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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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過去編 8話 勇気の意味

「ライクが……!」


 静寂の神マライスが、思わず声を漏らした。


 傀儡の神ライク。


 人間を操り、あらゆる存在を自らの意のままに動かす邪神が、グリムの手によって倒されたのだ。


 グリムは足元に倒れたライクを一瞥すると、ゆっくりと顔を上げた。


 その視線が向けられた先には、マライスとジークの姿があった。


「ッ……!」


 ジークの身体が、わずかに強張った。


 先ほどまで余裕を見せていた邪神たちの表情から、笑みが消えていく。


「傀儡の神を……倒した……」


 ミレーヌは、グリムの背中を見つめていた。


 信じられなかった。


 最上位の悪魔を容易く打ち倒し、巨大な龍の頭すら一撃で消し去ったかと思えば、今度は傀儡の神まで倒してしまった。


 あまりにも速い。


 グリムが動いたと思ったときには、すでに敵が倒れている。


 何が起きたのか、理解することすら難しかった。


 それは、頼もしさだけでは説明できない感情だった。


 恐ろしい。


 そんな言葉が、ミレーヌの心に浮かんでしまった。


 自分が知っているグリムとは、どこか違う。


 いつも気さくに笑い、くだらない冗談を言い、困ったときには何も言わずに助けてくれる


 その彼が今、神々を相手に一歩も引かず、次々と倒している。


 そして、その表情には何の迷いもなかった。


「ぐ、グリム……?」


 ミレーヌが、恐る恐る呼びかける。


 グリムは一瞬だけ彼女を振り返った。


「ミレーヌ。あと二体だ。すぐ終わらせる」


 まるで、これから少し買い物にでも行くかのような口調だった。


 その言葉を聞いたミレーヌは、返事ができなかった。


 グリムは再び前を向く。


 残る邪神は、あと二柱。


 それだけだった。


「チッ……!」


 ジークが舌打ちする。


「静止! 静止! 静止!」


 マライスが両手を掲げ、何度も能力を発動した。


 空気が歪み、グリムの動きを止めようとする力が放たれる。


 しかし、グリムは止まらなかった。


 一歩。


 また一歩。


 まるで何事も起きていないかのように、ゆっくりと二人へ近づいていく。


「……どうなっているんだ」


 ジークの顔から、余裕が完全に消えていた。


 マライスもまた、笑みを浮かべる余裕を失っていた。


 能力が通用しない。


 それどころか、攻撃を受け止められているわけでも、弾き返されているわけでもない。


 ただ、何の影響も与えられないのだ。


 まるで、グリムという存在そのものが、自分たちの力を拒絶しているかのようだった。


 そして、二人はようやく理解した。


 この男は、自分たちが考えていたような相手ではない。


「……待て」


 ジークが、グリムに向かって声を上げた。


「悪かった。だから……命だけは助けてくれ」


 その言葉に、グリムの足が止まった。


「…………」


 ジークは必死だった。


「な? もうお前に手を出したりしない。ミレーヌも解放する。だから、頼む!」


 先ほどまでの傲慢な態度は、どこにもなかった。


 神としての威厳も、悪魔を従えた者としての誇りも、すべて捨て去ったかのような命乞いだった。


 グリムは、しばらくジークを見つめていた。


 そして、静かに口を開く。


「……嫌だな」


「な、なぜだ!」


「お前らも断っただろ」


 グリムの声が低くなる。


「俺はミレーヌを返せと言った。それなのに、お前らは何と答えた?」


「……っ!」


「無理だ、だったか?」


 ジークは言葉に詰まった。


 グリムは再び歩き始めた。


「お前らが不利になった瞬間に命乞いか……」


 その声には、抑えきれない怒りが滲んでいた。


