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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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61話 制御

朝。


ヴァルト家を出たレイたちは、エールの街へ向かって歩いていた。


レイの頭の上では、アカマルがいつものように小さな姿になって乗っている。


ただし――今日は元気がない。


「……」


ぐったりとレイの頭に体を預け、完全に力を抜いている。


そんなアカマルを見ながら、レイは隣を歩くメルナに声をかけた。


「朝から元気だな」


「まぁね〜」


メルナは楽しそうに笑いながら、ぐっと腕を伸ばす。


すると、ふと真剣な表情になった。


「でも、鬼化で暴走しないでよ? 私も危ないから」


「大丈夫だ。なんとか暴走だけは食い止める」


「頼むよ?」


「ああ。もし暴走しかけたら、共鳴かなんかで止めてくれ」


「うん!」


メルナは元気よく頷いた。


その様子を見ていたミリアが、不思議そうに首を傾げる。


「どこいく?」


「冒険者ギルド。依頼を受けに行く」


「危ないやつ?」


「ちょっと危ないけど、ミリアちゃんは私と一緒にいよ!」


メルナはそう言うと、ミリアの手を握った。


「アカマルちゃんもいるし」


「ガウ……」


頭の上から、アカマルが小さく鳴く。


そして、メルナの肩では黒蝕姫が腕を組んでいた。


「妾もおる」


「黒蝕姫!」


メルナが嬉しそうに振り返る。


レイは黒蝕姫を見て、ふと思い出したように尋ねた。


「そういやお前、龍神と戦ってる時に出てこなかったな」


「守りたいに決まっとるじゃろ!」


黒蝕姫は胸を張る。


「じゃあ出てくればよかっただろ?」


「妾より強力なのがおったろ?」


「……あの禍々しい魔力を放ってたやつか」


「そうじゃよ」


メルナがきょとんとする。


「え? 何のこと? 龍神との戦い? 禍々しい魔力?」


レイは「あ」と声を漏らした。


「メルナは意識失ってたから、何も知らないのか」


「う、うん」


「詳しくは黒蝕姫に聞いといてくれ」


「分かった……」


メルナが黒蝕姫を見る。


黒蝕姫は少し考えたあと、口を開いた。


「妾達はメルナを守るために行動しようとしたのじゃ。じゃが、あやつはメルナの感情に応じて出てくるのじゃ」


「え? 誰のこと?」


「まぁ、そいつのおかげで助かった」


レイが淡々と言う。


「良かったじゃろ。助かって」


黒蝕姫は満足そうに頷く。


「お前は関係ない」


「なぬっ!?」


黒蝕姫の表情が一気に険しくなる。


「妾だって本気を出せば強いのじゃ!」


「本当か〜?」


「本当じゃよ!」


「まぁまぁ、二人とも仲良く」


メルナが苦笑する。


「仲良く!」


ミリアも真似するように言った。


「……分かったよ」


「分かったのじゃ」


二人が同時に返事をする。


レイはそんな黒蝕姫を見て、ふと疑問に思った。


「そういや、いつもあんな小さいのに、今回は大きいんだな」


「なんじゃ?」


黒蝕姫の眉がぴくりと動く。


「仲直りは終わりじゃ!」


「はいはい」


メルナが二人の頭を軽くコツンと叩いた。


「二人とも恥ずかしいよ」


「うい」


「……すまんなのじゃ」


そんなやり取りをしながら、一行はエールの街へと到着した。


⸻


冒険者ギルド。


中へ入ると、受付嬢がレイたちに気づいて声をかけた。


「ご依頼でしょうか?」


「そうだな。何かおすすめの依頼あるか?」


「冒険者ランクは何でしょうか?」


「Bランクだ」


受付嬢は依頼書をいくつか確認する。


「でしたら、盗賊の拘束、もしくはドラゴンの討伐などはいかがでしょうか?」


「……ドラゴンはもう腹一杯だ」


レイは即答した。


「そうかなぁ?」


メルナが首を傾げる。


「ほら、ミリアも危ないだろ」


「盗賊も同じでしょ」


「まぁな。だが、まだドラゴンよりは安全だ」


「まぁね」


レイはメルナの耳元に顔を近づけ、小声で囁いた。


「龍神でもうお腹いっぱいなんだ」


「……分かったよ〜」


メルナは苦笑する。


そして受付嬢に向き直った。


「盗賊拘束にします!」


「承知しました」


