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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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過去編 9話 奇跡と願い

雨が降っていた。


空は厚い雨雲に覆われ、太陽の光はどこにも見えない。

荒地には、邪神と悪魔との戦いの爪痕が刻まれていた。


その戦いは、終わった。


グリムが勝ったのだ。


ミレーヌを捕らえた邪神と悪魔を相手に、たった一人で立ち向かい、そして打ち倒した。


けれど、その代償はあまりにも大きかった。


「……グリム?」


ミレーヌは、目の前で倒れている男のそばにいた


「ねえ……グリム、聞こえる?」


返事はない。

彼女は膝をつき、グリムの身体を抱き起こした。


力なく垂れ下がった腕。そして、どれだけ呼びかけても開かない瞳。


「……嘘、でしょ?」


震える手で、彼の頬に触れる。


冷たかった。


「……グリム?」


ミレーヌは治癒魔法を発動させた。


いつもなら、どれほど深い傷であろうと、彼女の力があれば治すことができた。


けれど、今回は違った。

光はグリムの身体を包み込む。

それでも、何も変わらない。


「お願い……治って……!」


さらに魔力を注ぎ込む。


「ねえ……お願いだから……!」


それでも、グリムは目を覚まさなかった。


やがて、ミレーヌの手が止まった。


分かってしまったのだ。


どれほど治癒魔法を使っても、どれほど魔力を注ぎ込んでも、彼はもう戻ってこない。


「……いや」


小さな声が漏れた。


「いや……そんなの、いやよ……」


ミレーヌはグリムの胸に耳を当てた。

何も聞こえない。


「……ねえ、グリム」

雨音だけが響いている。


「あなた、私を助けに来てくれたんでしょう……?」

彼の服を握りしめる。


「だったら……一緒に帰ろうよ……」


返事はない。


「いつもみたいに、私のことをからかってよ……」


涙が頬を伝う。


「私が怒ったら、困った顔で笑ってよ……」


彼女はグリムの身体を強く抱きしめた。


「……お願いだから……」


声が震える。


「私を、一人にしないでよ……!」


その叫びは、雨の中へと消えていった。


どれほどの時間が過ぎたのか。

ミレーヌには分からなかった。


ただ、腕の中のグリムは動かない。

何も答えてくれない。


もう二度と、自分の名前を呼んでくれない。

その現実を受け入れられず、彼女は何度も彼の名前を呼び続けた。


やがて。

「…………」


ミレーヌは、ゆっくりと顔を上げた。


雨に濡れた頬を、涙が流れていく。


彼女の瞳は、グリムから離れなかった。


「……まだ」

かすれた声だった。


「……まだ、終わってない」


ミレーヌは彼の手を握り直した。


「私は……まだ、あなたを諦めてない」


彼女は空を見上げた。


そこには、どこまでも続く灰色の雲が広がっている。


今まで、彼女は神々を信じてきた。

神々から授かった聖女の力で人々を救い、傷ついた者たちを癒やしてきた。

祈りを捧げれば、きっと誰かを救える。

そう信じていた。


けれど。

「……どうして?」


ミレーヌは空に問いかけた。


「なんで…神達はグリムを倒さないといけないの…」


返事はない。


「私たちが、何をしたっていうの……?」


雨が降り続ける。


唇を噛みしめる。


「どうして……その人が死ななきゃいけないのよ……!」


そのとき、ミレーヌの中で何かが変わった。

彼女はゆっくりとグリムを見つめた。


そして、静かに告げる。

「……もう、いい」


涙を拭うこともなく、彼女は立ち上がった。


「もう、神なんて信じない」


聖女の力が、微かに揺らいだ。


「あなたたちが決めた理なんて、知らない」


ミレーヌは再び、グリムのそばに膝をついた。


「神の力でも、魔法でも能力でも無理なら……私が作る」


その瞳に、迷いはなかった。


「私が、あなたを戻す」


それは、神々でさえ容易には成し遂げられない偉業。

英雄でさえ変えることのできなかった現実。

歴史上、誰一人として実現できなかった奇跡。


"死者の蘇生"


