57話 捜索
真夜中。
屋敷の中は静まり返っていた。
時計の針だけが、規則正しく音を刻んでいる。
レイは窓の外を見ながら、腕を組んでいた。
「流石にメルナ達、遅くないか?」
「そうよね……」
ミレーヌも不安そうに窓の外を見る。
グリムも静かに頷いた。
「フィーアがついているはずだが……」
「いや、それにしては遅すぎる。もう真夜中だぞ?」
「そうだな」
グリムが立ち上がる。
「探しに行こう」
「おう」
「もちろんよ」
三人はすぐに玄関へ向かった。
レイが屋敷の扉へ手を伸ばす。
――ガチャ。
しかし。
レイが扉を開けるより先に、外側から扉が開いた。
「……え?」
そこに立っていたのは――ミリアだった。
そして、その小さな身体にはあまりにも重すぎるものが背負われていた。
「ッ……!」
レイの表情が一瞬で変わる。
「ミリア!?」
ミリアは息を切らしながら、必死に誰かを背負っている。
「な……何があった!」
グリムも駆け寄る。
「二人とも、その前に――!」
ミレーヌが目を見開いた。
「フィーア!」
ミリアが背負っていたのは、意識を失ったフィーアだった。
「早く! フィーアを!」
「そうだ!」
グリムがフィーアを受け取る。
「応急処置を!」
フィーアを床へ横たえる。
ミレーヌはすぐにフィーアへ手をかざした。
「まだ……息がある!」
しかし、その声には焦りが混じっていた。
「回復魔法――ハイヒール!」
温かな光がフィーアを包み込む。
だが――。
「……っ!」
傷はほとんど変化しない。
「な、治らない……」
ミレーヌの額に汗が浮かぶ。
「傷が深すぎる……!」
「回復魔法じゃ無理か……!」
レイが拳を握る。
「教会なら……!」
「教会だな!」
グリムが立ち上がる。
「すぐに行くぞ! 馬車の準備を――」
「いや!」
レイが遮った。
「俺が行く!」
「どうやって?」
「馬車じゃ時間がかかる。その間にフィーアの息がなくなるかもしれない」
レイは玄関の外を見る。
「だから、アカマルで行く」
ミレーヌは一瞬考えた。
そして頷く。
「アカマルちゃんで……。でも、それしかないね」
「俺達も後を追うから、お願いね!」
「おう!」
レイはミリアを見る。
「ミリアを頼む」
「任せろ」
グリムが頷く。
ミリアはフィーアを運ぶために力を使い果たしたのか、その場でふらついた。
「ミリア!」
ミレーヌが抱き止める。
「大丈夫よ。もう頑張らなくていいの」
「……うん……」
ミリアの目がゆっくり閉じる。
レイはすぐに外へ出た。
「アカマル!」
「ガウ!」
「頼む、力を貸してくれ!」
アカマルはすぐに身体を大きくする。
レイはその背へ乗り、フィーアをしっかりと抱き上げた。
フィーアの身体を落とさないよう、両腕で抱える。
「アカマル! 目的地はエール街の教会だ!」
「ガウガウ!」
アカマルが地面を蹴る。
――ドンッ!