黒蝕姫が胸を張る。


「安心するのじゃ。妾がメルナとミリアを守ってやるのじゃ」


「確かにめっちゃ安心だね! まぁ、私も戦えるけど!」


「私、お姉ちゃんと一緒にいる!」


ミリアは黒蝕姫の手を握る。


黒蝕姫は一瞬固まった。


「……可愛いのじゃ」


レイは依頼書を見る。


「どこの盗賊を拘束すればいい?」


「この街から東の方に山があります。そこに盗賊の拠点があるのですが……少々厄介でして」


「じゃあ行ってくる」


「ま、待ってください!」


受付嬢が慌てて呼び止める。


「あなた方の強さは分かりませんが、お気をつけください。あの盗賊たちのボスは……狂人です」


「狂人?」


メルナが反応する。


「はい。以前、ある国で多くの人を襲ったと聞いております。それ以来、周囲から狂人と呼ばれている男です」


レイは依頼書を見ながら答える。


「まぁ、倒すだけだ」


「本当に気をつけてください。相当な数の盗賊がいるそうです」


「分かった」


受付嬢はさらに言葉を続けた。


「あと、もう一つお願いがあります」


「なんだ?」


「その盗賊たちは、何人かの女性を捕らえているという情報があります。可能なら、その方たちも助けてあげてください」


レイの表情が変わった。


「……分かった。任せろ」


そして、受付嬢を見る。


「ありがとな。教えてくれて」


「どういたしまして。ご武運を」


レイたちはギルドを後にした。


「すぐに片付けるぞ」


「うい!」


「全部レイが蹴散らせなのじゃ」


「そのつもりだ」


「ガウ!」


「大丈夫!」


アカマルとミリアの声が重なった。


⸻


馬車で山の麓まで移動したレイたちは、そこから歩いて盗賊の拠点へ向かった。


やがて、木々の向こうに建物が見えてくる。


「なんか見えるけど、あれが拠点か?」


「そうかも」


「どうする? 外から燃やす?」


「それが一番いいのじゃ」


黒蝕姫が即答する。


「だよな」


レイが頷く。


しかし、メルナが慌てて口を挟んだ。


「中に囚われてる人たちがいたらどうするの!」


「……確かにな」


レイは建物を見る。


「じゃあ、真正面から行くか」


「勝手にして!」


「なんで怒ってんだよ」


メルナは呆れたように顔を背けた。


拠点の前まで到着すると、扉の前には二人の盗賊が立っていた。


レイは気にせず歩いていく。


「どうも。失礼します」


「おいおい、お前誰だ?」


「面接しに来ました」


「雇ってねぇよ」


「……間違えました」


レイは何事もなかったようにメルナの元へ戻ってくる。


メルナは無表情でレイを見る。


「うん。馬鹿だね」


「うるせぇ」


「はぁ……さっさと倒すのじゃ」


「それが手っ取り早いか」


レイは黒蝕姫を見る。


「黒蝕姫、頼んだ」


「分かったのじゃ」


黒蝕姫はミリアの目を両手で覆う。


「真っ暗!」


「そういうことね」


メルナが察する。


「音も聞こえないように頼んだ」


「分かったのじゃ。いいからやるのじゃ」


「これで心置きなく倒せるな」


レイは刀を抜いた。


二人の盗賊が身構える。


「やる気か?」


「やってやるよ!」


二人が同時に襲いかかる。


しかし――


レイは一歩だけ身体をずらした。


攻撃を受け流し、そのまま刀を振るう。


二人の盗賊はその場に崩れ落ちた。


「よし。中入るぞ」


メルナが二人を見る。


「え、殺したの?」


「殺してはない。動けないくらいまで斬っただけだ」


「うん……」


メルナは少し複雑そうな顔をした。


「私は、こんな悪いことしてるなら殺してもいいと思うよ」


「ちゃんと罪を償わせる」


「まぁ、優しいね」


レイは答えず、扉を開いた。


⸻


中へ入った瞬間。


「……多いな」


広い空間に、数え切れないほどの盗賊がいた。


酒を飲み、騒いでいた彼らが、一斉にレイたちを見る。


「想像の五倍多かったな」


「ねっ!」


メルナが頷く。


「捕まってる人を見つけて助けたら、暴れていいよ」


「おう。先に見つけようか」


レイは周囲を見回す。


「見つけるのはメルナに任せる」


「うい」


「多分二階だ。ほら、行け」


レイが前へ出る。


メルナ、黒蝕姫、ミリア、アカマルは階段へ向かった。


レイはその背中を確認すると、一人で盗賊たちの前に立つ。


「おい、お前は誰だ?」


