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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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過去編 10話 すれ違う想い

ミレーヌを巡る戦いが、ようやく終わった。


結果だけを見れば、グリムとミレーヌの勝利と言っていいだろう。


最上位の悪魔を含む複数の悪魔。そして、三体の邪神。


人間が正面から立ち向かうには、あまりにも強大な敵だった。


それでも、グリムは彼らを打ち倒した。


ただし、その代償は決して小さくなかった。


グリムは一度、命を落とした。


代償の神ジークが放った最後の力からミレーヌを守るため、自らの命を投げ出したのだ。


そんなグリムを救ったのは、ミレーヌがその場で生み出した蘇生魔法《ファントムウィッシュ》だった。


しかし、奇跡には代償が伴う。


ミレーヌは聖女の力を失った。


そして、蘇ったグリムの身体も完全に元通りになったわけではなかった。肺をはじめとする内臓には傷が残り、身体の内側は深刻な損傷を抱えたままだった。


以前と同じように動けるわけではない。


二人は確かに生き残った。


だが、失ったものもまた、確かに存在していた。


「グリム、立てる?」


ミレーヌが心配そうに手を差し伸べる。


「な、なんとか……」


グリムは苦笑しながら、その手を取った。


身体を起こすだけでも、全身に鈍い痛みが走る。思わず顔をしかめそうになるのをこらえ、ミレーヌの手を借りて立ち上がった。


「よし。それじゃあ、帰るわよ!」


「ああ」


二人は並んで歩き始めた。


戦いの跡が残る荒地を抜け、街へと続く道を歩いていく


しばらくして、グリムがぽつりと口を開いた。


「……なんとか勝てたな」


その言葉を聞いたミレーヌは、隣を歩くグリムをじっと見つめた。


「ねえ、グリム」


「ん?」


「あれ、本当に魔法も能力も使ってなかったの?」


「魔法は使っていない。能力は勇気が発動していたからな。あとは……魔力で身体を覆っていたことくらいだ」


グリムは、まるで大したことではないかのように答えた。


ミレーヌは思わず足を止めそうになった。


最上位の悪魔を倒した。


邪神三体を相手にして、最後には勝利した。


それも、魔法を一切使わずに。


「……勇気って、本当に能力なの……?」


ミレーヌはグリムに聞こえないほど小さな声で呟いた。


「どうかしたか?」


「な、何もないわ!」


慌てて取り繕うミレーヌ。


グリムは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


ミレーヌは再び口を開く。


「でも……さっきのグリム、強すぎたわ」


「そうか?」


「そうよ。強すぎるくらいよ」


ミレーヌの脳裏に、戦闘中のグリムの姿が蘇る。


悪魔の力を前にしても、彼は一歩も引かなかった。


邪神たちがどれほど異質な力を振るおうとも、刀と身体能力だけで正面からねじ伏せていった。


その姿には、恐怖すら覚えるほどの圧倒的な迫力があった。


けれど、ミレーヌが本当に恐ろしく感じたのは、グリムの強さそのものではなかった。


あのときの目だ。


