60話 ミレーヌの能力
翌朝。
暗い。
どこを見ても、暗闇だった。
前も、後ろも、右も左も分からない。
ただ、何もない暗闇だけが広がっている。
「……暗い……」
メルナは一人、そこに立っていた。
「怖い……」
声を出しても、返事はない。
どれだけ先を見ようとしても、何も見えない。
「出たい……」
足を動かそうとする。
しかし、身体が動かなかった。
「誰か……」
声が震える。
「誰か、助けて……」
その瞬間だった。
ふわりと――
誰かに抱きしめられたような、温かな感覚が身体を包み込んだ。
「……あったかい」
先ほどまで震えていた身体から、少しずつ力が抜けていく。
不思議だった。
何も見えないのに、怖くない。
まるで、自分を守ってくれる誰かがすぐそばにいるような感覚。
「……大丈夫」
その声が聞こえた気がした。
次の瞬間。
暗闇の先に、小さな光が生まれた。
それは少しずつ大きくなり、辺りを包み込んでいく。
「……」
メルナはその光へ手を伸ばした。
そして――
「――ハッ!」
メルナは勢いよく目を覚ました。
「はぁ……はぁ……」
額には冷や汗が浮かんでいる。
「こ、ここは……」
辺りを見回す。
「私の部屋……?」
見慣れた天井。
見慣れたベッド。
少しずつ意識が現実へ戻ってくる。
「夢……だったの?」
そう呟いた瞬間。
「……グッ!」
胸の奥が突然、締め付けられた。
「うっ……!」
メルナは胸を押さえる。
「な、何……これ……」
身体の内側から、何かが溢れ出してくる。
「ま、魔力が……止まらない……!」
ドクンッ!
メルナの身体から大量の魔力が放出される。
部屋の空気が震える。
置かれていた物が揺れ、窓ガラスまで小刻みに震え始めた。
「や、やばい……!」
メルナは必死に魔力を抑えようとする。
「このままじゃ……抑えられなくなって……!」
魔力がさらに膨れ上がる。
「爆発する……!」
その瞬間。
メルナの瞳が、深い青色へ変化した。髪も少しずつ白くなっていく
「うぅ……!」
呼吸が荒くなる。
「はぁ……はぁ……!」
どれだけ抑えようとしても、魔力は止まらない。
その異変に気づいたのか。
隣で眠っていたミレーヌが目を覚ました。
「……メルナ?」
ミレーヌはすぐに異変に気づいた。
「メルナ!」
「クッ……!」
メルナは胸を押さえたまま、苦しそうに俯く。
ミレーヌは迷わなかった。
すぐにメルナを抱きしめる。
「大丈夫」
優しい声。
「大丈夫だよ」
ミレーヌはメルナの背中をゆっくりと撫でる。
「ゆっくり息を吸って」
「……」
「そう。ゆっくりでいいの」
メルナの肩が少しずつ下がっていく。
「吸って……」
メルナが息を吸う。
「吐いて……」
ゆっくりと吐き出す。
「大丈夫」
ミレーヌは何度も同じ言葉を繰り返す。
「お母さんがいるからね」
「……」
メルナの身体を覆っていた魔力が、少しずつ小さくなっていく。
そして――
完全に消えた。
「……はぁ……はぁ……」
メルナは荒い息をしながら、ミレーヌに身体を預ける。
深い青色だった瞳も、いつもの色へ戻っていた。髪の色も戻る
「落ち着いた?」
ミレーヌが優しく微笑む。
「あ……」
メルナは母親を見る。
「うん……」
そして小さく笑った。
「ありがとう、お母さん」
「メルナが大丈夫なら、それでいいの」
「お、お母さん……」
メルナは少し不思議そうに尋ねる。
「なんでここで寝てたの?」
「あぁ、それ?」
ミレーヌは笑った。
「昨晩、メルナの部屋を見に来たら、悪夢にうなされてたのよ」
「え?」
「だから、少しでも安心して眠れるように、隣で抱きしめて寝てたの」
「……」
メルナは少し黙る。
そして――
「本当にありがとう、お母さん!」
ミレーヌに抱きついた。
「少しでも楽になってたらいいんだけど」
「すっごい楽になった!」
メルナは笑う。
「本当に助かったよ!」
「なら良かったわ」
メルナはそのままミレーヌに身体を預ける。
そして、胸元に顔を埋めた。
「……ここにいると、めっちゃ安心する」
「ふふっ」
ミレーヌはメルナをもう一度優しく抱きしめる。
「怖かったよね」
「……うん」
「もう大丈夫よ」
「うん」
メルナは目を閉じる。
「お母さんといると……すっごい安心できる」
「でしょ?」
「そうだね!」
メルナが笑う。
「大好きだよ!」
「私も大好きよ」
ミレーヌは微笑みながら、メルナの頭を撫でる。
「愛してるわ」
「えへへ……」
しばらく二人は、そのまま抱き合っていた。
やがて二人がリビングへ向かうと――
「おっ」
そこにはレイとアカマルがいた。
アカマルはソファの上で丸くなっている。
「大丈夫そうだな」
レイがメルナを見る。
「うん?」
「いや」
レイは苦笑する。