「まさか、俺らを捕まえに来たとか?」


「ハハハッ! 愚かすぎるぞ!」


レイはそんな笑い声を無視する。


「なぁ」


刀を肩に担ぐ。


「ここに女性たちが捕まってるはずだろ。どこだ?」


盗賊の一人が笑った。


「あー! あいつらには本当に助かってるよ」


「助かってる?」


「ああ」


男は下卑た笑みを浮かべる。


「俺らの欲望を受け止めてくれるんだからな」


「そうだそうだ!」


「本当に便利な連中だ!」


盗賊たちが笑う。


その瞬間。


レイの周囲の空気が変わった。


さっきまでの気だるげな雰囲気が消える。


「……そうか」


レイの声は低かった。


「そういうことを強要してるのか」


盗賊たちは笑い続ける。


「それの何が悪い?」


「俺らのしたいことをして、何が悪いんだよ!」


レイは静かに盗賊たちを睨む。


「黙れ」


笑い声が止まる。


「お前らに喋る価値なんかない」


盗賊の一人が叫ぶ。


「お前ら、やれ!」


「おー!」


大量の盗賊が武器を手に一斉に襲いかかった。


レイは刀を握り直す。


「罪を償わせるために生捕りにしようと思ったが……」


その目から、温度が消える。


「辞めだ」


「焔纏い」


炎が刀を包む。


レイは迫り来る盗賊たちの中へ、一人で踏み込んだ。


⸻


二階。


メルナたちが廊下を進んでいく。


「二階は、ほぼ盗賊たちがいないね」


黒蝕姫が周囲を見渡す。


「……低俗の住処なのじゃ」


「え?」


メルナが眉をひそめる。


そして――


奥の部屋から、小さな声が聞こえた。


「……!」


メルナが扉を開く。


そこには、八人の女性たちがいた。


彼女たちは拘束され、長い間まともに休めていない様子だった。


首には首輪があり、手首にも拘束具が付けられている。


メルナの表情が曇る。


「……ひどい」


黒蝕姫も静かに女性たちを見る。


「恐らく、あの盗賊たちは女を人としてではなく、道具としか見ておらんのじゃ」


メルナは拳を握った。


「そんなの……酷すぎる!」


怒りがこみ上げる。


しかし、今は怒りよりも先に助けなければならない。


「クーちゃん。この人たちを解放してあげて」


「もちろんじゃ」


黒蝕姫が拘束具に触れる。


腐食の力が伝わり、金属が崩れていく。


次々と拘束が外れていった。


「もう大丈夫ですよ!」


女性の一人が震える声を漏らす。


「……もう嫌だ……」


「行きましょう!」


メルナは優しく手を差し伸べる。


「外に出よう」


「疲れたよ……」


「……ごめんね」


メルナは女性をそっと抱きしめる。


「助けるのが遅くなって……ごめんね」


女性の目から涙がこぼれる。


「うぅ……助けてくれて……ありがとう……」


「皆さん、外に出よう!」


しかし、一人の女性が怯えたように首を振った。


「で、でも……あいつが……」


「あいつ?」


その瞬間。


――ドン。


背後から足音が響いた。


メルナたちが振り返る。


そこにいたのは、大剣を担いだ一人の男だった。


髪は乱れ、鋭い目がメルナたちを見つめている。


男は口元を歪めた。


「俺はゼノスだ、嬢ちゃん」


「……あんたが、ボスの狂人?」


「そうだ」


ゼノスは楽しそうに笑う。


「可愛いねぇ、三人とも。特にエルフもいるのか! 珍しい!」


ミリアが黒蝕姫の後ろに隠れる。


「貰おうか」


「誰があんたなんかに!」


メルナが睨み返す。


ゼノスが笑った。


「下にも誰かいるな」


「うん。いるよ」


メルナは一歩前へ出る。


「怒らせたらダメな人がね」


⸻


一方、下の階。


レイは盗賊たちを次々と倒していた。


「こ、こいつ……強い!」


「お前らの方が多いんだ」


レイは刀を構える。


「殺してみろよ」


「お前ら! 引くな!」


「おおおおっ!」


さらに盗賊たちが押し寄せる。


レイは刀を振り抜いた。


「業火烈波」


炎の衝撃が広間を駆け抜け、盗賊たちをまとめて吹き飛ばす。


「くそッ……!」


「お前が最後か」


残った一人を見つけ、レイが歩み寄る。


その男が立ち上がろうとした瞬間、レイは刀を床へ突き立て、その動きを止めた。


「上か」


レイは階段を見る。


嫌な予感がした。


そのまま二階へ駆け上がる。


そして――


「……いたか」