普段のグリムは、気さくで、少し鈍感で、時折こちらをからかうようなことも言う。


けれど、邪神たちと向き合っていた彼は違った。


誰かを守るために戦うというだけでは説明できない、何かがあった。


あの目に宿っていたもの。


それは――怒りだった。


自分を傷つけた敵への怒り。


そして、大切な人を傷つけられたことへの、抑えきれない怒り。


ミレーヌは、あのときのグリムを思い出すたびに胸が締めつけられた。


「……ちょっと、怖かったわ」


「え?」


「ううん、何でもない」


ミレーヌは小さく首を振った。


その表情に気づいたのか、グリムは話題を変えるように言った。


「それより、ミレーヌが蘇生魔法を使うとは思わなかった。驚いたぞ」


「結構頑張ったのよ?」


ミレーヌは、少しだけ胸を張った。


「まあ、あれだけの魔法をその場で作り出したんだからな。すごいことだと思う」


「……そう言われると、ちょっと嬉しいわね」


一瞬だけ、ミレーヌの表情が明るくなる。


しかし、すぐに呆れたような顔をした。


「それにしても、最上位の悪魔や上位の悪魔、それに邪神三体まで正面から相手にして、あんなに簡単に倒すなんて……。普通、私たち人間は神の理には逆らえないのよ?」


「そう言われてもな。ミレーヌだって、神の理に反して蘇生魔法を使っただろ?」


「……もういいわ」


ミレーヌはぷいっと顔を背けた。


「お前が言い出したんだろ?」


「うるさいわね!」


いつものようなやり取り。


それが少しだけ嬉しくて、ミレーヌは自然と笑みをこぼした。


けれど、次に口を開いたとき、その表情はわずかに真剣なものへと変わっていた。


「ねえ、グリム」


「今度は何だ?」


「……どうして、私を助けに来てくれたの?」


グリムの足が、ほんの一瞬だけ止まった。


そして、彼は気まずそうに視線を逸らした。


「そ、それは……シスターたちや、ミレーヌのお父さんのクラウス、それにお母さんのソフィアが心配していたからだ」


「ふーん?」


ミレーヌは、グリムの横顔を覗き込んだ。


「なんで目を逸らすのよ~?」


「し、知らん」


「怪しいわねぇ?」


ミレーヌは意地悪そうに笑いながら、さらに顔を近づける。


グリムは逃げるように視線を彷徨わせた。


「本当のことを教えてよ……」


先ほどまでとは違う、静かな声だった。


グリムは、俯くミレーヌをちらりと見た。


そして、少し考えてから口を開いた。


「……ミレーヌには、心配してくれる人たちがいる」


「え?」


「大切な家族がいて、心配してくれるシスターたちがいる。それに、この街の人たちはミレーヌを慕っているだろ」


「でも……私は、もう聖女の力がないわ」


ミレーヌは自分の手を見つめた。


つい先ほどまで当たり前のように使っていた力。


人々を癒やし、守り、救ってきた力。


それを失った今、自分がこれまでと同じように受け入れてもらえるのか、心のどこかで不安に思っていた。


「聖女じゃなくなったら、街の人たちは私を慕ってくれないかもしれないわ」


「人は恩を忘れない」


グリムは、静かに言った。


「たとえ聖女の力がなくなったとしても、今までミレーヌがやってきたことがなくなるわけじゃない。誰かを助けたことも、誰かのために頑張ったことも、ちゃんとその人の記憶や心に残り続ける」