それでも、ミレーヌは諦めなかった。


彼女はグリムの胸に手を置いた。

そして、これまで一度も口にしたことのない言葉を紡ぎ始める。


自分自身が考え、作り上げた魔法。


神々から与えられた力ではない

神々に願いを届けるためのものでもない。

グリムを取り戻すためだけに生み出した、世界でたった一つの魔法。


「失われし命よ応えよ」


その瞬間だった。


風が吹いた。


激しく降り続いていた雨が、ほんのわずかに弱まる。


ミレーヌの足元から、淡い光が広がっていった。その光はグリムとミレーヌを包むような一つの魔法陣に変わった


「神の定めた理よ 今ここに退け」


頭上の雨雲が、ゆっくりと動き始める。


それは、風に流されているのとは違った。


まるで、何か大きな力によって押し開かれているかのようだった。


「天が命じる別れを信じない」


ミレーヌの身体から、聖女の光が溢れ出す。


その光は雨粒を照らし、大地を走り、グリムの身体を包み込んでいった。


「時が刻んだ終わりを受け入れない」


雨雲が裂けていく。

ミレーヌたちの頭上だけ、ぽっかりと穴が開くように雲が消えていった。


けれど、その向こうに広がっていたのは、青空ではなかった。


そこにあったのは、夜空だった。

深く、果てしない夜の色。


そして、その中には無数の星々が輝いていた。


昼間のはずだった。

太陽が昇り、世界を照らしている時間のはずだった。


それなのに、二人の頭上には、どこまでも美しい星空が広がっていた。


一つの星が瞬く。


また一つ、星が輝く。


やがて、無数の星々が一斉に光を増していった。


そして。

一本の光が、夜空から降り注いだ。

それは、グリムの身体を優しく照らしていた。


まるで、星々が彼を戻すように


ミレーヌは空を見上げなかった。


彼女にとって、今、目の前にあるものは一つだけだった。


一緒に生きたい人


「命が還る道を 神が閉ざすというのなら」


彼女の指先が震え始める。


聖女の力が、少しずつ失われていく。額にも汗が流れる


今まで彼女を包んでいた温かな光が、身体から剥がれ落ちるように消えていった。


それでも、ミレーヌは詠唱をやめなかった。


「この手で道を切り開こう」


星々が、さらに強く輝いた。

その光がグリムの身体へと集まっていく。


「聖女の力を代償に差し出す」


頬を涙が伝う。


「それでもダメというならば私の命も代償に捧げよ」


彼女はグリムの手を握りしめた。


「だから……お願い」


声が震えた。


「もう一度やり直す機会を」


その瞬間。

星々が一斉に輝いた。


眩い光が二人を包み込む。

大地が震え、空気が揺らぎ、世界の理そのものが書き換えられていく。


失われた命が、再び世界へと結び直される。

そして、ミレーヌは最後の言葉を告げた。


「ファントムウィッシュ」


魔法陣が光、ミレーヌとグリムを包む。


そして


光が、世界を満たした。








地上。


「……何だ、あれは」


クラウスが空を見上げていた。


日中だったはずの空が、いつの間にか夜へと変わっている。


頭上には、無数の星々が瞬いていた。


その光は、世界の一部分だけを照らしている。


「クラウス……」


ソフィアもまた、空を見つめていた。


彼女は魔法の知識を持っている。


神々の力がどのようなものであるかも、ある程度は理解している。


だからこそ、目の前の現象が信じられなかった。


「……あり得ない」


ソフィアの声が震える。


「こんな魔法……聞いたこともない……」


クラウスは険しい表情で、星空の中心を見つめた。そこは荒地だとすぐに気づいた


「……ミレーヌ…グリム」


何かが起きている。


それも、ただ事ではない何かが。

父親としての直感が、そう告げていた。




教会。


「皆さん、空を見てください!」


シスターの一人が、窓の外を指さした。


ミレーヌの帰りを待っていたシスターたちは、慌てて外へ飛び出した。


そこには、信じられない光景が広がっていた。


昼間の空に、夜空が現れている。


そして、無数の星々が、一点に向かって光を放っていた。


「……これは……」


一人のシスターが口元を押さえる。


「神の……奇跡なのでしょうか……?」


別のシスターは、祈るように両手を握りしめた。


「ミレーヌ様……どうか、ご無事で……」


彼女たちは知らない。


その星空が、神々の意思によって生み出されたものではないことを。


自分たちが帰りを待つ聖女が、今まさに、神々さえ成し遂げることが難しい奇跡を起こそうとしていることを。