メルナたちがゼノスと対峙していた。


「お兄ちゃん!」


レイはゼノスを見る。


「……お前がボスか」


「お前か?」


ゼノスが振り返った瞬間。


レイは一気に距離を詰めた。


「どけ」


「な――」


レイの一撃がゼノスを吹き飛ばす。


ゼノスの身体は壁を突き破り、そのまま建物の外へ飛び出した。


レイはメルナたちを見る。


「大丈夫か?」


「お兄ちゃんこそ」


「俺は平気だ」


そして、女性たちを見る。


「囚われてた人たちか」


「うん」


メルナの声には怒りが残っていた。


「外道なことをされてたよ」


黒蝕姫も険しい表情を浮かべる。


「許せないのじゃ」


ミリアはまだ黒蝕姫に目を覆われている。


「……」


外ではアカマルがゼノスへ向かって低く唸っていた。


「俺が、あいつを倒していいか?」


メルナは少しだけ考え、頷いた。


「いいよ」


そして、静かに続ける。


「この人たちの分まで、ちゃんと止めてあげて」


「……ああ」


レイは2階から飛び降りる。


⸻


外。


ゼノスは立ち上がり、大剣を構えていた。


「怒ってるのか?」


笑っている。


「ハハハッ! 女なんて道具にすぎない!」


レイは何も言わない。


ただ、ゼノスを見つめる。


「そうか」


レイから、膨大な魔力が溢れ出した。


空気が震える。


額の左側。


そこから――黒い角が一本、ゆっくりと姿を現した。


「……な、なんだよ……これ」


ゼノスの表情から笑みが消える。


「殺してやるよ」


レイの声が低く響く。


「お前の大好きな殺し合いだ」


「……鬼化だ」


メルナが呟く。


その目には驚きが浮かんでいた。


「しかも……制御できてる」


黒蝕姫もレイを見る。


「レイの心が、強くなってるのじゃ」


レイが刀を構える。


「焔纏い」


刀を包んでいた炎が変化する。


赤い炎が――青い炎へ。


ゼノスが大剣を振り上げる。


「舐めるなぁ!」


大剣が振り下ろされる。


しかし。


レイは一歩踏み込んだ。


「青炎総殺」


一閃。


大剣が真っ二つに断ち切られた。


いや――


そのまま粉々に砕け散る。


「……は?」


ゼノスの顔が引きつる。


レイはゆっくりと歩いていく。


「く、来るな……!」


「……苦しめ」


レイが刀を振るう。


青い炎がゼノスを包み込み、彼はその場に倒れた。


ゼノスの声が響く。


「熱い……! 助けてくれ! 頼む!」


レイは冷たく答える。


「知るかよ」


やがてゼノスは動かなくなった。


炎が消える。


残ったのは、静かな山の風だけだった。


レイの額に生えていた黒い角が消えていく。


刀を包んでいた青い炎も、ゆっくりと収まった。


「……はぁ」


レイは息を吐いた。


「お兄ちゃん……」


メルナが心配そうに近づく。


「終わった」


レイは刀を収める。


「囚われてた人たちを連れて帰ろう」


「だね」


ミリアが首を傾げる。


「何があったの?」


「気にすんな」


「?」


黒蝕姫がレイを見る。


「中々の火力じゃったな」


「これが鬼化か……」


レイは自分の手を見る。


「すごい力だった」


しかし、その声には以前のような危うさはなかった。


鬼化しても、自分を見失わなかった。


それは、レイにとって大きな一歩だった。


「帰るぞ」


「帰ろう、皆んな」


メルナが女性たちへ声をかける。


そして、まだ怒りを残したまま呟いた。


「……ほんと、こいつら許さない」


レイも静かに頷いた。


「そうだな」


⸻


エールの街。


冒険者ギルドへ戻ったレイたちは、助け出した女性たちを引き渡した。


女性たちは何度も頭を下げる。


「本当に助かりました! ありがとうございます!」


「気にすんな」


レイはいつものように軽く返す。


「もし生活に困ったら、ヴァルト家に頼るといい」


「え……?」


「遠慮しなくていい」


メルナも笑顔で続ける。


「本当に大丈夫? 何かあったら、また助けるから!」


女性は涙を浮かべながら首を振った。


「これ以上は迷惑をかけられません。本当に……ありがとうございました」


「おう」


レイたちは女性たちと別れた。


受付嬢がレイへ報酬を差し出す。


「本当に助けてくださったんですね」


「まぁな」


「こちらが報酬です!」


