天井
湯船につかって、なんとなく天井を仰いだ
薄い湯気の向こう、白い天井の隅に、小さな黒い点がある
あれ、こんな所にシミなんてあったっけ?
気になって目を凝らすと、ただの汚れにも見えるし
ぽっかりと穴が空いているようにも見える
見れば見るほど、焦点が合わない
次の日も、またその次の日も、風呂に入るたびに天井を見上げた
黒い点は気のせいか、少しずつ大きくなっている気がする
脚立を持ってきて触ってみても、何もない
天井はつるつるで、指先にはただの塗装の感触しか残らない
1週間もすると、黒い点は小さな穴ほどの大きさになった
そこだけ天井の白が、ぽとりと剥がれ落ちたみたいに暗い
覗き込もうとしても、やっぱり何も見えない
懐中電灯をむけても、光は穴の縁で止まってしまう
カメラを向けて写真を撮ってみたが、そこには白い天井だけが写っていた
それから毎日、穴は少しずつ広がっていった
小さな穴が、ひび割れのように横へ広がり
気づけば、天井の半分以上が黒く塗りつぶされたみたいになっていた
けれど、何も起こらない
水も垂れてこないし、何かが落ちて来る訳でもない
音も光も、向こう側からは一切しない
あるのは「穴がある」という事実だけだ
やがて、天井はすっかり穴で埋め尽くされた
真っ白だった面は、一枚の真っ黒い天井になった
それでもやっぱり、何も起こらない
今日も湯船につかって、真っ黒な天井を仰ぐ
どこからどこまでが穴なのか、もう分からない
ふと、昔の風呂場の天井を思い出そうとするが、うまく思い出せない
…そういえば、いつからここに「天井」なんて、あったんだっけ?