グリムは相変わらず、少しだけ視線を逸らしたままだった。


「だから……聖女じゃなくなったとしても、ミレーヌを頼りにする人や、慕ってくれる人はたくさんいるはずだ」


その言葉を聞いて、ミレーヌの表情が和らいだ。


「……ふーん」


わざと素っ気なく返事をしたものの、口元には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


だが、グリムはそこで言葉を続けた。


「……それに比べて、俺にはもう家族がいない」


ミレーヌの笑みが、わずかに消えた。


「俺を慕ってくれる市民もいない。今回だって、同じ冒険者に妬まれたせいで、大切な人が危険な目に遭った」


グリムの声に、大きな変化はなかった。


まるで、ただ事実を並べているだけのようだった。


けれど、ミレーヌには分かった。


彼はきっと、ずっと気にしていたのだ。


家族を失い、帰る場所をなくし、旅を続ける自分のことを。


自分の強さが誰かを救う一方で、誰かの嫉妬や恐怖を招いてしまうことを。


そして、今回のように、自分の大切な人まで危険に巻き込んでしまうことを。


「……そんなことないわ」


ミレーヌは、そっと口を開いた。


「確かに、今回は冒険者たちに妬まれたのかもしれない。市民だって、グリムのことをよく知らない人はいるでしょうね」


「……ああ」


「でもね」


ミレーヌはグリムの顔を覗き込んだ。


「少なくとも、私はグリムのことを気にかけているわよ」


「……え?」


グリムが、驚いたように目を見開いた。


その反応を見て、今度はミレーヌの顔がみるみる赤くなっていく。


「べ、別に! グリムのことが好きだからとか、そういう意味じゃないわよ!」


「……知ってる」


グリムは、ふっと微笑んだ。


「俺のことを気にかけてくれるだけで、嬉しかったんだ」


「……っ!」


ミレーヌは固まった。


違う。


そういうことを言いたかったわけではない。


いや、気にかけているのは本当なのだが、それだけではないのだ。


「……当たり前でしょ」


ミレーヌは顔を背け、小さな声で言った。


「だって、気にかけていなかったら……聖女の力を代償にしてまで、蘇生魔法なんて使わないわよ……」


「……確かにな」


「それに……」


「ん?」


「……グリムのこと、嫌いなんて一言も言ってないから」


消え入りそうな声だった。


それでも、グリムには聞こえていた。


「お、おう?」


しかし、グリムは今ひとつ意味を理解できていないようだった。


ミレーヌは、とうとう我慢できなくなった。


「この鈍感男!」


「えっ!? 俺、何か悪いことしたか!?」


「もういいわ!」


ミレーヌはグリムの胸をぽかぽかと叩いた。


グリムは困惑したまま、されるがままになっている。


その様子を見て、ミレーヌは大きくため息をついた。


――本当に、どうしてこうなのかしら。


けれど、そんなグリムだからこそ、惹かれてしまったのかもしれない。


ミレーヌはふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、グリム」


「今度は何だよ……」


「さっき、私のことを『大切な人』って言ったでしょ?」


「……っ!」


グリムの表情が、分かりやすく強張った。


「そ、それは……まあ、そうだな」


「……むぅ」


今度はミレーヌが頬を膨らませる。


大切な人。


その言葉を聞けただけでも、嬉しかった。


けれど、ミレーヌが本当に聞きたい言葉は、まだ別にある。


彼女はグリムに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「……早くプロポーズしてくれないと、他の男に取られるわよ……」


