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おやじ彼女  作者: ponta
壮士凌雲
488/570

戦法

構えを習ってみてわかった。これは物にはできない。


試合は、近いうちに設定されるだろう。

私の肩が治ってからと、山下師範が条件を出されているので、

早くとも2週間後。

おそらく、1月後になるだろう。


私は、普段構えるとき、右足に重心を乗せ、前足は踵を浮かせている。

そのほうが、左足をあげて防御できるし、左の蹴りを出しやすいけど、

蹴りの間合いが大前提で、いきなり手が勝敗を決めるような近い距離は想定していない。


相手から距離があるからこそ、掴みかかってきた相手の攻撃やタックルも避けることができる。


しかし、ボクシングは距離が近い。

相手の手が届く距離で、攻防を繰り広げる。そのため、足を止めての打ち合い以外では、

つま先に体重をのせ、軽やかに動けるようにするのが基本になる。


その間合いの違いになれるのが精一杯で、フットワークまで身につけれるとは思えない。

男の時の記憶をたどっても、対ボクサーの経験はあっても、ボクシングの経験はなかった。


「とまあ、こんな感じだけど、しっくりこないかな?」


「短期間だと、難しいと思います」


「だろうね。磯野さんもジャブなんていらないって言ってたし。

 磯野さんの記憶はあるって言ってたね。なら、ボクサーとやりあった記憶もたくさんあるはずだ。

 どんな手で来るか、だいたいわかるよね?」


「はい。ですが、磯野正の経験してきたことは、自分の経験としての実感はなくて、

 まるで映画を観たかのような感じなんです」


「なるほど。じゃあ、ちょっと伊藤とやってみせるよ。伊藤、構えろ」


「偉そうにすんな」


伊藤さんがアップライトに構え、木村さんはファイタースタイルに構えた。


「いいかい? ボクサーで怖いのは、懐に入られること。

 奴らは、近距離での攻防に慣れている。

 だから、もし入られたら、レフリーに見つからない反則を使う」


「反則? 頭突きとかですか?」


「いやいや。バッティングはダメだ。大野の頭突きは警戒されているだろうし、

 誰の目にも反則ってすぐわかってしまう。こういうことだよ」


木村さんは、伊藤さんにクリンチし、太ももに細かいパンチを当てる。


伊藤さんが、渋い顔をする。


「木村、お前、こんなの効くわけねえだろうが。もっとマシなの教えてやれ」


「いいんだよ。これはれっきとした反則で、相手の足を止めるのに役立つんだ。

 俺たち空手家は下半身への攻撃になれてるが、ボクサーは慣れてない。

 この程度のパンチでも、あとから効いてくるんだよ。

 金的の反則を取るレフリーはいても、太ももを攻撃して反則を取られたことはない」


「はー。狡いなお前。しかし、ローキック打つわけにもいかねえから、

 確かにいい手ではあるな」


木村さんは、姿勢を変え、伊藤さんの胸上にかぶさるようにクリンチする。


「そして、クリンチするときは体を預けて、相手のスタミナを奪う。

 まあ、これもホントは反則なんだけど、こっちも反則とられたことないね」


「反則じゃないとダメですか? 正攻法では無理でしょうか?」


木村さんも伊藤さんも困った顔をする。

正攻法では、私は勝てないということか。

自分でもわかってはいるけど、ちょっとショック。


「あの、撃砕のようなボクシングの必殺パンチありませんか?

 相手を一撃で倒せるような」


木村さんは苦笑いして、伊藤さんから離れた。


「ないね。使える部位が限定されればされるほど、単純な肉体の差が、強さの差になってしまう。

 それでも、あえていうなら、交差法だけど、間合いが近いから、かなり難しいよ」


「……。そうですか。なら、私はどうしたらいいでしょう?」


「そうだね。軽いパンチを当てて、判定に持ち込むのがいいと思う。

 君のスピードならそうそう捕まらない」


「判定……」


伊藤さんが木村さんの胸をポンと叩いた。


「木村-。大野ががっかりしてるじゃねえか」


「うーん。でもなあ。お前もわかるだろう? 大野の武器といったら跳び膝蹴りに、頭突きだ。

 それが両方つかえないからなあ。真正の突きなしで、やりあうっていうのはかなり危険だ。

 まずは、基本を一通りやってみて、それから何かいい戦法考えてみようか。

 しっくりくるのがあるかもしれないし」


私は何か引っかかった感じがして、もやもやとした思いを抱えてたまま、

木村さんと伊藤さんの指導を受けた。


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