「ふざけるなよ」


 拳が、強く握り締められる。


「ミレーヌは、お前らに何をされた?」


 グリムは彼女を振り返らなかった。


 振り返れば、傷ついた彼女の姿が目に入る。


 それだけで、胸の奥から再び怒りが込み上げてくるからだ。


「どれだけ苦しかった? どれだけ助けてほしかった?」


「…………」


「お前らは、彼女がやめてくれと頼んでも、聞かなかったんだろう?」


 ジークもマライスも、答えられなかった。


「それなのに、自分たちが追い詰められた途端、許してください、助けてください……か?」


 グリムの声が、荒地に響いた。


「ミレーヌには、そんなことを言わせてやらなかったくせに」


 その言葉とともに、グリムの怒りが頂点へと達した。


 彼は二人を睨みつけた。


 たったそれだけのことだった。


 しかし、マライスとジークは、思わず息を呑んだ。


 悪魔よりも恐ろしい。


 神よりも圧倒的な威圧感。


 その視線に射抜かれただけで、身体が動かなくなりそうだった。


 グリムは、握った拳に力を込めた。


「邪神が……」


 そして、刀を二人へ向ける。


「絶対に逃がさない」


「……ハハハ」


 マライスが乾いた笑いを漏らした。


「これは……思っていた以上に、まずいね」


「笑っている場合じゃないだろ!」


 ジークが怒鳴る。


「分かっているよ……!」


 マライスもまた、グリムから目を離せずにいた。


 彼らは神だ。


 人間とは違う存在であり、人間に恐れられ、崇められる側の存在だ。


 それなのに今、二人は目の前の人間に恐怖を感じていた。


 グリムは刀を構え直す。


 切っ先を地面へ向け、静かに腰を落とした。


 その姿を見て、マライスが息を呑む。


「……来るよ」


「あいつ、何で能力も使っていないのに、あんなに強いんだ!」


 ジークが叫んだ。


「能力は、すでに発動している」


 グリムが答えた。


「……何?」


 グリムの能力。


 それは『勇気』。


 使用者に勇気を与える能力だと、彼は信じていた。


 かつて父からそう教えられた。


 自分は勇気の能力者なのだと。


 だからこそ、恐ろしい敵を前にしても立ち向かえるのだと。


 ミレーヌは、その能力を知っていた。


 だが、邪神たちは知らない。


 そして、グリム自身も知らなかった。


 その力の本質が、特別な能力などではなく、彼自身の心の強さにあることを。


 父が教えた『勇気』という言葉は、嘘だったのかもしれない。


 しかし、グリムにとっては関係なかった。


 彼は自分の力を信じていた。


 そして今、その信念を疑うつもりなどなかった。


「能力が分からない限り、迂闊には戦えない……」


 ジークが歯を食いしばる。


「でも、戦うしかないよ」


 マライスが剣を構えた。


「死なないためにはね」


「いや」


 グリムは、淡々と言った。


「お前らの死は確定している」


「……っ!」


「もう、お喋りは終わりだ」


 次の瞬間。


 グリムの姿が、マライスの目の前から消えた。


「なっ――!?」


 マライスが顔を上げる。


 グリムは、すでに頭上にいた。


「しまっ――!」


 凄まじい踵落としが、マライスへと振り下ろされる。


 マライスは間一髪で横へ跳び、地面に叩きつけられる一撃を避けた。


 轟音とともに地面が砕け、土煙が舞い上がる。


「くっ……!」


 マライスはすぐさま剣を取り出し、反撃に移った。


「喰らえ!」


 剣先がグリムの首を狙う。


 しかし、グリムはわずかに首を傾けるだけで、その一撃をかわした。


「クソッ!」


「神が、はしたない言葉を使うもんだな」


「うるさい!」


 マライスが剣を振り下ろす。


 グリムはその剣を素手で掴んだ。


「なっ……!?」


 そして、力任せに奪い取る。


 マライスが抵抗する間もなく、グリムは奪った剣を反転させ、その腹部へと突き立てた。


「ぐっ……!」


 マライスの顔が歪む。


「じゃあな」


「や、やめ……!」