「メルナの部屋から、さっきかなりの魔力が溢れてたからな」
「知ってたの?」
「あぁ」
レイはアカマルを見る。
「アカマルを行かせようとしたんだけど、母さんがいたみたいだからな」
「居たわよ!」
ミレーヌが胸を張る。
「さすがお母さん!」
メルナが笑う。
「心配してくれたんだ~?」
「する必要ないだろ」
「ば~か」
「……いつも通りで何よりだ」
「お母さんのおかげ!」
「それは安心だな」
ミレーヌは得意そうに胸を張る。
「そりゃ~私がレイとメルナのお母さんだからよ!」
「そういえば――」
メルナが首を傾げる。
「お母さんの能力って何?」
「……」
ミレーヌの動きが止まった。
「き、急に何よ……」
「そういえば知らないなぁって」
メルナがレイを見る。
「お兄ちゃん知ってる?」
「俺も知らないな」
「え?」
ミレーヌが驚く。
「レイも知らなかったの?」
「母さん、自分の能力についてあんまり話さないじゃん」
「そ、それは……」
ミレーヌは少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「笑わないでよ?」
「笑わないって」
「私の能力は……」
少し間を置いて。
「……安らぎよ」
「安らぎ?」
メルナが聞き返す。
「近くにいる人の心を和ませる能力なの」
レイが目を丸くする。
「……めっちゃ優しい能力だな」
「でしょ!」
メルナも笑う。
「すごい能力だよ!」
「でも……」
ミレーヌが少し俯く。
「メルナやレイみたいな派手な能力じゃないし……」
「?」
「私自身が望んで使うというより、近くにいる人へ自然に作用してしまうこともあるの」
ミレーヌは苦笑する。
「だから、二人を守るための力にはならないかなって」
レイは少し考えた。
そして――
「でも、ある意味最強じゃないか?」
「え?」
「人を和ませられるんだろ?」
レイは笑う。
「それって、誰も傷つけずに人を救えるってことだろ」
「……」
「俺は、すごく良い能力だと思う」
メルナも頷いた。
「私も!」
「メルナ……」
「だって、その能力のおかげで今朝も私、落ち着けたんだよ」
ミレーヌが目を丸くする。
「そうね」
「お母さんがいてくれたから、怖くなくなった」
「……」
「だから、私はお母さんの能力、大好き!」
ミレーヌは少し照れながら笑った。
「でも私は、能力じゃなくて愛でメルナたちを和ませたいのよ」
「それも愛だよ!」
「そうかしら?」
「そうだよ!」
レイが苦笑する。
「俺もそんな能力が良かったよ」
「むっ!」
ミレーヌが頬を膨らませる。
「弄ってる?」
「本当だよ」
レイは笑った。
「俺は人を笑わせる能力が良かった」
「レイは私とは違う方法で、人を笑わせられるじゃない」
「俺が?」
「えぇ」
ミレーヌは優しく微笑む。
「人を守ることでね」
「……」
レイは視線を逸らす。
「母さんの能力って、言葉でも人を和ませられるのか?」
「むぅ~!」
ミレーヌが頬を膨らませる。
「これは私自身の言葉です~!」
「ははは!」
メルナも笑う。
「お母さん、可愛い!」
「メルナまで!」
リビングに笑い声が響いた。
そこへグリムがやってくる。
「何の話だ?」
「お母さんの能力について」
「安らぎだな」
「そう」
レイが頷く。
「父さんの能力は?」
「大したものじゃない」
「じゃあ教えてよ~」
メルナが身を乗り出す。
「秘密だ」
「えぇ~!」
「秘密にした方が面白いだろ」
「お父さんのケチ!」
「そう言われても無理だ」
レイが笑う。
「じゃあ俺の能力を教えるから、父さんも教えてよ」
「……」
グリムは少し考える。
「良い条件だな」
「だろ?」
「だが、やめておこう」
「え?」
「秘密にした方がワクワクするだろ」
「……まぁな」
「しないよ!」
メルナが即座に突っ込む。
そんな穏やかな朝の時間。
だが、レイの中には昨日から消えないものがあった。
――龍神。
昨日の戦いを思い出す。
自分は何もできなかった。
刀を握っても。
魔力を使っても。
龍神には届かなかった。
「……」
レイは静かに立ち上がる。
「今日はエールの国の冒険者ギルドに行ってくる」
ミレーヌが少し心配そうにする。
「龍神と戦ったばかりだけど、大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「あぁ」
「……気をつけてね」
「分かってる」
すると――
「私も行く!」
メルナが手を挙げる。
「メルナこそ、ちゃんと休め」
「大丈夫ですぅ~」
「倒れたばっかりだろ」
「何かあったら、お兄ちゃんが助けてくれるでしょ?」
「……助けはする」
「でしょ!」
メルナが嬉しそうに笑う。
レイはため息をついた。