レイが袋を受け取る。


中には――金貨が十枚。


「……え? こんなに?」


「はい。女性たちを助けていただいたことと、狂人ゼノスを倒していただいたことも含まれています」


レイは少し考えた。


そして、金貨の袋を受付嬢へ差し出す。


「じゃあ、この金貨は助けた女性たちに分けてやってよ」


「え!?」


受付嬢が目を丸くする。


「本当ですか?」


「おう」


レイは笑う。


「今回は金貨十枚以上の価値を得たからな」


「分かりました!」


受付嬢は嬉しそうに頷く。


「あの方たちへ渡します。それと、ギルドや街の方でも、できる限り生活の支援を行います」


「うん! それでよろしく!」


メルナも笑顔で頷いた。


受付嬢は二人を見て微笑む。


「あなた方は、本当に優しい方ですね。ヴァルト家の貴族の方ですよね?」


「まぁな」


「ありがとうございました!」


「帰るぞ〜」


レイたちはギルドを出る。


するとミリアがレイの服を引っ張った。


「何も見えなかった!」


「見ない方が良かった」


「?」


黒蝕姫がミリアの頭を撫でる。


「まぁ、何もなくて良かったのじゃ」


そんな中。


「シュークリーム食べたい!」


メルナが突然言った。


「はいはい」


レイは店へ向かい、シュークリームを三つ買う。


「ほら」


「ありがと!」


メルナが嬉しそうに受け取る。


「美味しい!」


ミリアも笑顔で頬張る。


その様子を見ていた黒蝕姫が、じっとレイを見る。


「……妾の分は?」


「要らないと思って」


「それよこすのじゃ」


「これ俺の」


「食べたいのじゃ」


「はぁ〜……」


レイは渋々シュークリームを差し出した。


「ほら」


「ありがとうなのじゃ!」


黒蝕姫は嬉しそうに受け取る。


そして、一口。


「……!」


目を輝かせる。


「美味いのじゃ……」


黒蝕姫は夢中になって食べる。


「こんなにも美味しい物は初めてじゃ」


「良かったな」


メルナとミリアも、その様子を見て笑っていた。


⸻


街を出るため、門へ向かって歩く。


もうすぐ門を抜ける――その時だった。


前方から強い風が吹くと同時に


ジャラ...


と、数珠がぶつかり合う音がした


「ん?」


レイが足を止める。


「どうかした?」


メルナも振り返る。


レイの視線の先。


そこには、一人の老人が立っていた。


白い髪。


白い髭。


袴を身に纏い、腰には一本の刀。


どこにでもいそうな老人。


――なのに。


レイは目を細めた。


「……あの老人、やべぇぞ」


「何が?」


「隙が、全くない」


メルナが老人を見る。


「え? 何でそう思うの?」


レイは自分でも説明できないように答えた。


「感覚」


黒蝕姫も老人を見つめる。


そして、目を細めた。


「……よく分かったのじゃ、レイ」


「黒蝕姫も分かるのか?」


「ああ」


黒蝕姫の声から、先ほどまでのふざけた雰囲気が消える。


「あれは……相当な腕前じゃ」


「魔力は?」


「一切感じられん」


「……」


「じゃが」


黒蝕姫は老人から目を離さない。


「妾がどう襲おうとも……恐らく負けるのじゃ」


レイは老人を見る。


老人はただ、静かに立っているだけだった。


「誰か分かるのか?」


「知るわけないのじゃ」


「だよな」


メルナが二人の間に入る。


「もういいじゃん! 帰ろ!」


「……そうしよう」


「帰ろ帰ろ!」


三人と一匹は門へ向かって歩き出す。


その時。


ミリアが小さく呟いた。


「……数珠?」


レイが振り返る。


「どうかしたか?」


「何もない!」


「……何か知ってるのか?」


「知らない」


ミリアはそう答えた。


レイは少しだけ不思議に思ったが、それ以上は追及しなかった。


やがてレイたちは門を抜け、街の外へと歩いていく。


その背中が遠ざかっていく。


老人は、ただ静かにレイたちを見つめていた。


そして


誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。


「……英雄の子」


数珠が、もう一度鳴った。


カチ


その音だけが、エールの街に静かに響いていた。

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