表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おやじ彼女  作者: ponta
壮士凌雲
487/570

願い

「伊藤さん、お願いします。伊藤さんなら私の思いをわかってくれるはず。

 初めて外国の強豪と戦った時、同じような思いだったはず」


伊藤さんは困った顔をして、頭をぽりぽりとかいた。


「気持ちはわかるよ。しかし」


私がすがるような目で見ると、伊藤さんは更に困った顔になって目を逸らす。


「そんな目で見るな。俺は100kgをいったりきたり。

 ある程度の打撃には耐えられる。だが、お前はそうはいかん。

 一発ボディにくらえば途端に動けなくなる。おまけに、頭突きも蹴りも肘も反則だ。

 ローブローもだめ。貫手も使えん。

 俺がブレイブで使っている、

 クリンチの時に耳後を殴るテクニックを教えてやってもいいが、クリンチいやだろう?」


「伊藤さん、それダメです。ラビットパンチも反則です」


「なぬ? じゃあ、ますますまずいじゃないか。

 何も不利な条件でやる必要はない。まだ契約書も交わしてないんだ。

 俺が頭を下げれば話だ」


「不利なのは重々承知しています。

 でも、やりたいんです。この機会を逃したくないんです」


「機会ってお前なあ」


「皆さんのおかげで、私は強くなれました。

 でも、もっともっと強くなりたいんです」


「その気持ちはわかるが」


私は伊藤さんの手を両手で握って頭をさげる。


「お願いします! やらせてください!」


「俺はいいんだけど、山下師範がなあ」


伊藤さんが困り果てた表情で山下師範を見る。


話を振られた山下師範は、ぎょっとした顔になって、

私からあわてて目を逸らした。


しばし、山下師範を見つめていると、ドアが開けられ、

木村さんがシャドーボクシングをしながら入ってきた。


いつもながら、木村さんの行動は意味がわからない。


呆れながら木村さんを見る。

行動は意味不明だけど、鋭く速い。拳が空気を切り裂く音が、部屋にこだまする。


「話は聞かせてもらった。俺がコーチしよう」


伊藤さんが、木村さんの胸を叩こうすると、

木村さんは見事なフットワークで避けた。


「てめっ。後から出て来て、何言ってやがる! ボクシングぐらい俺が教えるよ」


「お前、ほんとに馬鹿だな。お前がパンチを教える? 

 ストレートもまともに打てないのに。お前のは突き。俺が今やってるのがボクシングのパンチ」


「へっ。見てろや!」


伊藤さんが構え、ストレートを放つ。

風きり音がすごい。こんなの当たったらただじゃすまない。


「な? 大野、俺が教えてやる」


木村さんが、意地悪い顔で、伊藤さんの顔をしたから見上げる。


「おいおい。俺がしばらくいない間に、ごまかすのが上手くなったなー。

 嘘教えて、大野が負けてもいいんだ。へー」


「ぐっ。磯野さんだってなあ。ストレートはそこまで打てなかったじゃねえか」


「ふん。やっと負けを認めたか。というわけで、俺が基本を教える。

 これでも、プロボクサーのライセンス持ってるし」


「え?! 木村さん、プロボクサーなんですか!」


「うん、まあ。暇つぶしにね」


「うわー。すごい。木村さんなら世界チャンピオンになれそうですね」


「いやいや、そんなことないよ。もうずっと試合なんてでないし。

 ちなみに日本ランキングは4位までいった。

 日本チャンプが逃げるもんでさー。なんか、飽きちゃって辞めちゃった」


「へっ。飽きっぽいんだよ。お前は、空手は辞めやがらなかったくせに」


木村さんは勝ち誇った顔をしてから、山下師範の方を見た。]


「師範、いいですよね?」


「まったく、お前たちときたら。ここで私がダメと言ったら、私だけ悪者じゃないか。

 いいだろう。やれるだけやってみなさい」


「押忍! がんまります!」


「ところで、今日はだめだぞ。肩が治ってからにしなさい」


「だいぶいいんですが……」


「ダメだ。治ってからにしなさい」


「はい……」


私が肩を落とすと、山下師範は本棚から、

ボクシング入門と背表紙に書かれた本を一冊取り出し、

私に差し出してくれた。


「これで、勉強するといい。といっても、忘れてはならんのは、我々は空手家ということだ。

 何も戦い方までボクサーを真似る必要はない」


「お、押忍!」


「ははは。泣いた烏がもう笑うか。しかしまあ、磯野が起きたら、なんでこんなことにと

 目を丸くしそうだな」


「ダメでしょうか?」


「ダメじゃないさ。磯野や私は自分に有利な状況にもっていくのに腐心していたが、

 大野のようにあえて、不利な状況に跳び込むというのも、面白いかもしれないな」


伊藤さんが、にやにやして山下師範を見る。


「なんだ伊藤、何か言いたいのか?」


「いいえー。山下師範は、大野には甘々だなあと思いましてね。がははは」


「ぐっ……。まあ、そのなんだ。大野はまだ若いんだ。

 いろんな経験を積む必要があると思ってな」


「がはははは。いいですって。誤魔化さなくても。

 大野が強くなると、磯野さんの強さにも繋がるんですから。

 まだまだ伸びしろがあるこの娘が、どこまで強くなるのか俺も興味ありますよ」


褒められすぎて、私は恥ずかしくて、体をよじってしまう。

頑張って、もっともっと強くなったら、二人はもっと褒めてくれるだろう。


木村さんが、お手上げのポーズで、首を振る。


「娘がいると、女性に甘くなるっていいますけど、二人はそのまんまだな」


「うっせえよ。ホモのくせしやがって」


伊藤さんが蹴りを出すと、木村さんは滑るようなフットワークで、避けた。

足は、ほとんど元に戻っているみたい。


「じゃ、道場に行こうか? パンチは無理でも、フットワークはできるだろう。

 山下師範、かまいませんよね?」


「うむ。キチンと教えてやってくれ」


「押忍! 馬鹿な伊藤もこいよ。お前も暇だろうから、手伝え」


「ちっ。むかつく野郎だ。言われんでも、付き合うさ」


木村さんと伊藤さんに続いて、私も道場へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