「ん? さっきからどうした? 蘇生魔法の反動か?」


「違うわよ!!」


街へ向かう道に、ミレーヌの声が響き渡った。


グリムはますます訳が分からないという顔をしていた。


ミレーヌはそんな彼を見て、再びため息をつく。


◇


街へ戻ると、クラウスとソフィアが二人を待っていた。


二人の姿を見つけた瞬間、クラウスは安堵したように表情を緩めた。


「……グリム」


「約束、守りましたよ。お義父さん」


「おう。本当にありがとう」


クラウスは深々と頭を下げかけ、途中でぴたりと動きを止めた。


「あと、お義父さんと呼ばれる筋合いはないのぉ」


「ははっ」


グリムは楽しそうに笑った。


その隣では、ソフィアがミレーヌへと駆け寄っていた。


「ミレーヌ!」


「お母さん!」


ソフィアは娘を強く抱きしめた。


「心配したのよ……本当に、心配したんだから……」


「ごめんね、お母さん。でも、ほら。こうしてちゃんと生きているから」


ミレーヌは安心させるように両腕を広げた。


ソフィアは娘の顔を確かめるように見つめ、それからグリムへと向き直った。


「グリムさん、本当にありがとうございます」


彼女は深々と頭を下げた。


「いえ、そんな。気にしないでください。だから、頭を上げてください、お義母さん」


「だから、お主はなぜソフィアをお義母さんと呼ぶのじゃ」


クラウスの叫びが響く。


グリムはきょとんとした。


「え? だって、ミレーヌのお母さんですし……」


「そういう問題ではないのじゃ!」


ソフィアは苦笑しながら、ミレーヌの肩を抱いた。


「それより、本当に無事でよかったわ……」


「うん。私も疲れちゃった」


ミレーヌは笑顔で答えた。


その様子を見て、クラウスはようやく一息ついた。


だが、すぐに表情を引き締める。


「……ミレーヌ。奴らに何をされた?」


「え?」


「何かあったのじゃろう。話してくれ」


ミレーヌは一瞬だけ言葉に詰まった。


そして、いつものように明るく笑った。


「大丈夫よ! 大したことなかったわ!」


その場に、短い沈黙が落ちた。


グリムも、クラウスも、ソフィアも。


誰一人として、その言葉を信じてはいなかった。


無理に笑っている。


本当は、思い出すのもつらいほどのことがあったのだろう。


それでもミレーヌは、心配をかけまいとして笑っている。


グリムは彼女の横顔を見つめ、静かに答えた。


「……そうか」


それ以上、無理に聞き出すことはしなかった。


「……そうか。なら、あとで話せることだけでも聞かせてくれ」


「うん」


クラウスは、ふと思い出したように空を見上げた。


「ところで、あの夜空のようなものは何だったのじゃ?」


「ああ、あれ?」


ミレーヌは少し得意げに胸を張った。


「私が一世一代を懸けて作った魔法よ!」


「……あれが魔法?」


クラウスは目を丸くした。


「次元を超えすぎじゃろ……」


「私も知らない魔法だったわ。あんなものを生み出すなんて……」


ソフィアも驚きを隠せない様子だった。


「まあ、とにかくじゃ」


クラウスは二人を見比べた。


「お主ら、疲れたじゃろう。今日は帰って休むとしよう」


「はい」


「うん!」


二人が頷いた、そのときだった。


「聖女様ーっ!!」


遠くから、聞き覚えのある声が響いてきた。


振り返ると、四人のシスターたちがこちらへ向かって走ってくる。


「聖女様! 探していたんですよ!」


「あっ……」


ミレーヌの顔が引きつった。


「え、えっと……ごめんね?」


「ごめんじゃありません!」


先頭のシスターが、ぴしゃりと言い放つ。


「今から、たまっていた仕事に付き合ってもらいますからね! 一週間分ですよ!」


「や、やだぁ! お願い、少しだけ休ませて!」


「駄目です!」


「私はもう聖女じゃないのよ!?」


ミレーヌが思わず叫ぶ。


シスターたちは、きょとんと顔を見合わせた。


「……え?」


「聖女様は聖女様ですよ?」


「いや、その……えーっと……」


「お話はあとで聞きます!」


シスターは、ミレーヌの手をしっかりとつかんだ。


「とにかく、まずは仕事です!」


「そんなぁ~!」


そのとき、別のシスターがグリムへ向き直った。


「グリムさん! 聖女様の失踪に協力してくださって、ありがとうございました!」


シスターは丁寧に頭を下げる。


「あ、ああ……どういたしまして」


グリムは、少しばかり気まずそうに返事をした。


「では、聖女様。行きますよ!」


「グリムぅ! 助けてぇ~!」


ミレーヌは必死に手を伸ばしたが、シスターたちは容赦なく彼女を連れていく。


「待って! せめて歩かせて! 引きずらないでぇ~!」


「聖女様、逃げないでください!」


「逃げてないわよぉ!」


ミレーヌの悲鳴が、少しずつ遠ざかっていった。


その場に残された三人は、しばらく無言で見送っていた。


「……ミレーヌ、可哀想じゃな」


クラウスがぽつりと呟く。


「そうね……」


ソフィアも苦笑した。


グリムは遠ざかっていくミレーヌの姿を見つめた。


「……あれは、さすがに可哀想だな」


「さて」


クラウスは、ゆっくりとグリムへ向き直った。


「何があったのか、詳しく聞かせてもらおうかのぉ」


「はい」

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