 グリムは剣をさらに押し込んだ。


 マライスの身体から力が抜けていく。


 ジークが助けようと動いたが、間に合わなかった。


「マライス!」


 マライスは、グリムを見上げた。


「君は……何も知らないんだ……」


「何の話だ?」


「この先の未来も……神の存在さえも……」


 マライスは、かすかに笑った。


「ハハハ……人間に、ここまでされるとは……僕も堕ちたものだね……」


「知るか」


 グリムは冷たく答えた。


「すべての神を知る必要なんてない」


「……君のことを、許さない……」


 マライスは、最後までグリムを睨みつけていた。


 やがて、その目から光が失われた。


 静寂の神マライス。


 その存在もまた、グリムの手によって終わりを迎えた。


「マライスまで……!」


 ジークが叫ぶ。


 残る邪神は、あと一柱。


 代償の神ジークだけだった。


「……あと一人」


 グリムは、静かにジークへと向き直った。


「クソが……!」


 ジークは後ずさる。


 目の前の男を倒せるのか。


 いや、それ以前に、自分は生きて帰れるのか。


 そんな考えが頭をよぎる。


 だが、彼はまだ諦めていなかった。


「まだ、負けたと決まったわけじゃない!」


「確かにな」


 グリムは刀を構えた。


「すぐに終わらせる」


「来るなあああ!」


 ジークが叫ぶ。


 グリムは一瞬で距離を詰めた。


「ぐっ!?」


 拳が飛ぶ。


 ジークが防御する間もなく、次の一撃が叩き込まれる。


 一発。


 二発。


 三発。


 グリムの攻撃は速く、そして重かった。


 ジークは防ぐことすらできず、後退を余儀なくされる。


「何なんだよ、お前……!」


 ジークが息を切らしながら叫んだ。


「何で、ただの人間がこんなに強いんだ!」


「お前らに怒りを募らせた人間だ」


 グリムは答えた。


「……怒りだけで、こんなに強くなるのかよ……」


「知らん。専門じゃないからな」


 あまりにもあっさりとした返答だった。


 ジークは、笑うことすらできなかった。


 グリムはジークの前に立つ。


「もう終わりだ」


「…………」


 ジークは、震える身体でグリムを見上げた。


「……殺せるか? 俺を」


「殺せる」


 グリムは、迷いなく答えた。


 そして、刀を横に振るった。


「がはっ……!」


 ジークの身体が大きく揺らぎ、地面に膝をついた。


 それでも、彼は笑った。


「……ハハハ……」


「何がおかしい?」


「まだだ……まだ、終わりじゃない……」


 ジークの口元が歪む。


「代償は……この命……!」


 彼は震える右手を前へと掲げた。


「命の代わりに……すべてを破壊する力を!」


 その瞬間、ジークの手のひらに黒い球体が生まれた。


 禍々しい光を放つそれは、瞬く間に膨張していく。


 周囲の空気が歪み、雨粒すら吸い込まれるように消えていった。


「……っ!」


 グリムが身構える。


 だが、ジークの狙いはグリムではなかった。


「死ねぇぇぇ!」


 黒い球体が放たれる。


 その軌道の先にいたのは――ミレーヌだった。


「なっ……!」


 グリムの表情が変わった。


「ミレーヌ!」


 ミレーヌは即座に両手を前へ突き出した。


「魔法障壁!」


 彼女の前に、光り輝く防壁が展開される。


 しかし、黒い球体が触れた瞬間、障壁に亀裂が走った。


「そんな……!」


 次の瞬間、障壁は砕け散った。


 ミレーヌの目の前に、黒い球体が迫る。


 避けられない。


 防げない。


 そう悟った瞬間、ミレーヌの脳裏に浮かんだのは、グリムと過ごした日々だった。


 初めて出会った日。


 一緒に冒険者になった日。


 くだらないことで笑い合った日々。


 もっと、一緒にいたかった。


「……グリム」


 彼女が呟いた、その瞬間だった。


「大丈夫か、ミレーヌ」


 目の前に、グリムが立っていた。


「……え?」


