8話 ダンジョン
魔法学園から少し離れた場所。
レイたちは、巨大な洞窟の前に立っていた。
そこが今回の実習場所――ダンジョンだった。
入り口から中を覗いてみても、奥は暗く、どこまで続いているのか分からない。
周囲にはレイたちSクラスだけではなく、他のクラスの生徒たちも集まっていた。
ローベルは全員を見渡すと、注意事項を説明する。
「他のクラスの連中もいるが、お前らSクラスの目標はボス討伐だからな」
「ボス討伐……」
ユージがダンジョンの入り口を見つめる。
「なんか、いよいよって感じだな!」
その隣では、カナも少し緊張した様子でダンジョンを見ていた。
ローベルは腕を組む。
「俺はここで待っている。ボスを倒したら、全員ここへ戻ってこい」
「分かりました!」
カナが返事をする。
やがて、各チームがそれぞれダンジョンの中へ入っていく。
レイも歩き出そうとした、そのときだった。
「レイさん」
カナが振り返る。
「本当に一緒に来ないんですか?」
「あぁ」
レイは自分のローブを軽く指差した。
「まぁ、一人ではないけどな」
「え?」
「アカマルがいる」
レイがフードを少し開く。
そこには、丸くなって眠っているアカマルの姿があった。
「……寝てますね」
「昨日からずっとこんな感じだ」
「ふふっ。可愛いですね」
カナが微笑む。
「じゃあ、お互い頑張りましょう!」
「あぁ。ボス討伐が終わったらまた会おう」
「はい!」
そこへユージが割り込んでくる。
「俺のことも忘れんなよ!」
「忘れてないよ」
「レイもこっちに来ればいいのに。まぁいいか!」
ユージは笑いながら手を振る。
「後から泣きつくなよー!」
「泣きつかねぇよ」
「ははは!」
レイとユージは顔を見合わせて笑った。
「それじゃ!」
「あぁ」
カナとユージは、アルス、ルナ、セニア、ミリー、レノバ、ヴィーナたちと組んだチームでダンジョンの奥へ進んでいく。
その背中を見送りながら、レイは一人でダンジョンへ足を踏み入れた。
「さてと……俺も探索始めるか」
初めて入るダンジョン。
周囲を見回しながら、ゆっくりと奥へ進んでいく。
「そういえば、酒呑童子も寝てるな」
頭の中にいる酒呑童子からは何の反応もない。
どうやら、まだ眠っているらしい。
「まぁ、いいか」
レイは気にせず歩き続けた。
⸻
しばらく進んだところで――
「……あ」
レイの前に三匹のゴブリンが現れた。
「ゴブリンか」
三匹がこちらへ向かってくる。
レイは腰に手を伸ばした。
「ダンジョンでの初戦はゴブリンか。まぁ、悪くないな」
刀を抜く。
次の瞬間。
レイの姿が一瞬で消えた。
そして、再び姿を現したときには、三匹のゴブリンはすでに倒れていた。
「ふぅ」
レイは周囲を確認する。
倒した魔物から魔石を拾い上げた。
「これが魔石か」
手のひらに乗せて眺める。
「思ったより綺麗だな」
魔石を袋へ入れる。
「もっと奥へ行くか」
レイは再び歩き始めた。
⸻
それからしばらくすると――
「……今度は多いな」
目の前に大量のゴブリンが現れた。
その中には、普通のゴブリンよりも遥かに大きな個体が二体いる。
「ホブゴブリンか」
ゴブリンたちは棍棒やナイフを手にして、一斉に襲いかかってくる。
「邪魔をするなら……倒すしかないか」
レイは刀を構える。
「焔纏」
刀身に炎が纏う。
ゴブリンたちが一斉に飛びかかってくる。
レイは迫ってくる攻撃をかわしながら、炎を纏った刀を振るう。
炎の斬撃がゴブリンたちを次々と捉えていく。
「これで終わりだ」
最後に残った二体のホブゴブリンが、巨大な棍棒を振り上げる。
「オォォ!」
「まだやるのか」
二体の攻撃が同時に迫る。
レイは一歩だけ後ろへ下がった。
「瞬炎――斬」
一閃。
炎を纏った斬撃が走り、二体のホブゴブリンを倒した。
静寂が戻る。
「……ふぅ」
レイは刀を収めた。
「魔石がいっぱいだな」
周囲に落ちている魔石を拾い集める。
袋が少し重くなった。
「まぁ、いい収穫か」
レイはさらに奥へ進んでいく。結構時間が経つ
「カナたちは、もうボスと戦ってるくらいかな」
そう考えながら、レイは歩き続けた。
⸻
それから、どれほど進んだだろう。
レイの前に、道が二つに分かれている場所が現れた。
「右か左か……」
レイは左右を見比べる。
すると――
「……ん?」
右の道に何かが落ちていた。
近づいてみる。
「これ……」
それは、ユージが身につけていたものとよく似たハンドバンドだった。
「ユージのか?」