「ただし、常にフェニックスか黒蝕姫を召喚しておけよ」
「確かに、その通りだね!」
「はぁ……またついてくるのか」
「ついていくよ!」
「はいはい」
その時、メルナが思い出したように尋ねる。
「フィーアとミリアちゃんは大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
レイが答える。
「ミリアは元気。フィーアはまだ寝てる」
「安心!」
グリムが二人を見る。
「本当に行くのか?」
「うん! お兄ちゃんについてく!」
「行くわ」
「なら、帰ってきたらアイナとも話すといい」
「……え?」
メルナが目を輝かせる。
「アイナって……私たちのお姉ちゃん!?」
「そうよ」
ミレーヌが笑う。
「メルナは会ったことがないものね」
「ない!」
メルナが嬉しそうにする。
「会いたい!」
「じゃあ、ギルドに行かなくてもいいじゃねぇか」
「そうだけど、そうじゃないの!」
「どういうことだよ」
「両方やりたいの!」
「……分かった」
レイは苦笑した。
「じゃあ、帰ってきてからアイナと話せ」
「うん!」
メルナが嬉しそうに頷く。
そして、ふとレイを見る。
「そういえばお兄ちゃん、最近ちゃんと精神統一やってるよね」
「あぁ」
「鬼化?」
「おう」
レイは自分の手を見る。
「心を鍛えるためにな」
昨日の龍神との戦い。
あれを経験したことで、レイは強く感じていた。
今の自分では足りない。
家族を守るには。
仲間を守るには。
そして――自分自身を失わないためにも。
「俺も、一歩先に行かないとな」
「なら私も手伝えるでしょ!」
「まぁな」
「じゃあ決まり!」
メルナは笑った。
「アカマルちゃんも連れてく!」
「おう」
その頃。
リビングの奥からフィーアとミリアがやってきた。
「おはようございます……」
「おはよ~」
フィーアはまだ少し眠そうだった。
メルナを見ると、すぐに頭を下げる。
「メルナ様……先日は守れなくて、申し訳ありません」
「フィーア」
メルナは笑った。
「フィーアはミリアちゃんを守ってくれたでしょ?」
「そ、それは……」
「ありがとう」
メルナは真っ直ぐフィーアを見る。
「身を挺して守ってくれて」
「……いえ」
フィーアは少し照れながら答えた。
「それが私の役目ですから」
「でも、ありがとうは言いたいの」
「……ありがとうございます」
フィーアが微笑む。
メルナはミリアを見る。
「ミリアちゃん、フィーアと寝てたの?」
「うん!」
ミリアが元気よく答える。
「一緒に寝た!」
「そうなんだ」
「とても居心地が良かったです」
フィーアが少し困ったように笑う。
「ミリアちゃん、ずっとくっついていましたから」
「えへへ」
ミリアが笑う。
そしてレイを見る。
「レイ達、またどっか行くの?」
「おう」
「今度こそ私も行く!」
メルナが少し考える。
「う~ん……」
レイが答えた。
「いいんじゃないか?」
「そうだね」
メルナが頷く。
「ただし、アカマルちゃんの側にずっといること!」
「分かった!」
アカマルが「クゥン」と鳴いた。
ミリアは嬉しそうにアカマルの毛を撫でる。
グリムがレイへ尋ねる。
「しかし、なぜ突然ギルドへ行きたくなったんだ?」
レイは少し黙った。
「精神統一を続けててな」
「うん」
「最近、少しだけコツを掴んできたんだ」
「それを試したいと?」
「あぁ」
グリムはレイを見る。
「急ぐ必要はないんじゃないのか?」
「……分かってる」
レイは拳を握る。
「でも――守りたい」
グリムが黙る。
「昨日、龍神と戦って痛感した」
レイの声が少し低くなる。
「俺は何もできなかった」
「……」
「四災害の強さに届いて、家族を守るには……」
レイは自分の胸へ手を当てる。
「鬼化しかない」
グリムはしばらく息子を見つめた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……確かにな」
「父さん」
「分かった」
グリムは穏やかに笑った。
「行ってこい」
「おう」
「ただし――」
「早めに帰ってくるんだぞ」
グリムは少しだけ笑う。
「今夜はパーティーだからな」
レイも笑った。
「分かってる。すぐ帰ってくるよ」
「私も!」
メルナが手を上げる。
「決まりだね!」
それぞれが出発の準備を始める。
レイは刀を腰に差し、メルナは必要な道具を確認する。
ミリアはアカマルの身体へしっかり掴まる。
「準備できたよ!」
メルナが玄関へ向かう。
「お~!」
ミリアも笑う。
「行こ~!」
レイは二人を見て苦笑した。
「元気だな、お前ら」
アカマルが立ち上がる。
扉が開く。
朝の光が差し込んできた。
レイたちは、エールの国




