反射
「大平! 逃げんなや!」
大平君は面倒臭そうに、右の耳に小指を入れる。
「マッチメイクは、会長に任せてる。
だいたい日本の下位ランカーとやって、俺にメリットがあるわけ?」
「腰抜けが! お前は日本人とやらんで、弱い相手とやって、
ランキングあげたんやろうが!」
「はぁ? それが何か?」
「そんなん卑怯者のすることやろうが! 男やったら、俺とやってみい。
巻瀬太郎とやってみい。思い知らせたるわ」
「だから、あんたとやって俺にメリットあんの?
俺は世界チャンプになりたいわけ。
何が悲しくて、いまさら日本ランカーなんかと」
「お前、それでん男か! 金玉ぶらさげとっちゃろうが!」
「大野、いこいこ。こんなの相手にしないで」
「う、うん」
巻瀬さんは、私の前に立ちふさがった。
「あんたいいとね? あんたの男は腰抜けばい」
「おい。お前、いい加減にしろよ」
二人がにらみ合う。空気の密度が増していく。
まずい。こんなところで喧嘩なんか。
「ちょっと、落ち着いてください。
二人とも、プロボクサーなんでしょう?
巻瀬さん、大平君は東洋太平洋のタイトル保有者です。
ものには順序ってものがあります。
大平君に挑戦したいなら、日本チャンプになってからにしてはどうですか?」
「ああん? 女のくせに、何がわかるとか。
怪我せんうちに引っ込んどきやい」
大平君が、ふっと笑う。
「お前、大野知らないの? 大野が本気になったら、お前、1分持たないよ」
巻瀬さんは、大平君の言葉の意味がわからないようで、不思議そうな顔をした後、
私の肩を押そうとしてきた。
「とにかく、女はでしゃばんじゃなか」
私はその手を払い、身構える。
「なんか? やるとか? おいは、プロボクサーじぇ」
巻瀬さんが構えをとる。ファイタースタイルだ。
あんまり雰囲気を感じないけど、こんなところで喧嘩って。
困ったな。会長さん助けてくれないかな?
ジムの方に目線を移すと、巻瀬さんがジャブを打ってきた。
私は反射的に、左手で回し受けし、右の膝蹴りを金的に当ててしまった。
巻瀬さんが股間を押さえ、泡を吹きながら前のめりに倒れる。
白い短パンが、真っ赤に染まっていく。
いけない。咄嗟のことで手加減ができなかった。
しかも、いい角度に入ってる。
舌を噛まないようにと、口を開けさせようとしていると、
ジムから、サングラスをかけた中年男性が飛び出て来て、
巻瀬さんの両肩をゆする。
「巻瀬! 巻瀬! 大平-! 貴様、家の金の卵を!」
「おっさん、ちゃうちゃう。やったのは大野。
それに正当防衛だ。プロボクサーが女の子に殴りかかったんだからな」
「この娘が?」
男性が私をじっと見る。男性は半笑いになると、
ジムに戻って、人を呼び、巻瀬さんを車に乗せると去っていった。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろう? 死にゃしないって。飯食い行こう」
「う、うん」
私は中年男性の半笑いが気になりつつ、大平君と食事にいった。