レイは拾い上げる。
「ユージたちは右に行ったのか」
そう呟いた直後。
レイは右の道へ視線を向けた。
「……」
何となく、嫌な感じがする。
理由は分からない。
ただ、奥から何かを感じるような、不思議な感覚だった。
「まぁ、後で返せばいいか」
レイはハンドバンドをポケットへしまう。
そして――
左の道へ進んだ。
⸻
その後も、レイは何度も魔物と遭遇した。
ゴブリン。
ホブゴブリン。
その他にも小型の魔物たちが襲ってきたが、レイは危なげなく倒していく。
やがて、細い通路を抜けると――
目の前が一気に開けた。
「……広いな」
巨大な空間だった。
レイが周囲を見回す。
そのとき。
「……ん?」
何かが動いた。
レイが前を見る。
そこには――
巨大な蜘蛛の魔物がいた。
「でかい蜘蛛……」
蜘蛛は八本の脚を動かしながら、ゆっくりとレイへ近づいてくる。
「もしかして……ボスか?」
レイは刀を構える。
――ポイズンスパイダー。
「毒とか使ってきそうだな」
レイがそう呟いた瞬間。
蜘蛛が口を開いた。
「来るか!」
毒液が飛んでくる。
レイは横へ軽く飛び退く。
毒液は地面に落ちると、周囲の地面から煙を上げた。
「……やっぱり毒か」
レイは少し距離を取る。
すると、ポイズンスパイダーが一気に距離を詰めてきた。
巨大な脚が振り下ろされる。
「っと!」
レイは刀で受け流す。
「硬いな」
脚の外殻は想像以上に頑丈だった。
「蜘蛛にこんな甲殻があるのかよ」
レイは一度距離を取る。
そして、刀へ魔力を集中させた。
「焔纏い」
刀が炎を纏う。
レイは一気に踏み込んだ。
炎を纏った斬撃が蜘蛛の脚を捉える。
「いけるな」
ポイズンスパイダーが体勢を崩す。
しかし、まだ終わっていない。
蜘蛛は何度も毒を吐き出してくる。
「危なっ」
レイは次々と攻撃をかわしていく。
毒を避けながら距離を詰める。
「もう終わりだ」
最後の一撃。
レイの刀が蜘蛛を捉えた。
ポイズンスパイダーは動きを止め、その場に倒れた。
「……終わったか」
レイは刀を収める。
そして、魔物から魔石と糸を回収した。
「これがボスだったのか?」
レイは首を傾げる。
「思ったより弱かったな」
戦いの疲れもほとんどない。
レイは来た道を戻ることにした。
⸻
しばらくして。
レイはダンジョンの入り口へ戻ってきた。
そこにはローベルと、何人かの教師がいた。
他のクラスの生徒たちも戻ってきている。
「先生」
レイが声をかける。
ローベルが振り返った。
「お、レイか。どうだった?」
「でっかい蜘蛛を倒しましたよ」
レイは持っていた魔石と糸を見せる。
ローベルはそれを確認すると、目を見開いた。
「ほぉう……それはボスだ」
「本当ですか?」
「あぁ」
ローベルは頷く。
「以前、冒険者が一度倒したらしいんだが、どうやら再び湧いたようだ」
「へぇ……」
レイは蜘蛛を思い出す。
「じゃあ、本当にあれがボスだったんですね」
「そういうことだ」
しかし――
ローベルの表情が少し曇る。
「……ところで、レイ」
「はい?」
「ユージたちを見ていないか?」
「ユージ?」
レイは少し考える。
「見てないです」
「そうか……」
ローベルは腕を組んだ。
「おかしいな。もうそろそろ戻ってきてもいいはずなんだが」
レイはふと、ポケットへ手を入れた。
そこには、先ほど拾ったユージのハンドバンドがある。
「……」
レイは少しだけ黙った。
そして、ローベルへ尋ねる。
「もう一度聞きますけど……」
レイの表情が真剣になる。
「ここのダンジョンのボスは、本当にあのでっかい蜘蛛なんですよね?」
「あぁ」
ローベルは即答する。
「今のところ、他のボスは発見されていない」
「……そうですか」
レイはしばらく考える。
右の道。
ユージの落とし物。
そして――
あの道から感じた、嫌な感覚。
「……」
レイは顔を上げた。
「じゃあ、もう一度探索してきます」
ローベルが驚く。
「一人でか?」
「はい」
レイはポケットの中のハンドバンドを握る。
「ユージたちを戻らせればいいんですよね?」
「……そうだな」
ローベルは少し考えたあと、頷いた。
「じゃあ、頼むよ」
「はい」
「何かあったらすぐ帰ってこい」
レイは再びダンジョンの入り口へ向かう。
その背中を、ローベルは見つめていた。
「……何か引っかかるな」
レイは振り返らない。
頭の中にあるのは、ただ一つ。
――右の道。
「あっちに……何かいる」
レイは静かにダンジョンの中へ戻っていった。