一瞬で屋敷から遠ざかっていく。
夜の街道を、アカマルは凄まじい速度で駆け抜ける。
「メルナは……どこに行ったんだ……」
レイはフィーアを見下ろす。
「無事でいてくれよ……」
アカマルの速度は凄まじかった。
普通なら長くかかる距離を、僅かな時間で駆け抜けていく。
そして――。
エール街の教会が見えてきた。
「着いた!」
レイはアカマルから飛び降り、フィーアを抱えたまま教会へ駆け込む。
「すみません!」
教会にいたシスターが振り返る。
「どうしました!?」
「頼みます! フィーアを治してください!」
レイはフィーアを見せる。
「ひどい怪我ですね……!」
シスターの顔が青ざめる。
「すぐに聖女様を呼んできます!」
シスターは教会の奥へ走っていく。
しばらくすると――。
一人の女性が駆け足でやってきた。
「これは……一体何が起きて……」
聖女はフィーアを見る。
「とりあえず、今は治療を優先します」
聖女はフィーアへ手をかざした。
「――再生の灯」
その手から、温かく優しい光が溢れ出す。
光はフィーアの身体を包み込み、ゆっくりと傷を癒していく。
深い傷が塞がっていく。
傷ついた腕も元の状態へ戻り、身体も少しずつ回復していく。
やがて――。
「……傷は癒えました」
聖女が手を下ろす。
「ほ、本当に……?」
「はい。命に関わる状態からは抜け出しています」
レイは大きく息を吐いた。
「本当に……ありがとうございます」
「いえ。傷が治って良かったです」
「凄い治癒力だ……」
レイが驚く。
聖女は少し微笑んだ。
「そうですね。私はこの力を、とても優しい力だと自負しています」
「本当に助かった」
「ただ――」
聖女はレイを見る。
「無理だけはさせないでくださいね」
「え?」
「この女性にです」
「あ、ああ……」
レイは苦笑する。
「言っておくよ」
「もし何か悩みがあるなら、いつでも聞きますから」
「また来るよ」
レイは一度フィーアを見る。
レイは少し笑った。
「聖女って、本当に凄いな」
「……?」
レイは袋を差し出す。
「俺の気持ちだと思って受け取ってくれ。助けてもらったことへの、ありがたいって気持ちだ」
「ですが……この量は……」
「そのくらいの価値があったってことだ」
レイはフィーアを見る。
「まぁ、人の命の価値なんて、金で測れるものじゃないけどな」
聖女は少し黙った。
そして、微笑む。
「……そういうことでしたら、有り難く受け取ります」
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
レイはフィーアを抱き上げる。
そしてアカマルと共に教会を出た。
「とりあえず……一安心か」
レイは空を見上げる。
「いや……」
すぐに表情が曇る。
「メルナがまだいない」
それから数十分後。
ミレーヌ、グリム、ミリアも教会へ到着した。
「レイ!」
ミレーヌが駆け寄る。
「フィーア!」
「フィーアの傷は治ったよ」
「本当!?」
「ああ」
「よかったぁ……!」
ミレーヌは胸を撫で下ろす。
「本当に……よかった……」
「ありがとな、レイ」
グリムも安心したように笑う。
「おう」
しかし、ミレーヌの表情はすぐに曇った。
「ミリアちゃんから話を聞いたんだけど……まだ分からないの」
「そうか」
レイはミリアを見る。
「ミリア、何が起きた?」
「メルナはどこだ?」
ミリアは震える声で話し始める。
「メルナの……鳥で……空高く飛んだの……」
「ああ」
「そこに……でっかくて……黒い龍が来て……」
「でっかい黒い龍?」
レイの表情が変わる。
「……もしかして、龍神か?」
ミリアは小さく頷いた。
「フィーアとメルナは……そう言ってた……」
ミレーヌとグリムの顔が強張る。
「嘘でしょ……」
ミレーヌが呟く。
「あの龍神よ……」
「そんなものが……俺達の頭上にいたとはな」
グリムが空を見上げる。
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわ!」
ミレーヌが声を上げる。
「早くメルナを探しましょう!」
「そうだな」
レイも頷く。
「だが、こんな真っ暗じゃまともに探せない。場所も分からない」
「そうだけど……」
ミレーヌは不安そうに俯く。
レイは少し考える。
「……キツイ判断をする」
「何?」
「明日の朝にしよう」
「でも、その間にメルナに何かあったら……!」
「何かある可能性はある」
レイは真剣な表情で言う。
「だが、メルナには心強い式神がいる」