神々の世界


「……何が起きている?」


一柱の神が、地上を見つめていた。


昼の世界に、夜空が広がっている。

星々が輝き、その光が一点へと集まっていく。


「人間が、世界の理に干渉しているというのか?」


「あり得ぬ。人間が扱う魔法には限界がある」


「ならば、この現象は何だ?」


神々の間に、沈黙が広がった。


やがて、一柱の神が気づいた。


「……待て」


その神の表情が変わる。


「まさか……あの人間、命を戻そうとしているのか?」


「何だと?」


「死者の蘇生など、容易にできることではない。ましてや、我らの力を借りずに成し遂げようなど……」


言葉が途切れた。


神々は、地上の一点を見つめていた。


そこにいるのは、一人の人間。

神々から与えられた力を持つ、かつての聖女。


しかし、今の彼女が使っている力は、神々のものではなかった。


彼女自身が生み出した魔法だった。


「……人間が、ここまで……」


ある神が呟いた。


そして、次の瞬間。


星々が一斉に輝いた。

神々は息を呑んだ。


世界の理が揺らいだことを、誰もが感じ取った。


「……まさか」


一柱の神が、信じられないという表情で呟く。


「本当に……蘇生を……?」


誰も答えなかった。

神々でさえ、その結末を見届けることしかできなかった。






光が、ゆっくりと消えていった。


夜空の星々は、先ほどまでの輝きが嘘のように静まり返っている。


ミレーヌは、グリムのそばに膝をついたまま、彼の顔を見つめていた。


「……グリム?」


返事はない。


彼女は、そっと彼の頬に触れた。


「……ねえ」


指先が震える。


「お願い……」


もう、彼女には何も残されていなかった。

聖女の力も。

神々への信仰も。

自分自身のすべてを懸けた魔法が、本当に成功したのかさえ分からない。


それでも。


彼女は、グリムの手を離さなかった。


そのときだった。


「……ん」


微かな音が聞こえた。


ミレーヌが顔を上げる。


グリムの指が、ほんの少しだけ動いた。


「……え?」


そして。


「……ミレーヌ……?」


掠れた声。

ゆっくりと、グリムの瞳が開いた。


「…………」


ミレーヌは言葉を失った。


目の前にいる。

自分が何よりも大切にしている人が。


「……グリム……?」


「ああ……」


グリムは弱々しく笑った。


「……ただいま」


その瞬間、ミレーヌの顔がくしゃりと歪んだ。


彼女はグリムに抱きついた。


「ばかっ……! ばかっ……! なんで一人で行っちゃうのよ……!」


「……悪い」


「本当に……本当に、ばか……!」


涙が止まらなかった。


グリムはまだ動かない身体で、彼女の頭にそっと手を置いた。


「……助けに来るって、約束したからな」


「……っ!」


「……約束は、守っただろ?」


「そういうことじゃないでしょ……!」




泣きながら怒るミレーヌを見て、グリムは困ったように笑った。


「それに…そんな約束した覚えないわよ…」


グリム「そうだったか?」


そして、ふと気づく。


彼女を包んでいた、温かな魔力がないことを


「……ミレーヌ。お前、その力……」


ミレーヌは一瞬だけ目を伏せた。

けれど、すぐに笑った。


涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま。


「……うん。なくなっちゃった」


「……そうか」


「うん」


「……悪かった」


その言葉に、ミレーヌは首を横に振った。


「謝らないで」


「グリムは悪くないし………いや…悪いわ…グリムが1番悪いわ!」


「そんなこと言うなよ…」


そして、彼の胸に顔を埋める。


グリムはただ、彼女を抱きしめた。


しばらくして、ミレーヌが小さく呟いた。


「……ねえ、グリム」


「……何だ?」


「帰ろ?」


グリムは、彼女の頭を優しく撫でた。


「ああ。一緒に帰ろう」


その言葉を聞いて、ミレーヌは再び泣いた。

今度は、失ったものを嘆く涙ではなかった。


頭上では、星空がゆっくりと消え始めていた。


夜空の向こうから、再び青空が顔を覗かせる。


やがて、太陽の光が大地に降り注いだ。


世界は、何事もなかったかのように昼へと戻っていく。


人間が、自らの意志で不可能を覆した日。 

一人の女性が、愛する人を取り戻した日。

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