 グリムは、ミレーヌを守るように両足を踏ん張り、黒い球体を真正面から受け止めていた。


「グリム……!?」


 ミレーヌの声が震える。


 黒い力がグリムの身体を覆い、背中から激しい衝撃が走る。


 衣服が焼け、背中には痛々しい痕が残った。


 それでもグリムは、ミレーヌの前から動かなかった。


「……大丈夫か」


 かすかに、そう呟く


 次の瞬間、グリムの身体が崩れ落ちた。


「グリム!」


 ミレーヌは慌てて彼を抱き留めた。


 その向こうでは、ジークが笑っていた。


「ハハハ……! 道連れだ……!」


 だが、その声にも力はなかった。


 命を代償に放った最後の一撃。


 ジーク自身もまた、その力によって命を失いつつあった。


「外側から殺せないなら……内側からだ……!」


 ジークは、血の気を失った顔で笑う。


 黒い球体の力は、グリムの身体の内部にまで及んでいた。


 体内で何かが崩れていく。


 それは単なる負傷ではなかった。


 命を代償として発動した、呪いに近い力。


 身体の内側から存在そのものを蝕み、崩壊させていく。


 通常の回復魔法では、どうすることもできないものだった。


 やがてジークもまた、力尽きて地面へ倒れた。


 代償の神ジーク。


 最後の邪神は、グリムを道連れにしようとして、その命を散らした。


「グリム! しっかりして!」


 ミレーヌは、すぐさま聖女の力を発動した。


 両手から温かな光が溢れ、グリムの身体を包み込む。


「お願い……治って……!」


 回復魔法が、彼の身体を癒やそうとする。


 だが、崩壊は止まらなかった。


「そんな……どうして……!」


 傷は癒えても、命そのものが失われていく。


 ミレーヌは必死に魔法を重ねた。


 何度も。


 何度も。


 自分の魔力が尽きることすら構わずに。


 それでも、グリムの身体は冷たくなっていった。


「……ミレーヌ」


 かすかな声が聞こえた。


「グリム!」


 ミレーヌは、彼の顔を覗き込んだ。


「よかった……! 今、治すから! すぐに治してあげるから……!」


「……もう、いい」


「よくない!」


 ミレーヌは、必死に首を振った。


「グリムも一緒に帰るのよ! みんなのところへ帰るの! だから……だから、お願い……!」


 声が震える。


 涙が頬を伝い、グリムの顔に落ちた。


「ミレーヌ……帰って……」


 グリムは、途切れそうな声で言った。


「みんなと……過ごせ……」


「嫌よ!」


 ミレーヌは彼の手を握り締めた。


「グリムも帰るの! あなたも一緒に帰るのよ!」


 グリムは、何かを言おうとした。


 しかし、言葉が出てこなかった。


 意識が、少しずつ遠のいていく。


 視界がぼやける。


 ミレーヌの声が、遠く聞こえる。


 ああ。


 もっと、話したかった。


 もっと、一緒にいたかった。


 まだ、伝えていないことがたくさんある。


 けれど――。


 グリムの身体から、ゆっくりと力が抜けていった。


「……グリム?」


 ミレーヌは、彼の手を握り締めたまま呼びかけた。


「グリム……?」


 返事はなかった。


「ねえ……グリム……?」


 何度呼びかけても、彼は目を開けなかった。


 数分前まで、神々を相手に圧倒的な強さを見せていた男。


 どんな敵にも怯まず、ミレーヌを守るために戦い続けた男。


 そのグリムが、今は彼女の腕の中で静かに横たわっていた。


「……うそ」


 ミレーヌの唇が震えた。


「ねえ……起きてよ……」


 彼女は、グリムの身体をそっと揺すった。


「グリム……お願い……」


 雨は、降り続いていた。


 邪神たちの気配は消え、荒地には静けさが戻っていた。


 それなのに、ミレーヌの耳には何も聞こえなかった。


 ただ、目の前にいる大切な人の名前を、何度も呼び続けていた。


「……グリム……」


 その声に、もう返事が返ってくることはなかった。

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