ボクサー
肩甲骨は亀裂骨折で、2週間程サポータをするだけで済んだ。
骨が細いから、よく骨折してしまうが、治りが早いのは助かる。
後回しになっていた朝鮮高校に行こうとしたが、松下らに強く止められて、
しばらく、大人しくしていた俺は、2月に入り、肩の調子もだいぶよくなったので、
久しぶりに光臨会にいくことにした。
事務所前に顔を出すと、いつもは伊藤や木村がだべっているはずの時間帯なのに、
誰もいない。
階段まで行くと、階上から威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
おかしいな。平日のこんな時間、稽古はあっていないはずなのに。
2Fの第二道場を覗くと、木村が片足でスクワットしていて、
そばで、伊藤が発破をかけていた。
「おらおら、もう終わりかー? 気合いが入ってないんだよ。気合いがー」
木村は汗だくでブルブルと震えながら、何とか立ち上がろうとする。
木村は麻痺している方の足で、こんなこともできるようになったのか。
高い確率で、麻痺したままだと聞いていたのに、大したもんだ。
「おう。頑張ってるな」
「押忍!」
「押忍、磯野さんもういいんですか?」
木村は片足で、立ち上がり、俺の方へ笑顔で寄ってくる。
それを見た、伊藤が渋い顔をする。
「木村ー。お前、何だよそれ」
「何がよ?」
「俺がずっと激励してやってんのに、できなくて、
磯野さんが来た途端、できるっておかしいだろうが?」
「うーん。そう言われてもなあ。そうか。これが愛の力か。
磯野さん、結婚しましょうか?」
俺は思い切り、右手で木村の頭をはたく。
右肩後に鈍痛が走る。
「いってー」
「ほらー、無理するからー」
「お前があほなこと言うからだろうが!」
「てへ。すいません」
「たくっ。誰でも彼でも結婚とか言ってんじゃねえぞ。
だいたい、せっちゃんはどうしたんだよ。せっちゃんは」
「昨日も泊まりにきましたよ」
「だーかーらー。好きだの惚れただの結婚するだのは、
せっちゃんに言ってやれ!」
「えー。だって、俺が好きなのは磯野さんですもん」
俺はまた木村の頭をはたく。
右肩に鈍痛が走り、俺は痛みに顔をしかめた。
「いつつっ」
「無理するからですよ。磯野さんはいつも無茶するから」
「てめえがさせてんだろうが!
あー、もうお前と話してると頭がおかしくなりそうだ。
伊藤、なんか楽しいイベントねえの?」
「ブレイブっすか? 小さいのはやってますけど、
テレビ放映みたいなのは、年に3回ぐらいっすよ」
「あー、くそ。戦いたくて堪らんつうのに」
「あ、そういえば」
木村が道場の端に行き、スポーツ新聞を手に戻ってくる。
「磯野さんの初めての男、東洋太平洋獲ったみたいですよ」
「おまっ。変な言い方すんじゃねえ。俺の中の女が傷つくだろうが。
ちょっと貸してみろ」
スポーツ新聞の一面には、4RKOの文字がでかでかと載っている。
「大平君の話がでると、磯野さんは女性らしい顔になりますねー」
「仕方ないだろ? 女が強まるんだから。
にしても、えらく早いな。デビューしてまだ1年だぞ」
何だか、胸がきゅんとする。大平に会いたくてたまらなくなってくる。
しまったな。そろそろ生理か。光臨会にいるというのに女の感覚が強い。
しかし、試合が終わったのなら、会いに行ってもいいだろう。
「ちょっと、急用を思い出した。
また来るわ」
「え? 磯野さん、ちょっと」
木村と伊藤の返答をまたずに階段を駆け下りる。
女が自然と強まっていく。
大平君に会いたくてたまらない。
駐輪場に置いてあった自転車を拝借して、茂野ボクシングジムを目指す。
市民体育館近くにあるジムの前までくると、ガラス張りのジム内で、
何やら言い争う数人の姿が目に止まった。
中に入るのをためらっていると、笑顔で大平君が出てきた。
顔が結構腫れている。
「おっす!」
「おめでとう。勝ったんだね。
私、怖くてテレビ観れなかったよ」
「いい角度でボディが決まってさあ。
見せたかったよ」
「顔腫れてるね。前に出続けたんでしょう?
無茶したらダメだよ。パンチドランカーになっちゃうよ」
「大丈夫だって。こんなのなんてことない。
今日は、もうあがりなんだ。なんか食べにいかない?」
「いいけど、なんか揉めてない? 会長さん、すごく怒ってるよ」
「ああ、なんか変な奴が俺と試合させろって、押しかけて来てんだよ。
相手の態度に、会長が怒っちゃて」
ジムのガラス戸が開かれ、髪を逆立てた人が出てくる。
私たちより少し上、21,2才といったところだろう。




