4。
隊員達は走馬燈のことを思い出していた。彼らのここまでの辛い出来事が、一瞬にして巡ってきたからである。
彼らがこの日を決行日に選んだのは、この日を否定したかったからだ。
…バレンタインデー。男達にとって、ただただ悲しく切ない日。
その日が学校ならば、休みたくなる者さえいるだろう。
休日ならば、家に引きこもっていたい。
それ以外なら? ……それは彼らそれぞれに聞いてまわって、彼らのトラウマの深き闇の深淵に触れねばならぬだろう。……そして、それは彼らの心に傷を付けるに違いないのだ。
……3、……2。
決して、全ての男がそうなわけじゃない。
だからこそ、“彼ら”は傷つくのだッ、絶望するのだッ!
義理チョコが傷口に塩を塗ることだってあるんだッ、でも貰えないとそれはそれで悔しいッ!
本命? 何ソレ、おいしいの? ……おいしいだろうさ、本命だもの!あぁ、ソレってどんな味なんだよぉ……ッ!?
……走馬燈は、着実に男達の士気を高めていった。悲しみ、切なさ、恐怖、それら全ての渦巻く感情が、怒りに変わっていく……!
その憤りは、誰に向けられたものなのだろうか。日本でのバレンタインの形式を確立させたお菓子会社に? あるいは裏切った友に?
矛先がバラバラでも、突く場所は同じ。『今日この日』に……ッ!!
……1、…………。
爆発する感情が、一旦彼らの足に力を集める。次の瞬間には、その脚力が地面を蹴り、この町に猛虎の走りを見せてくれるだろう。
………『0』ッ!!
まず、10人の虎が駆け出す。先行部隊、桐生が指揮する部隊だ。……最後尾には葛西が。
懐の『ソレ』に手を入れながら、自動ドアを目指す。自動ドアは開店時間と共に無事作動されたようで、すんなりと突入することが出来た。
「偵察班より全体へ! 朗報だ。タイムラグで、ほんの少しだけだが、専門店側入り口が開かなかった。」
それは気休めにしかならないだろう。しかし、不安に嘆く彼らを勇気づけるには、十分すぎる情報!
桐生を先頭に、先行部隊がエスカレーターに向かう。それと共に、五十嵐率いる後続が、自動ドアを超える!
「頼んだぞ……。時間を稼いでくれるだけでいい……。」
桐生は足早に地下一階のエスカレーターを降りながら、殿を務める葛西に叫ぶ。
「じ、時間ってどれくらいですか……?」
葛西は役割上、エスカレーターの入り口で止まらなければならない。だから必然的に、彼の声は降りていく桐生に向かって張り上げられた。
「出・来・る・だ・けッ、だッ!」
エスカレーターを降りながら、桐生は叫んだ。すぐに、彼の姿は地下一階に消えていった。
「出来るだけ、って……。」
葛西はただ一人立ち止まり、少し戸惑いながらも地下一階へのエスカレーターの前に仁王立ちした。……彼の発想では、『防ぐ』と聞いて、それくらいしかイメージが浮かばなかったからだが。
直に、後続部隊の足音が正面入り口から聞こえてきた。五十嵐を先頭に、一階を制圧するべく散り散りになる。
「……ここまで15秒。郷田隊長、これは良いペースですね。」
「その発言に3秒かかってることを除けばなァ。上出来だッ、突入突入突入ッ!!」
郷田の声が無線を通じて響く時、葛西は後続の五十嵐と目を合わせていた。
「大丈夫かぁ? 顔色が悪いぜ。」
「だ、大丈夫です…。」
葛西は一目見た時に、五十嵐の異質さを感じ取った。
……バレンタインに嫌な思い出がある顔立ちには見えなかったのだ。
郷田はむさ苦しい体育会系。桐生は、眼鏡をかけたどこにでもいる顔だった。
しかし、五十嵐はその点で異質だった。……格好いいのだ。それは、むしろ彼らの憎しみの対象になる側の顔立ち。
「……? 俺の顔に何か付いてるか?」
そう言って、五十嵐は茶髪が映える自らの顔を指さした。
「い、いえ……。何でもないです。」
「……? そうか……。気をつけろよ。んじゃあ、俺もそろそろ……。」
……ドタドタ!
明らかに部隊のものではない足音が、専門店側入り口から流れ込んでくるッ!!
……それはピンヒール独特の音。カチカチと踵を踏み鳴らす、裁判に鳴り響く木槌が如き爆音!
それは、彼らがこれから起こす罪を、犯す前に断罪しているようで…。恐怖に葛西は萎縮してしまうのだった……。
「今、トイレットペーパーの山を倒したな。直さないところを見ると、お構いなしってか。」
「ひぃぃぃぃッ!!」
五十嵐の余計な実況に戦慄する葛西。
そして……姿を現す。始めに目が行くのは……虎が描かれたトレーナーだろうか。いや! 紫が混じったパンチパーマも目立つ!
目が合う。視線が交差する。トレーナーに描かれた虎と、じゃない。
それを着ているおばさんと!
「あんたたち、……何見てんのよ。」