「……」
「きっと守ってくれる」
グリムも頷いた。
「確かに、真夜中に場所も分からない状態で探し回るのは得策じゃない」
「そう……だけど……」
「アカマルがいるから、ある程度は場所を探せる」
レイはアカマルを見る。
「アカマルは人の匂いや、その人特有の魔力を探知するのが得意だからな」
「……分かった」
ミレーヌは拳を握る。
「でも、明日の朝すぐに探し始めるから!」
「当たり前だ」
「おう」
アカマルも大きく鳴いた。
「ガウ!」
――そして、夜が明けた。
空は昨日とは違い、雲一つない晴天だった。
「晴れてくれたな」
レイが空を見上げる。
「じゃあ……探すか」
「よし!」
ミレーヌも気合を入れる。
「フィーアは起きたか?」
「は、はい……」
フィーアがゆっくり身体を起こす。
「キツかったら、まだ寝てていいぞ」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
グリムがフィーアを見る。
「昨日何があったのか、具体的に教えてくれるか?」
「分かりました」
フィーアはゆっくりと話し始める。
「私達は昨日、メルナ様のフェニックス様に乗り、雲の上まで空を飛びました」
「雲の上……」
「はい。太陽の光に照らされた、綺麗な青空でした」
フィーアの表情が少し曇る。
「しかし、その時……龍神が現れました」
全員が黙って耳を傾ける。
「メルナ様はフェニックス様と共鳴し、龍神に抗いました。しかし……」
フィーアは拳を握る。
「龍神の魔力砲に押し負け、吹き飛ばされました」
「龍神が……」
「私はミリア様を守るため、できる限りのことをしました」
「フィーア……!」
ミレーヌが突然、フィーアを抱きしめた。
「生きててよかった!」
「奥様……」
フィーアは驚いたように目を見開く。
「しかし……私のせいでメルナ様が……」
「違うわ」
ミレーヌは優しく言う。
「メルナは、フィーア達を生かすために行動したのでしょう?」
「……はい」
「そしてフィーアは、一番最初にメルナとミリアちゃんを助けようとした」
「そ、その通りです」
「だったら――」
ミレーヌはフィーアの肩へ手を置く。
「そんなフィーアを誰が責めるっていうの?」
「……」
「家族を守ろうとしたんでしょう?」
フィーアの目が僅かに揺れる。
「なら、あなたは何も悪くないわ」
「奥様……」
「それに、あなたが生きて帰ってきてくれたことが一番大事なの」
フィーアは俯く。
「……ありがとうございます」
「私がお礼を言わないといけないくらいよ」
「いえ、そんなことまでは!」
「ありがとうフィーア」
「はい!奥様」
「よし!」
ミレーヌが顔を上げる。
「メルナを探しましょう!」
「レイ! アカマルちゃんは大丈夫?」
「おう!」
レイがアカマルを見る。
「行けるな、アカマル」
「ガウ!」
「メルナの匂いと魔力を探知してくれ」
「クゥン!」
アカマルが地面へ鼻を近づける。
そして――。
ゆっくりと一方向を向いた。
「よし」
レイが頷く。
「行くぞ」
「わ、私も!」
ミリアが手を挙げる。
「分かった」
レイはミリアを見る。
「ただし、母さんと手を繋いで、絶対に離れないこと」
「分かった!」
ミリアがミレーヌの手を握る。
「ふふ、可愛い」
「わ、私も行きます」
フィーアが立ち上がる。
「それは無理だな」
レイが即答する。
「傷が治ったからって、疲れまで治ったわけじゃないだろ」
「……」
「それに、まだ身体は本調子じゃない」
「ですが……」
フィーアは一度、昨日の場所を思い出す。
「私とミリア様が落ちた場所までなら案内できます」
「……」
「それに、メルナ様がどの方向へ落ちていったのかも教えられます」
ミレーヌが考える。
「分かったわ」
そしてアカマルを見る。
「でも、フィーアはアカマルちゃんの上に乗ること!」
「あ、アカマル様の上にですか?」
「ガウ! ガウ!」
アカマルが身体を大きくする。
フィーアが乗れるほどの大きさになる。
「しかし……」
「立っているのも辛いんだろう?」
グリムが言う。
「それなら、少しでも楽にするべきだ」
「本当にそうだぞ」
レイも続ける。
「なんなら、アカマルの上で横になっててもいい」
「さ、流石にそこまでは……」
「ほら、乗った乗った」
レイがフィーアをアカマルの背へ乗せる。
「……ありがとうございます」
フィーアはアカマルへ頭を下げる。
「アカマル様、お願いします」
「キャン!」
「よし、行くか」
レイ達はメルナの捜索へ向かった。
アカマルはフィーアの指示を頼りに、森の中を進んでいく。
「しかし……」
レイが歩きながら呟く。
「なぜ龍神がここにいるんだ?」
「分かりません」
フィーアが答える。
「それに……」
「何だ?」
「龍神は恐らく、人間と同等……あるいは、それ以上の知能を持っています」
「まじか」
「はい。ルーシー様がおっしゃっていました」
レイはしばらく考える。
「なぁ、例えばなんだが……」
「はい?」
「魔物や悪魔が、神の力を喰らったら強くなるのか?」
「……はい」
フィーアは頷く。
「神の力を体内に取り込むことになるので、確実に強くなるでしょう」
「そうか……」
レイは前を見る。
「メルナは体内に式神を四体も持っている」
「……」
「しかも、一体一体が強力な存在だ」
フィーアの表情が変わる。
「まさか……」
「俺も可能性を考えているだけだ」
レイは低い声で続ける。
「龍神の狙いは……メルナなんじゃないか?」
「メルナ様を……?」
「メルナは言ってしまえば、異例な存在だ」
レイは拳を握る。
「その異例な存在を喰らうことで、自分自身をさらに強化する……」
「……ありえなくはないですね」
フィーアの顔が険しくなる。
「それが本当なら……」
ミレーヌが前を見る。
「早くメルナを見つけないと!」
「その通りだ」
やがて――。
「ここです」
フィーアが周囲を見る。
「私とミリア様が落ちた場所です」
そこには、昨日の戦いの痕跡が残っていた。
地面は大きく荒れている。
「……」
レイが周囲を見渡す。
その時だった。
「……お主ら」
聞き覚えのある声。
森の奥から、一人の男が姿を現した。
「クラウス!」
レイが驚く。
「どうしたのじゃ、皆して」
「簡潔に言うと――」
レイが説明する。
「龍神にメルナとフィーアがやられた。フィーアは助かったけど、メルナがどこかに落ちていったから探してる」
「そうなのか」
クラウスは周囲を見渡す。
「ミレーヌ、お主こそ何をしておる?」
「父さんこそ、何してるの?」
「ここら辺で、凄まじい量の魔力を感じたという報告があっての」
クラウスは空を見る。
「ラミール王国からは離れておるが、個人的に気になって来たというわけじゃ」
「……」
フィーアが俯く。
「負けました」
「四災害の一体だからのぉ」
クラウスは静かに答える。
その言葉に、誰も反論できなかった。
「早めに見つけないとな」
レイがアカマルを見る。
「アカマル、メルナの魔力を感じられるか?」
「ガゥ!」
アカマルが一方向へ走り出す。
「ついてこう!」
「アカマル様の方向で合っています!」
「なら、急ぐのじゃ」
クラウスも歩き出す。
「お義父さん、久しぶりです」
グリムが声をかける。
「久しぶりだのぉ、グリム」
クラウスがグリムを見る。
「……大分弱くなったか?」
「私は元々そんなに強くないですが……まぁ、更に弱くなりましたよ」
「儂の知っているグリムは最強じゃったがのぉ」
「肺に穴が空いたり、色々と怪我をしまして」
「そうかのぉ」
クラウスは少しだけ寂しそうに笑う。
「お義父さんは一人で来たんですか?」
「いや」
クラウスは後ろを見る。
「連れを連れてきたが……後から来るじゃろ」
「連れ?」
レイが振り返る。
しかし、今はそれを気にしている余裕はなかった。
「アカマル!」
「ガウ!」
アカマルは森の奥へ、さらに奥へと進んでいく。
そして――。
突然、足を止めた。
「……?」
レイが近づく。
「どうした?」
「ガウ!」
アカマルが前方を示す。
フィーアが目を見開いた。
「……め、メルナ様!」
そこに――。
メルナが倒れていた。
「メルナ!」
レイが駆け寄る。
「外傷は……ない」
メルナは意識を失っている。
しかし、身体には大きな傷が見当たらない。
「共鳴していたからか……」
レイが呟く。
フェニックスの再生能力によって、龍神から受けた傷はすでに癒えていた。
「本当によかった……!」
ミレーヌがメルナへ駆け寄り、抱きしめる。
「よかった……!」
グリムも安堵したように息を吐く。
「本当に……よかった」
「そうじゃな」
クラウスも静かに頷く。
「良かったのじゃ」
「うん!」
ミリアも嬉しそうに笑う。
レイはメルナを抱き上げる。
「屋敷に運ぼう」
その瞬間――。
「……こんなところに居たのかぁ」
背後から、男の声が聞こえた。
「……!」
レイ達の表情が一斉に変わる。
誰もいなかったはずの森の奥。
そこから
一人の男が、ゆっくりと姿を現した。




